着々と周りを固める国王、気付かぬは王妃候補のみ
2人が笑顔を浮かべあっているのを見たイリアは、それについて思うところはあっても表に出さず淡々と自分の仕事をこなす。他の者だったら、きっと彼の様な対応が出来ないで固まるか、近々夫婦となる2人は仲が良いと微笑ましく見守った事だろう。
国王とフィリネグレイアはイリアが持ってきたお茶を飲んで一息つく。イリアはお茶を二人の前に置いた後、再び部屋の外に出て行ってしまった。再び2人きりにされたわけだが、そろそろ半時経ったのではないだろうかと、フィリネグレイアは感じていた。このお茶を頂いたらお暇しようと考え、少し急いでお茶を飲む。
ここでふと、ある事が浮かんだ。お茶の効果によって警戒が解けかかっていたフィリネグレイアは良く考えずぽろりとその事を口にしてしまった。
「陛下の恋人はどのような方なのですか?」
彼女の言葉に国王が固まった。
フィリネグレイアは国王が反応しない事に眉を寄せて怪訝な顔をしたが、直ぐに失言だったと気付いた。フィリネグレイアを隠れ蓑にし、アルフレアを恋人だと言ってまで隠すほどだ。それほどまでに厳重に隠そうとしていたということは、自分はその人物について何も知らないという状態でいることを求められているのではないだろうか。
「失言でした。お許しください」
そう言って謝るフィリネグレイアに国王は何も言わず、持っていたカップをテーブルに置く。そして立ち上がり、フィリネグレイアの方へやって来た。何をするのだろうと身体を固くして警戒する。逃げた方が良いと思ったが、国王から視線を外すことが出来ない。
目の前までやって来た国王は、フィリネグレイアの直ぐ近くの背もたれに右手を置いて彼女に覆いかぶさるように身体を傾ける。
「俺の事が気になるのか?」
何故、そのような話になるのだろうか。
「陛下、離れて頂けませんか。それにそろそろ執務に戻られないと」
無理やり話の方向を変えるが、そう簡単にはいかない。
「俺の質問に答えろ」
じっと見つめてくる国王に、フィリネグレイアは言葉が詰まる。これは素直に答えないと退いてもらえない。
「陛下の事が気になるといえば気になります。一応、わたくしの夫となる方ですから」
「一応、か」
質問に答えたのだから離れてくれないだろうか。そう口にしたいのをぐっと堪え、国王を見つめる。すると、国王は笑った。
その笑みをまじかで見たフィリネグレイアは、背筋に何かが走るのを感じた。これは悪寒だろうか?それとも。
彼女が深く考え込む前に国王が行動を起こした。
そして、フィリネグレイアと国王の距離が限りなく0になる。
「お前は俺の妻になる事実は変わらない。その務めは果たしてもらう。忘れるな」
耳元で言われた言葉に、フィリネグレイアは固まる。
その言葉の意味でも、直ぐ近くで聞いた彼の声でも。
フィリネグレイアが硬直してしまったのを見て、今度は面白そうに笑った国王は彼女から離れた。
「そろそろ執務に戻る」
そう言って机に戻り、いつの間にか机の上に積まれていた書類を手に取った。
退出した方が良いだろうとは思っているのだが、なかなか動けないでいたフィリネグレイアに執務に戻ったはずの国王が声をかけた。
「ちょっとこっちに来い」
呆然としていたフィリネグレイアは国王の言葉に素直に従い、ソファから立ち上がって国王の方へ行く。
「何でしょう」
「これを見てみろ」
そう言って渡されたのは一枚の書類。
そこに書いてある内容の一部を見て、フィリネグレイアは国王を見る。
「陛下、これは」
「貴女は女性が働く現場を作っていきたいという意思があると聞いた。そこで貴女にこの件を手伝ってもらいたい」
「それで、孤児院や病院の女性職員の増員を?」
「今は職員のほとんどが男性で、数名いる女性職員も結婚が決まれば辞めてしまう状態だ。それを改善したいと思っている」
「失礼ながら、まだ王妃ではない唯の貴族の娘であるわたくしにこのような大事な仕事をしては、他の者から反感が来るのでは?」
「それについてならもう手を打ってある」
机に肘をつき、手の甲に顎を乗せながら国王はフィリネグレイアに問う。
「どうする。貴女がやりたいと願っていた国の仕事だ。それにこれが成功すれば多くの国民の生活に大きな影響を与える。やりがいはあると思うのだが」
国王はフィリネグレイアが辞退するなんて微塵も思っていないのだろう。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
少しの沈黙の後、フィリネグレイアは口を開く。
「この案件、お受けいたします」
そう答えた彼女の瞳は強い意志を宿していた。
「そう言ってくれると思っていた。宜しく頼む。分からない事があったらイリアを通してくれ。補佐に数名付ける事になっているので、後日紹介する。日程はミュレアを通して伝える。質問は」
「仕事を行う際はどちらで」
「今トリウェルに頼んで整えてもらっているが一号館の3階にある労働省の近くだ。長い間倉庫として使われていたから準備に時間がかかるが、2、3日以内に終わる予定だ。整い次第仕事を開始してもらう。他には?」
「わたくしの王妃としての授業は終わったという認識で宜しいでしょうか」
そう問いかけると、国王は面白そうに笑った。
「ああ。今まで貴女が培った知識や経験を存分に生かしてくれ」
「ご期待に添えるよう最善をつくします」
「他に聞きたい事は」
少しの間考えるが、もう聞きたいと思う事は特になかった。
「いえ、今は特に」
「そうか。用件は以上だ。これから宜しく頼む」
「はい。では、わたくしはこれで」
フィリネグレイアは退出の挨拶をして部屋を出た。
そのままどこにも寄り道せずに自室に戻り、室内にいたミュレアに夕食まで寝室にいると告げて寝室に入る。ドアを閉めた瞬間、フィリネグレイアは力尽きたように、ドアに体を預けながらずるずると沈んでいった。
途中から仕事の話になったために一瞬忘れていたが、1人になった瞬間に、国王が自分に覆いかぶさって来た時の事を思い出した。その瞬間、体から力が抜けて立っていられない状態になってしまった。
「な、なんだったの?」
先程まで自然にふるまっていたとは思えないほど、彼女の声は動揺で震えていた。