きらめく夜空と不穏な雰囲気
オイネット公爵が帰った後、女官たちが夕食の準備の為入室してきた。
彼女たちの邪魔にならないようにソファに座りながら作業を見ていたフィリネグレイアは違和感を覚えた。そしてそれが何なのか直ぐに分かる。
「陛下の御入室です」
決して大きくはないが、良く響き渡る声で伝えられた事実。
いきなりの国王登場にフィリネグレイアは慌てた。何故、この時間帯に国王がここに来るのか。
部屋に入って来たここの主のもとへ、年配の女性がすぐさま駆けつけるとこう告げた。
「申し訳ありません、陛下。まだ御夕食の準備が整っておりません」
そう言って深々と頭を下げる女官は、恐らく今準備している者たちを取りまとめる者なのだろう。
だが、何故食事の準備ができていない事を、国王に謝るのだろうか。
もしかして。
「いや、謝らなくて良い。伝えていた時間より早く来た私が悪いのだから」
出来れば外れてほしかった予想が、ものの見事に当たった。何とも嬉しくない。
女官はフィリネグレイアにとって嫌な提案をしてきた。
「もう少々で準備も整います。それまであちらでフィリネグレイア様と御一緒に御待ち下さいますよう、御願い申しあげます」
彼女が言った“あちら”というのが、今フィリネグレイアが座っている場所である。
さらに女官の言葉で、国王がこちらを見る。突然の登場で硬直していたが、国王が来たのだ。出迎えなければならないではないか、不本意だが。
「陛下、こちらへ」
立ちあがり、笑顔でこの国の主を迎える。
「突然の訪問申し訳ない。実は貴女と夕食を一緒にとりたいと思いましてね」
わざわざ婚約者との中が良いという事を、周りに知らしめようとするなんて大変だな、と他人事のように感じた。
「まぁ、陛下と御食事を御一緒させて頂けるのは大変嬉しいですわ」
フィリネグレイアも表面上は婚約者との食事が嬉しい、と言った感じにはしゃいでみせる。何故なら、ここには今自分たち以外に女官も多くいる。ここで自分と国王の不仲を見せては、妙な噂を流されかねない。
国王が先にソファに座り、その隣に人一人分程空けてフィリネグレイアが座る。
「久しぶりの王宮はどうでしたか?」
そう、彼女がここに来たのは初めてではない。実は数年前彼女はここに毎日のように通っていたのだ。その時、何回か当時王太子であった彼にも遭遇している。
「大変楽しませていただきました。トリウェル様の御蔭です」
ニッコリと笑い、彼を案内役につけてくれた事へのお礼を述べる。
「出来れば私自身が貴女を案内したかった。大臣たちも花嫁が来たのだから、もう少し気を利かせてくれても良いだろうに」
何やら昼間会議によって中断された事がいまだに引っかかっているらしい。この人はそんなにわたくしの心労を増やしたいのか、と表面上は笑顔を保ちつつ、フィリネグレイアは呆れた。
「夕食の準備が整いました」
女官の言葉に国王が立ちあがる。
「話の続きは食事中に」
そう言いながら、フィリネグレイアに手を差し出す。差し出された手に己の手を乗せ、彼女も立ちあがった。
はたから見れば仲睦まじく美しい2人の姿に、女官たちは小さく溜息を吐いた。長い間妻をめとらなかった自分たちの主人が、漸く美しい女性を迎えたのだ。しかも忙しい国王が、わざわざ2人で食事をとる為に時間を作るほど、彼らの仲は良い
国王に愛される女性も国王の事を慕っている。何と素晴らしい事だろうと、彼女たちは胸をときめかせた。
そんな彼女たちの思いとは裏腹にフィリネグレイアは不機嫌だ。何が悲しくて苦手な男と一緒に食事をしなければならないんだ。そんな人と共にする食事なんて、食べた気がしないだろう。
自分の心境をぶちまけたいが、笑顔でこちらを見ている国王と、何やら夢見ている女官たちの前ではそんな事出来るはずもなかった。