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宴の準備 決めた想い

 朝食も食べ終わり完全に動揺から立ち直ったフィリネグレイアはあっという間に女官や侍女に囲まれた。彼女たちは宴の際に着ていく衣装を合わせるため、フィリネグレイアを有無を言わせず連行した。

 今、フィリネグレイアの寝室はどこからか運ばれてきた衣装や装飾品で溢れかえっている。


「やはり淡い桃色の衣装の方がよろしいのではないでしょうか」


「淡い色よりはっきりとした紅の衣装の方が映えますよ」


「紅のは背中の部分が大きく開いているじゃないですか。この萌黄色の衣装も素敵でしたよ」


「お嬢様はどれが一番お気に召されましたか?」


 楽しそうにどの衣装が良いかと相談し合う侍女たちをフィリネグレイアは苦笑しながらも微笑ましく見ていた。一向に自分の意見を言わないフィリネグレイアにサヴィアローシャが尋ねる。


「そうね。わたくしはこの真朱色の衣装の形が好きだけれど、色はこの空色の衣装が一番好みだわ」


 少し意地悪い答え方をすると、サヴィアローシャが直ぐに切り返してきた。


「新しく作らせましょうか」


「まさか、冗談よ。今流行している色は紅系だったわね。そうね、これはどうかしら」


 フィリネグレイアが指した衣装をトリエが手にとり、彼女に合わせてみる。


「いかがですか?」


 部屋の中央に立てられた鏡で確認してみる。全体的にふんわりとした作りになっているうえに下の色が濃く上に向かってグラデーションになっている。好みの物ではあるが自分が着たら衣装が浮いてしまうのではないだろうかと少しばかり不安になったが、合わせてみても悪くない。


「浮いてしまうかと思ったけれど、大丈夫みたいね。試着してみるから手伝ってもらえるかしら」


「かしこまりました」


 トリエに衣装を渡し、着ていた衣装をサヴィアローシャに手伝ってもらいながら脱ぐ。脱いだ衣装をフュレイネに手渡して、トリエに持ってもらっていた衣装を身につける。


「どうかしら、やっぱりわたくしでは似合わないかしら」


 自分で衣装の確認をするため上半身を左右にひねりながらフィリネグレイアは悲しそうに尋ねる。以前似たような衣装を着て宴に出た際、周りの人々の反応があまり良くなかったのを思いだす。初めて宴に参加した時だったので大貴族の娘が社交界に出て来たと注目されていたせいかもしれない。だが、その件以来どうも宴が苦手である。

 女官や侍女たちは笑顔でフィリネグレイアを称賛した。


「大変御似合いです」


「この衣装で決定ですね。ですが、この衣装に合わせる装飾品はどういった物にしたらよいでしょう。菫青石の首飾りと真珠の耳飾りに致しますか?」


「菫青石の装飾品は石が大きすぎます。この色の衣装には合わないかと」


 困ったようにスチカがミュレアに尋ねる。ミュレアもどうしたものかと悩んでいると、他の衣装を畳んでいたトーチェが言う。


「衣装に合わせて薄紅真珠の装飾品ではどうでしょうか」


「薄紅真珠の装飾品なんて持っていたかしら」


 覚えのない装飾品を提案されフィリネグレイアは眉間にしわを作った。自分が覚えている限り高価な薄紅真珠を使った装飾品など持っていた記憶はない。まさか今から作らせるなどと言うわけでもないだろう。


「フィリネグレイア様がこちらに持ってこられた装飾品類を整理している際に見つけたのですが」


 そう言ってトーチェが棚から取り出した掌より少し大きい箱を開けると、薄紅色の真珠が使われた耳飾りと首飾りが入っている。


「ミュレア、これ、覚えている?」


 実物を見ても何時自分の持ち物になったのか、思い出せない。買ったにせよ貰ったにせよ、このような美しい装飾品を見たならその存在を忘れないだろう。ということは、これは自分の知らないうちに自分の持ち物に紛れ込んでいたことになる。


「お嬢様…そちらはお嬢様が王妃候補となることが決定した際に陛下が下さった品でございます」


 そう言えば、王妃候補となる事を承諾した後、王宮から大量の贈り物が実家に届いた。それらがどうも自分が国王の恋人の盾となることへの報酬の様な気がして、ミュレア達に頼んで中を確認してもらった後、装飾品類は一度も見ることも中身に手を触れることもなく仕舞い込んだままだった。


「そうだったかしら。あの頃はあちこちから多くの祝い品を受け取っていたから」


 言い訳をぽつりと零し、フィリネグレイアはトーチェの差し出した薄紅真珠の装飾品を1つずつ身につけていく。最後に自分では付けにくい首飾りをミュレアに付けてもらい、鏡で確認してみる。


「これで問題ないかしら」


「はい、大変お美しいです」


「ありがとう」


 ミュレアのお世辞にフィリネグレイアは笑顔で返した。

 自分で見た感じでは、可もなく不可もなく、と言ったところだろうか。自分の姿を鏡で見ながらフィリネグレイアは冷めた気持ちで思った。

 昔から自分はめかしこむのが苦手だ。王の伴侶となるのなら己を着飾る力を養わなければならない。今度義姉やルフィエアナに頼んで鍛えてもらおうか。


「次は髪形ですね。ささ、こちらにおかけ下さい」


 そう言ってトーチェが嬉しそうにフィリネグレイアを促した。


「フィリネグレイア様の御髪は大変お美しいですから毎回髪を結わせていただくのが嬉しくて」


 自分の髪が褒められるのは初めてだったため、フィリネグレイアは驚いた。


「そうかしら。そんな風に言われたのは初めてだわ。ありがとう」


 鏡に映っているトーチェを見てお礼を言うと、彼女は嬉しそうに頬を赤く染めて微笑んだ。

 他の女官や侍女たちが衣装や装飾品を片づけるのを鏡越しに見ながら、フィリネグレイアは誰にも気づかれないよう溜息を吐いた。

 そう言えばこの衣装も先日国王から貰ったものだ。宴の知らせが遅れたお詫びだと行って数着の衣装と髪飾りを贈って来た。

 そんなの物を贈ってくるぐらいだったら本を数冊貰ったほうが何倍も嬉しい。などと面と向かって文句を言えるはずもなく、素直にお礼を言った。

 ゆっくりと髪を結っていくトーチェの動きを見ながらフィリネグレイアは思い出す。

 今までの国王の行動、偽りの恋人、求められる自分の役割。

 そしてそのようなもの全て考えずに素直に自分の国王に対する気持ちを考えてみた。これは結婚する前にはっきりと自覚しないと、取り返しがつかないような気がする。

 いや、本当は分かっている。

 自分は国王を好いているし、彼に好かれたいとも思っている。彼にとって人生を共に歩んでいきたいと思ってもらえる唯一人の人に成りたいと。

 だが、もう彼にはその唯一の人を見つけている。

 そして自分にその盾の役割を願っている。一見残酷な仕打ちだが、愛しても振り向いてもらえない、求めてもらえない人が多くいる中で自分は幸せな方なのではないだろうか。

 ならば求められるまで演じてやろうではないか、彼が望む役割を。そしていつか思い知らせてやるんだ。自分がどれほどいい女であるか。

 新たな想いを心に秘め、フィリネグレイアは近づく未来への覚悟を決めた。


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