挨拶に来た父と不貞腐れる娘
庭園の後、フィリネグレイアはトリウェルに王宮の主だった場所を案内してもらった頃、既に日が落ち始めていた。
結婚の儀が終わるまで彼女は客人らしく、後宮ではなく王宮内にある客間に案内された。てっきり直ぐに後宮に入るのだと思っていたフィリネグレイアは拍子抜けした。どうやら自分が思っていた以上に不安を感じていたらしい。
部屋にはテラスがあり、そこから昼間見たところと違う庭園を見る事が出来る。だが、彼女はテラスには出ず、室内から窓越しに下の庭園を見下ろす。
ぼんやりと眺めていると人が歩いている事に気付いた。王宮に勤めている人か、となんとなく見つめる。段々と暗くなる夕暮れ時。じっと見つめていたフィリネグレイアは、その中に佇む人物がだれなのか分かってしまった。「分かった」じゃなく「分かってしまった」のだ。
その人物が誰なのか分かってしまった瞬間、彼女は窓から離れ、部屋の中にあるソファに座った。
何やら重いものが胸に圧し掛かった様な感覚を覚えた彼女は、それを振り払うために大きく溜息を吐いた。
彼女の溜息が合図となった、といった感じのタイミングで、ノックの音が居間に響いた。
「どうぞ」
入室を促すと女官が部屋に入ってきた。女官は綺麗にお辞儀すると、彼女に要件を伝える。
「失礼いたします。オイネット公爵様が御挨拶をしたいと御見えになっております」
「ええ、御通しして」
父親はきっと王都内にある館に帰るのだろう。わざわざ娘の所にその挨拶に来るなんて、律義な事だ。
少し待つと、オイネット公爵が室内に入って来た。
「御帰りになられるのですか?お父様」
ここに来た理由はしっかりと分かっていると笑顔で告げるフィリネグレイアに父親は苦笑する。少し不機嫌になっている娘の隣りに腰を下ろした。
「今日の会議は終わったからね。帰る前に可愛い娘の顔を見に来た」
彼女の不機嫌の原因が何なのか、大方の予想がついているオイネット公爵はフィリネグレイアに問いかける。
「昼間は王と多く会話が出来たか?」
「ええ。とても楽しい一時を、お父様の御蔭で過ごす事が出来ましたわ」
ツンと澄ましながら答える。どうやら彼女が不機嫌な理由はそこにあるらしい。
「陛下は優秀な方だ。少し癖はあるが、国について多くの事を教わると良い」
声音は穏やかだが、フィリネグレイアに向ける眼差しはひどく冷え切ったものだった。
この父親は子ども思いの良い親である。今回の事も彼女に決して無理強いせず、彼女の意思を最終決定とした。だが、一度政治の事となると例え家族と言えど容赦しない。
それがオイネット公爵という男だ。
そんな父親だからこそ、彼女は常に目標とし尊敬してきた。
フィリネグレイアは素直に父親の言葉を受け止める。そうすることが賢い選択だ。
「はい、お父様。お父様の、この国の力となれるよう日々精進していきます」
フィリネグレイアの言葉に、オイネット公爵の眼差しは先ほどとは打って変わり、娘を愛しむそれになっていた。
政治から離れた彼は子煩悩の愛妻家なのだ。
「期待しているよ、フィー。今度お前と会えるのは婚礼の儀の時になると思うと、何やら切ないものだな」
父親の言葉にフィリネグレイアは驚きで目を丸くした。
「お父様、会議は本日で終了したのですか?」
「ああ、思ったより早く終わる事が出来た。儀式は予定道理に進められる」
「ですが、未だに国王陛下とわたくしの結婚に反対している大臣の方がいらっしゃると」
ほぼ彼女が国王の后になる事が決定していたが、やはり反対する貴族もいる。今日の国王と各大臣の会議は、反対する者がいるせいでなかなか決まらない婚礼の儀の日程についてだった。その事をフィリネグレイアは聞かされていなかったが、昼間の国王と青年の会話で気付いたのだ。
もう少し拗れると思っていたが、どうやらすんなりまとまったらしい。どのような方法を使ったのだか。
「ああ。お前を王妃とする事に反対していた者もいたが、陛下と側近の方々が丸めこんだんだ」
「まぁ、それはどのような方法を使われたのですか?」
段々と興奮しながらフィリネグレイアは先を促す。そんな娘の様子にオイネット公爵は苦笑した。もう少し娘と話していたかったが、そろそろあの方が来るころだろう。彼は、その人物が来る前に邪魔者は退散しようと、フィリネグレイアに別れを告げる。
「それは御本人に御聞きすると良い。さて、そろそろ御暇するよ。お母様が待ちくたびれているだろう」
直接国王に質問するように言うと、彼女はわずかに不快を表した。その後に母親の事を言うと、さっきとは違う幼い笑顔を見せる。そんな彼女の反応に笑みがこぼれた。
立ちあがったオイネット公爵を見送る為、彼女も立ちあがりその後ろについて行く。
「城門まで御見送りいたします」
「いや、もう外は暗い。それに慣れない場所で疲れているだろう?ゆっくりと休みなさい。それじゃあ、元気で」
「お父様も御元気で、お母様に宜しく御伝え下さい」
「ああ」
最後に娘の額にキスを贈った。愛しむように頬を撫で、オイネット公爵は扉へと向かう。彼女は微笑みながら扉の向こうへと消えていく父親を見送った。