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動き始める関係

「起こしたか?」


 かけられた言葉に反応するよりも、彼が自分の近くにいた事への驚きほうへ意識が行く。


「陛下…申し訳ありません!」


 眠りかけていた意識を急激に叩き起こし、頭を低く下げて謝罪する。執務室で眠るなどという失態を犯した自分に、国王はどのような嫌味を言って来るのだろうか。そうフィリネグレイアは身構えていたが、予想に反して国王は優しく彼女に言葉をかけた。


「謝る事は無い。宴の準備で疲れているのだろう?」


「そのような事、陛下の負担に比べれば全く問題ありません。なのに、執務室で寝てしまうなど・・・」


 フィリネグレイアは顔を上げたが、目線をさまよわせる。


「問題ない。俺もここで寝る事がある」


 そう言って、国王は彼女の隣から立ち上がり、フィリネグレイアの向かいにあるソファに座る。慰めているのだろうか思いつつ、どう反応していいか困ってしまった。

 ふと周囲に他の人の気配がしないので辺りを見渡すと、執務室の中には国王とフィリネグレイアの2人しかいなかった。

 自分が転寝をしている間に他の人たちは部屋を出たのだろうか。


「ミュレアは」


「ついさっき出ていった」


 テーブルの横にお茶の道具一式が置いてある事に気付き、フィリネグレイアはソファを立つ。用意されていたポットの中身を確認して、カップにお茶を入れていく。ポットから出てくるお茶は湯気を立て良い香りを周囲へ運ぶ。その香りを嗅いで、フィリネグレイアの顔に自然と笑みが浮かんだ。

 フィリネグレイアはお茶を入れたカップを2つトレイに乗せて運ぶ。


「どうぞ」


 1つは国王の前に置き、もう1つは自分が座るソファの前に置いた。再びソファに座り、お茶を一口飲むと、口の中にお茶の程良い苦みが広がる。相変わらず茶の入れ方が上手い、と満足して内心で自分の忠臣を褒めた。


「お味はいかがでしょうか、陛下」


 無言のままの国王の反応が気になったフィリネグレイアは口には合っただろうかと尋ねてみる。


「美味い」


 その一言だけ言い、国王はお茶を飲む。一気とまではいかないが、あっという間に国王はお茶を飲み干した。その様子から、どうやら気に入ってもらえたようだと安堵する。受け皿に置いたカップの中にお茶がないのを確認してフィリネグレイアは尋ねる。


「お代りはいかがですか?」


「もらおう」


 国王の使っていたカップを取り、お茶を再び入れる。それを彼の前に置くと、国王がフィリネグレイアをじっと見ていた。


「どうされました?」


 疑問を感じたフィリネグレイアが尋ねると、国王は何でもないと否定の言葉を言い、置かれたお茶に口を付けた。内心首を傾げながらも、大人しくソファに戻る。そう言えば国王が執務中の時も見られていたと思いだし、フィリネグレイアは国王を見る。何か自分に言いたい事でもあるのだろうか。尋ねてみようかとも思ったが、向こうから問いかけてくるのを待つことにした。自分から藪を突っつくようなマネはやめておこう。

 気になる事を無視すると決めた途端、部屋を満たす沈黙が耐えがたいものに感じ始めた。フィリネグレイアは何か話題が無いかと考えて、なんとか話をしようと試みる。


「トリウェル様やクロード様もお忙しそうですね」


「ああ。その御蔭で順調に外堀を埋める事が出来ている」


 満足そうにそう言った国王にフィリネグレイアは問う。


「外堀、とは?」


 彼女の問いに、国王はにんまりと笑った。その笑い方にフィリネグレイアは嫌な予感を覚え、彼女は質問した事は失敗だったと後悔した。聞きたいような聞きたくないような・・・いや、聞きたくない方が圧倒的に強い。だが、彼女のそんな思いも知らないというように国王は話しだす。


「決して手放したくない人が逃げられないように、逃げ道を埋めている」


 何とも自分勝手な返答が返ってきた。その人物に行きたい所があったとしても、決して手放す状況にならないように画策しているようだ。


「それは公的な目的のためでしょうか」


「いや、どちらかというと私的なものだな」


 私的な事に権力を使うなど、大丈夫だろうかと不安になる。

 公私を分けろと睨んでみるが、国王は小娘1人の睨みなどものともしない。平然と言って返してきた。


「安心しろ。国を傾ける様な事はしない。むしろ、国にとって有益だ」


 はっきりと言いきった国王の返答に、フィリネグレイアは胸が押しつぶされるような痛みを覚える。


「そうですか」


 何か、違う言葉を言いたかったのだが、この時はこれしか思いつかなかった。

 決して手放したくない人。それは先日見た女性なのだろうか。あの人が、国王の決して手放したくない恋人。

 痛みをぐっと堪え、フィリネグレイアは笑みを浮かべた。

 何も言わず、残りのお茶を飲み干す。これを飲み終わったら明日の事を聞いて退出しよう。


「ところで陛下、明日の事ですが、予定通りに進められると考えていて問題ありませんか?」


 仕事のやり取りをするように彼女は国王に問う。休憩中にフィリネグレイアが仕事の話を始めたのが不満だったのか国王は眉間にしわを寄せた。フィリネグレイアは国王の不興をかったことに不安を感じたが、それを覚られないため自然体を装う。そのまま何も言わずに、国王の答えを持っていると彼は小さく息を吐いてから答えた。


「ああ、問題ない。…今は休憩中だ、仕事の話は後にしてくれ」


 うんざりしたような態度をとる国王に、フィリネグレイアは澄まして答える。


「そうですね陛下もお疲れだと思いますし、わたくしはこれで失礼させて頂きます。ゆっくりと休憩なさってください。お忙しい中ありがとうございました」


 そう告げてフィリネグレイアは国王の返答も待たずに礼をとり、退出しようとした。彼女の行動を国王が黙って見送るはずも無く、疲れているはずなのに素早い動きで彼女の腕を捕えた。捕えた腕を自分の方へ引っ張り、フィリネグレイアの体を自分の腕の中にすっぽりと包みこんだ。

 突然の国王の行動にフィリネグレイアは驚きで目を見開く。掴まれた腕は解放されたが、がっちりと体を捕えられてしまった。

 自分を包み込むように自分に覆いかぶさる国王。体を硬直させているフィリネグレイアへ回す腕の力を少し強め、再び息を吐く。

 何も言わずに自分を抱きしめているだけの国王の態度に、フィリネグレイアは非常に混乱していたが段々と落ち着きを取り戻す。何故国王がこのような行動をとったのか全く分からないが、無意識のうちにフィリネグレイアは国王の背に腕を回し、小さい子どもをなだめる様にゆっくりとその背中を叩く。

 すると段々と、国王の体が揺れ、笑いをこらえているのだろうか抑えきれない声が漏れていた。


「な、何を笑っていらっしゃるのですか?」


 自分の行動に気付いたフィリネグレイアは真っ赤になる。大の大人、それも男性に対して行う行動ではなかったと酷く恥ずかしさを覚えた。


「いや、自分で思っていたより疲れていたみたいだと思ってな。…ありがとう」


 最後に小さく呟いて、国王はフィリネグレイアを開放した。温かい存在が自分から離れた事にフィリネグレイアは寂しさを覚えたが、それを振り払う。

 国王の言葉にどう反応したらいいのか分からなく、引きつる顔に無理やり笑みを浮かべたまま礼を取り、フィリネグレイアは退出した。


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