表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/42

上王陛下と庭園で

 執務室から戻る途中、庭園へ出られる所に来たフィリネグレイアは立ち止った。静かにそちらを見つめた後、庭園へ続く道へ足を進めた。

 先日教えてもらった処置のおかげで、カポネラの全ての苗が枯れてしまうのを防ぐことが出来た。最近はつぼみが付き始め、もう2,3週間経てば咲くだろう。


「もう少し、かな」


 今朝も様子を見たのだが、以前に比べると大幅に赤茶の斑点が少なくなった。カポネラが植えてある所まで行くと、フィリネグレイアはしゃがみ込んで様子を見る。

 日の光を浴びて元気に育っている。

 まだ油断は出来ないが、順調に育っているカポネラに笑みが浮かぶ。

 だが、直ぐにその笑みは消えてしまい、フィリネグレイアはしゃがみ込んだまま、ぼんやりとカポネラを見る。何も考えずにしばらく花を見ていると、背後から草を踏みしめる音が聞こえて来た。咄嗟にやばいと思ったフィリネグレイアは優雅に見えるよう、ゆっくりと立ち上がる。


「そこにいるのはフィリネグレイアかな?」


 自分の名を呼ばれたのと、最近慣れ親しんだ声に、フィリネグレイアは後ろを振り返った。

 フィリネグレイアの目線の先には上等な服装をした男性が立っている。


「これは上王陛下、お久しぶりです」


 フィリネグレイアはいつも通り、形式的な礼を取る。そんな彼女の対応に、上王ディオリュークは苦笑した。


「この恰好で会うのは君が挨拶に来てくれた時以来か」


「そうですね。何時も庭師の恰好をして王宮にお忍びで来られていましたから」


 自分の恰好を見て困ったように笑う彼に、自然とフィリネグレイアの表情が柔らかいものになる。

 実は、カポネラの苗を品種改良し、育てていた庭師はこのディオリュークである。彼は譲位したあと、自分の妻である王太后の療養のために離宮に住んでいるのだが、彼女や自分の息子に内緒で庭いじりするために時折王宮や後宮を訪れていた。

 もし事前に離宮で対面してなければ、庭師と上王が同一人物だと分からなかっただろう。

 フィリネグレイアの覚えている上王は、彼が即位している時のものが一番新しかった。その時の彼は王として良く言えば堂々としており、悪く言えば人を寄せ付けない、どこか近寄りがたいものを感じていた。それが離宮で王太后の隣に寄り添っていた彼はひどく柔らかく、親近感を覚える人物であった。


「王太后陛下はお元気ですか?」


「ああ。最近は体調が安定しているからと言って、少し無茶をするぐらい元気だよ」


 ディオリュークの返答にフィリネグレイアは笑ってしまう。あの可愛らしい王太后に振り回される上王という構図は微笑ましい。

 自分もそういう関係になれるだろうか、と思ってしまった時点で、フィリネグレイアの表情は曇っていった。


「気分でも悪いのか?」


 彼女の異変から、ディオリュークは体調が悪くなったのかと心配する。フィリネグレイアは彼の問いに、首を横に振って否と答えた。

 少しの沈黙の後、ディオリュークが柔らかく言葉を紡ぐ。


「何か悩み事かな?私でよければ話し相手になるが…どうかな?」


 ディオリュークの提案にフィリネグレイアはどうしようかと悩む。


「ありがとうございます…でも、もう少し自分で整理してみます。それでも解決しなかったときは、お願いします」


 笑顔で言った彼女を、ディオリュークは深く追求しなかった。


「そうか、その時は遠慮なく連絡をくれ」


「はい」


 本当は、国王が分からないと相談しそうになった。でも、国王はディオリュークの息子であり、それを相談するのは躊躇われた。それに、今相談しても伝えたい事を上手く伝えられないと思ったのだ。

 フィリネグレイアの返答に頷き、ディオリュークはしゃがみ込んだ。そしてカポネラの葉を手に取りその様子を見ると満足そうに頷いた。


「病気に負けないぐらい元気になっているな」


 ディオリュークの表情から嬉しそうにまるで我が子の成長を喜んでいるかのような印象を受ける。


「一時はどうなるかと思いましたが、元気になってくれて良かったです」


「この調子で行くともう数週間で花が咲くかな?」


「わたくしもそう思っていました。花が咲いたら鉢に植え替えて離宮の方にお届けいたしましょうか?」


 フィリネグレイアの言葉にディオリュークは少し年よりくさく、よっこらしょ、という掛け声とともに立ち上がる。


「いや、最後までここで育てて欲しい」


彼女をしっかりと見て彼は否という答えを出した。


「ですが、これは」


 納得がいかない、とフィリネグレイアは言い募ろうとしたが、上手く言葉が出ない。そんな彼女の想いを受け取ったディオリュークは、大丈夫だと安心させるために無意識のうちに彼女の頭を撫でようとした。だが、以前妻に同じ事をして彼女が不機嫌になったのを思い出す。上げそうになった腕を、とりあえず元の位置に戻し、笑みを深めた。


「これから種が出来たら、離宮の方で育てるつもりなんだ。彼女と一緒に」


 きっと己の妻を思い出しているのだろう。ディオリュークの表情を見たフィリネグレイアはこの人は本当に自分の伴侶が大事なのだと感じた。


「わたくしたちも、そんな風に」


 思わず口から出た呟きに、フィリネグレイアは直ぐ気づき、口に手を当てた。しかし、ディオリュークにしっかり聞こえていたようだ。彼は怪訝そうに彼女を見る。

 目線を左右にさまよわせながら、どうしたら不自然にならず話をそらせるか、必死に考えるが良い案が浮かばい。

 焦っている彼女を見ながら、ディオリュークはなんとなく予想をつけた。恐らくこの予想は外れていないだろう。

 彼女の悩みはこれか、と1人納得しるす。ではどうしたらそれを解決できるだろうかと、本人そっちのけで考え込んでしまった。

 一向にディオリュークが喋らないので、フィリネグレイアも直ぐに平常心に戻った。何故か黙り込んでしまったディオリュークに対してフィリネグレイアは先程とは違う焦りを覚える。


「あの、上王陛下?」


 控え目に声を小さくして恐る恐る声をかける。


「え?ああ、ごめん。少し考え事を…あれ、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと心配し始めるな」


 誰が、と聞くまでもなく。きっと滞在している部屋で待っている王太后の事だろう。


「それじゃ、また今度」


 颯爽と帰っていくディオリュークに何とか礼をして見送る。

 どこか呆然としたまま彼が去っていった方向を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ