宴前の国王とお嬢
部屋を出て、一旦控え室へサヴィアローシャに先導され向かう。
控え室の前に着き、サヴィアローシャが開けてくれた扉を通って室内に入ると、中で待機していたのだろう国王とトリウェル、クロードが扉の開く音に反応してフィリネグレイアの方へ視線を向けてきた。
フィリネグレイアは彼らに笑いかける。
トリウェルとクロードは彼女に応えるように、一瞬表情を柔らかくしたが、直ぐにもとに戻り、国王の方へ視線を戻す。
「では、後は頼んだ」
トリウェルとクロードが軽く礼をとり、部屋を出て行いった。
彼らが出ていった後、フィリネグレイアは国王に近づく。
国王は疲れているのか目頭を指で押さえ、眉間にしわを寄せている。
「お疲れ様です」
声を掛けると、国王は手を外し、フィリネグレイアを見る。
「本当にな・・・。これからもっと疲れる仕事をしなければならないと思うと、気が重い」
「たった4時間です。会話やダンスをしていたらあっという間ですから」
「それが憂鬱なんだがな。政務をしていた方が楽だ」
「愚痴を仰っていないで、もうすぐ始まるのですからきちんと服装を整えて下さい」
フィリネグレイアは国王に近づき、彼の襟元に手を伸ばした。
きちんと止まっていないボタンを留め、襟を正す。国王は何も言わず、フィリネグレイアの好きなようにさせる。
「はい、出来ました」
上着を軽く叩いてしわを伸ばす。
「ああ、ありがとう」
国王がフィリネグレイアにお礼を言う。
その言葉に、フィリネグレイアは上着の上に手を乗せたまま動きを止めた。
彼女の動作が止まってしまった事に、国王は首を傾げる。
「どうかしたか?」
国王の問いにフィリネグレイアは意識を浮上させた。
「いえ、何でもありません」
手を退け、フィリネグレイアは視線を国王から外して俯いた
国王から一歩身を引いた瞬間、扉を叩く音が響く。
「どうぞ」
国王が返事をすると、扉が開き、女官が入ってきた。
「お時間です。会場へお越し下さい」
「分りました。行きましょう、オイネット嬢」
国王に促され、フィリネグレイアは頷き、歩きだした国王に続いて歩き始めた。
会場に2人で行くが、その間、全く会話は無かった。
褒められるとは思っていなかったが、長時間かけ作りあげた今の自分に対し、婚約者から一言もないことに苦笑した。
別に前を歩いている男から言葉が欲しくて努力した訳ではないのだが、それでも何も言って貰えない自分を惨めだと少し思う。
会場の入り口に着くと、そこにはイリアと侍従がいた。
「主要な方々は皆お集まりになられております」
「そうか。お前もクロード達と合流しろ」
「はい」
イリアは国王へ一礼すると、どこかへ去って行った。
彼は国王の側近として爵位をもっている。通常なら彼も宴へ参加するはずであるが、今のやり取りから宴に参加する事よりも重要な国王の命があるのだろう。
フィリネグレイアはイリアの去って行った方向をじっと見た。
彼が、彼らが羨ましいと思っているあたり、自分はもう今の立場を手放すことなど出来はしないのだと自覚した。
意識を国王の方へ戻すと、彼はフィリネグレイアを見ていた。自分が見られていた事に、彼女は動揺する。
どうかしたのだろうかと問いかけようとしたが、その前に国王が口を開く。
「これから貴方を私の婚約者として紹介する。ここから、後戻りは出来ないぞ」
「承知しております。もとより後戻りする気などわたくしには毛頭ございません」
フィリネグレイアの言葉に国王は笑う。口元だけで、彼は笑みを作った。
「その覚悟、努々忘れないように」
それだけ言うと、侍従に扉を開けさせた。
開け放たれたと扉の向こうから降り注いできた眩しい光に、フィリネグレイアは一瞬目を細める。光と共に襲いかかって来た喧騒に後退りしそうになったが、踏み止まる。
「大丈夫だ」
小さくそう聞こえた言葉に、フィリネグレイアは驚いた。顔を上げて国王を見る。彼はフィリネグレイアの方ではなく会場を見ていた。国王の横顔を見て、彼女も直ぐに正面へ視線を戻す。
歩き出した国王に続き、フィリネグレイアも会場内へと足を進めた。
表情を笑顔で塗り固めて。
今回の宴を催した目的はフィリネグレイアを国王の伴侶として正式に紹介すること。
婚約の儀は内々に執り行われるのが通例であるため、大抵の貴族へのお披露目はこれが初となる。
主催者である国王が入場したことに気付き、喧騒が無くなる。
皆が静まり返る中、国王が口を開いた。
こうして、宴が始まった。