溢れだす言葉
国王の理解出来ない行動に、どのように対処したら良いのか。その対策を考えても思いつかない事に頭を抱えつつ、フィリネグレイアは自分の夢に向かって動き始める。
遂に、この時が来た。
フィリネグレイアは今、国王の執務室で近々自分の直属の部下となる人たちと対面している。男性2人と女性1人の3人が直属の部下だと紹介された。右に黒髪で長身の男性、バルド、中央に茶髪で人懐っこそうな男性、キツァ、左に唯一の女性、ハニアが立っている。
各々が自己紹介をしたところでソファに座る。キツァとハニアがフィリネグレイアの正面に、バルドが左に、位置する。そして何故か国王がフィリネグレイアの左側に座っている。本来ならバルドが居る所に国王が座るものじゃないか?とフィリネグレイアは眉間にしわを寄せる。
国王は今後の方針について説明を始めた。
「君たちが本格的に動き始めるのは、婚儀が終わった後になります。それまでの期間は、下調べとして情報収集に努めて下さい」
「下調べとは?」
最近はめったに聞かなくなった国王の丁寧な話し方に、フィリネグレイアは悪寒を覚えた。少し前まで、頻繁に聞いていたはずなのに、数日ぶりに耳にするとどうも違和感を感じて仕方ない。昔、彼が笑みを浮かべて丁寧に対応しているのを見ては、鳥肌が立っていたのだが、その原因がこの違和感のせいだったのだろう。
不快感を他人に覚られないように、フィリネグレイアは対応する。
「こちらからの最低の要求は女性が働く環境を整えることと女性が働きに出ることによる情勢変化に合わせた保障の確立。その為にどのような体制と法が求められているのか、必要となるのかの調査になります。彼らの部下を各地に派遣して情報収集を行い、集まった情報を王宮に集めて整理する、という動きに」
国王の言った彼らとはバルド、キツァ、ハニアの3人である。フィリネグレイアが確認するように皆を見ると、部下3人は頷き返した。
「詳しい人員配置などは各々適当に振り分けて下さい。その結果をこちらに提出するように。場合によっては訂正を入れる可能性もあります。以上、質問は?」
「ありません」
今の説明の中に今のところ不明な点は無いので、フィリネグレイアはそう返答した。
「では、今日はこれで解散になります。お疲れ様です」
国王の言葉に3人は礼をし、執務室を退出していった。
フィリネグレイアは個人的に国王に聞きたい事があったので、1人執務室に残る。
「陛下、上王陛下と王太后陛下がこちらにいらしているとお聞きしました。ご挨拶したいのですが」
「今、あの人たちは王宮に滞在している。後で時間をもうけよう」
1人きりの為か、最近では聞き慣れた国王の口調に戻った。やはりこちらの方がしっくりくる。
「ありがとうございます」
お礼を言い、フィリネグレイアは退出しようとした。だが、行動に移す前に隣に座っている国王に腕を掴まれた。
「どうされました?」
怪訝な顔をしてフィリネグレイアは国王を見る。また不可解な行動を起こされる前に、撤退したかったのだが、その前に捕獲されてしまった。
「母も貴女に会いたいと言っていた」
「そうですか…ところで陛下、そろそろわたくしも退室させて頂きたいのですが」
不快である事を隠さずフィリネグレイアは睨むように国王を見る。彼はそれを平然と受け流し、逆に彼女に近づく。
何を仕出かす気だ、とフィリネグレイアが警戒していると、国王はふっと笑う。
「そんなに俺と一緒にいるのが嫌か?もうすぐ夫婦となるのに」
楽しそうな国王と反対にフィリネグレイアはどんどん不機嫌になっていく。そんな彼女の反応に更に国王の笑みは深くなっていく。
「これは何の嫌がらせでしょうか、陛下」
「嫌がらせ?何の事だ」
「そうでなければ、わたくしを試していらっしゃるのでしょうか?」
しっかりと国王の目を見て、フィリネグレイアは言う。
今すぐ口を閉じて執務室を出なければと頭の隅で警報が鳴り響いているのに、体が言う事を聞かずに口から勝手に言葉がでる。自分の行動を第3者の視点で見ているかのような感覚に陥りながらも、国王に触れられている部分を嫌に生々しく感じる。
「試すとは?」
はっきりと答えずにはぐらかす国王の態度に、フィリネグレイアの怒りは一気に上昇する。
「わたくしが契約を忘れ、貴方を1人の男性としてみないか、試してらっしゃるのではありませんか?まだ、取り換えが可能なうちに、わたくしを試していらっしゃるのですか?心配なさらずに。わたくしは決して契約を違えたりいたしません」
フィリネグレイアが一気に言い終えた後、2人の間に沈黙が落ちた。
国王が何も言わないので、上っていたフィリネグレイアの熱が冷めていき、彼女は段々居心地の悪さを感じていた。そして、自分の発言があまりにも自分の不安を物語っていて、口走った事を早くも後悔している。ここから撤退したいと再度考えていると、フィリネグレイアの頬に手を当てた。
新しく増えた生々しい感触に、このままではまずいと、直感で思う。
だが、自分を見る国王からフィリネグレイアは目線を外せないでいた。
「自業自得なのは分かっているんだけどな」
「え?」
国王が小さく呟いた言葉ろ、フィリネグレイアは理解できなかった。自業自得?何の事を言っているのだろうか。
数秒間、じっとフィリネグレイアを見た後、国王はフィリネグレイアを解放した。ようやく自分が望んでいた通り国王が離れたのに、どうしてか、寂しくなった。
掴まれていた部分を反対の手で押さえる。
「失礼します」
震えそうになる声。意地で平静を保ち、執務室を退室する。
完全に扉を閉めた後、足が震えだした。
泣きたい、非常に泣きたい。
あまりにも自分がみじめだ。さっきの吐きだした言葉。あれはずっと閉じ込めておくべき言葉だったのに、耐えられず、吐き出してしまった。
精神が弱い。
もっと自分を鍛えなければ。
そう、自分を叱咤し、フィリネグレイアは部屋へ戻るため歩き始めた。