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朝露の残る庭園での逢瀬

 ようやく朝日によってあたりが明るくなる頃、フィリネグレイアは1人、庭園にいた。


「やっぱり、これにも病気が付いてしまったわ」


 1枚の葉を手に乗せて見る。その葉にはところどころ赤茶の斑点がある。これが発生するとあっという間に葉の全体に伝染し、その植物は死んでしまう。

 他のものにうつる事は無いが簡単に発生してしまう上に、治すのはまず不可能である。


「こんどあの方が来られた時、対策を考えないと」


 思わずぽつりと、零した言葉。

 こんな時間に庭園にいる人なんて庭師か下働きの者しかいないと思ってた。だから、まさか問いかけられるなど予想もしなかった。


「あの方とは誰の事だ」


 いきなりかけられた声に、フィリネグレイアは誰が見ても分かるぐらい体を震わせる。

 どうして今、ここにいるのだろうか。

 フィリネグレイアは恐る恐る、立ち上がり後ろを振り返った。


「おはようございます、陛下。珍しいですね、貴方がここにいらっしゃるなんて」


「おはよう」


 国王はそれだけ言うと沈黙する。その目は先程の質問に早く答えろといっていた。

 誤魔化せるとは思っていなかったが、フィリネグレイアは小さく息を吐いた。


「ここに定期的にやってくる庭師に、この花に付く病気の対策を相談しようと考えていました」


「たかが庭師を貴女はそんな風に呼ぶのか」


 冷たく言い放つ国王の言葉がフィリネグレイアの癇に障った。


「わたくしの先生でもありますから。…ところでこのような時間にどうしてここに来られたのですか?」


 今度はフィリネグレイアが国王に問いかける。

 一応彼女の返答に納得したのか、国王は今度は素直に答える。


「たまたま、気晴らしに外を見たら貴女がここにいるのが目に入った。それだけだ」


 それは自分に会いに来たということだろうか。フィリネグレイアは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

 だが、それを国王に知られたくない一心で、平静を保とうと会話を続ける。


「気晴らしとおっしゃいますと、まさか寝てらっしゃらないのですか?」


「2、3日寝なくても、人は死なない」


「やり過ぎれば体調を崩しますし、最悪死んでしまう可能性もあります。大事な御身体なんですからきちんと休んで下さい」


 フィリネグレイアが睨むように見るが、国王は彼女から顔を反らし、彼女の言葉を受け流す。

 これは別の方法を使わないと絶対に聞き入れてもらえないと思ったフィリネグレイアは、国王をじぃっと見つめたまま口を開く。


「王太后陛下に言いつけますよ」


 ぼそりとフィリネグレイアが言った言葉に、国王は少し反応して彼女を見る。少しの間見つめあった後に、国王は諦めたように言った。


「善処はする」


 国王が観念した様子にフィリネグレイアは満足した。体調管理も立派な仕事だ。それをおろそかにするのは、仕事に対する責任感が無いと取られても仕方ないとフィリネグレイアは考えている。

 もちろん、目の前にいる国王はフィリネグレイアが思っているよりずっと自分の仕事に責任を感じているだろう。それゆえ、限られた時間を大いに使うために削れる時間を削って仕事に当てているのだろう。

 だが、普通国王の仕事は公務や行政事業の最終決定だ。これは睡眠時間を削らなければならないほど常に追われているものでないと思っていたが。自分の認識は誤っているのだろうかと、フィリネグレイアは国王に問いかける。


「睡眠時間を割かなければならないほど、お忙しいのですか?」


 間を開けて、国王は答えた。


「少し厄介な案件を早急に解決しないといけないせいだ。いつもはきちんと睡眠をとっている」


「厄介な案件ですか。でしたら、休憩時にわたくしが陛下の執務室にお伺いするのは当分さけたほうが良いですね」


 自分を見つけて庭園に出て来たのは、気分転換も含めてその事を伝えに来たのだと思ったフィリネグレイアはそう尋ねる。だが、どうやらそうではないようで、国王は首を振って否定した。


「いや、貴女の迷惑でなければ来てもらって構わない」


 何時も2人きりの時に見せる皮肉を含んだ笑顔ではなく、穏やかな笑みを浮かべている国王を見て、フィリネグレイアの心臓が大きく脈打った。

 先程よりも、顔に熱が急速にたくさん集まっていく。今度はそれを抑えることが出来ず、国王の顔を凝視したままフィリネグレイアは顔を真っ赤にさせた。ただ、国王から顔を反らすことを忘れたまま、フィリネグレイアは頬を赤く染めて彼を見つめた。

 フィリネグレイアは正気に戻ると直ぐに国王から顔を反らしたが、顔を赤くしたのを完全に見られてしまった。

 どうやってこの場から逃げ出そうか。フィリネグレイアの頭の中はそれだけで埋め尽くされていた。どうしよう、という思いだけが巡るだけで正常に考えることが出来ない。遂には冷や汗まで出て来た。


「あ、あ、あの、わたくしこれで失礼させて頂きます。…そろそろミュレアたちが朝食を用意してくれていると思うので」


 思いっきり挙動不審のまま、フィリネグレイアは国王にお辞儀をして逃げるように自分の部屋へ戻って行った。反応を確認するのが怖くて再び国王の顔を見ることは出来なかった。




 自分の部屋に帰ってきてからフィリネグレイアは思った。

 逃げてどうする。夕方には彼に再び会うというのに。

 途中から走って部屋に戻って来てしまったせいで、息が上がっている。まだ早い時間だったので廊下では誰にも会わなかった。そうでなければジリジリと焦燥に駆られながら今も長い廊下を歩いていただろう。

 とりあえず今の落ち着かない状態を静めようと俯いていた顔を上げると、その視線の先にサヴィアローシャとトリエがいた。2人とも驚いたように目を見開いてフィリネグレイアを見ている。

 もう彼女たちが部屋で仕事をしているという事を失念していた。

 再びどうしようとフィリネグレイアが混乱する中、優秀な女官である彼女たちはすぐに驚きから立ち直る。


「おはようございます、フィリネグレイア様」


「おはようございます。朝食の準備が整っておりますが、すぐにお召し上がりになりますか?」


 彼女たちの冷静な対応にフィリネグレイアも段々と冷静さを取り戻す。


「ええ、頂くわ。その前に寝室にエプロンを置いてくるわね」


 笑顔を浮かべて逸る気持ちを押し込み、寝室へゆっくりと向かう。

 完全に寝室の中に入ると、フィリネグレイア大きく溜息を吐いた。取り繕ってみたが、恐らく彼女たちは自分の態度がおかしい事に気付いただろう。問いただされることは無いだろうが、どうにも気まずい。再び溜息を吐き、エプロンを脱ごうとしたところで寝室に人がいることに気付いた。

 エプロンを脱ごうとした姿勢のままフィリネグレイアは動きを止め、その人物を見つめる。

 室内にいた人は静かにフィリネグレイアを見たまま、ミュレアが口を開く。


「おはようございます。大変お疲れのようですが、いかがされましたか?」


 まさか、この人物に質問されると思ってなかったフィリネグレイアは自分の運のなさに泣きたくなった。ここに他の人がいたならきっとミュレアは尋ねてこなかっただろう。しかし、今ここにはミュレアとフィリネグレイアの2人きりである。観念したフィリネグレイアは取り合えずエプロンを脱いで脱衣籠に入れる。


「庭園で、国王陛下にお会いしたの。それだけよ」


 どうかこれ以上追及しないでくれ、と願いながら平静を装って言う。


「それで、どうしてそんなにお疲れになられていらっしゃるのですか?」


 再び質問してくるのか、とフィリネグレイアは脱力した。


「あの人と対じするのは体力を消費するんです」


 少し拗ねた感じで話すフィリネグレイアにミュレアは表情を崩した。


「もうすぐご結婚してご夫婦となられる間柄ですのに、そのような事をおっしゃっては先が大変ですよ?」


「分かっているわ」


 それだけ言い、フィリネグレイアはミュレアに背を向けて寝室を出た。

 疲れているのは急いで部屋に戻って来たから。では、何故急いで部屋に戻ってくる必要があったのか。それは国王のいる場所から早く逃げたかったから。

 あの、優しい笑みを浮かべた国王に胸がときめいたなんて、言えるはずもない。

 


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