浮上しかけた心が落っこちました
2人の周りに穏やかな風が吹いた。
「貴方が何を思おうとも、わたくしの意思は変わりません」
彼と国王の関係を守る盾となる気持ちは変わらない。変ったのは国王に対する自分の気持ちだ。
「それは、もし私ではなく相手が女性でも、同じ事をおっしゃいますか?」
アルフレアの問いかけに、彼女ははっきりと告げる。
「例え、女性でも。陛下からお許しがある限り、わたくしはあの方の妻でいます」
強い意思を込めて言う彼女に、彼は笑顔を浮かべた。
「フィリネグレイア様は決意されたのですね」
「元から、貴方を守る盾としてあの方の妻となる事を決意してここに来ました。ただ、その中にわたくしの個人的欲求が追加されただけです」
「フィリネグレイア様は、陛下を愛していらっしゃいますか」
このアルフレアの突然の問いにフィリネグレイアは驚いた。何故、国王の恋人である彼が、そのような事を平然と聞いてくるのだろうか。どういうつもりなのか探ろうと注意深く彼を見るが、先程から彼の雰囲気は穏やかなままだ。
更に彼は不自然な言葉を口にする。
「これで漸く私の務めも無事終える事が出来ます」
「どういう事でしょうか」
眉間にしわを寄せ、フィリネグレイアはアルフレアを見つめる。務めとは何の事だろうか。青年は何も言わず、唯フィリネグレイアを見つめている。
その時、フィリネグレイアはある事に気付いた。
「やはり嘘、だったのですか?」
「何がですか」
彼女の問いに笑顔のままアルフレアは答える。先程のフィリネグレイアの言葉に不安ではなく別の事を感じているような印象を受ける。普通、自分の好きな人の伴侶に他の人がなると宣言されたら不安ないし不快感を覚えるものではないだろうか。それが無いという事から導き出される結論がフィリネグレイアの答えだ。
「とぼけないで下さい。貴方が陛下の恋人であるという事です。あの噂も」
「全て陛下からお聞き下さい」
自分からは言おうとしないアルフレアに、彼女は聞きだすのを諦めた。これは明日国王に直接会って聞き出すしかない。・・・今まであの人から自分の求める情報を十分に引き出せたためしが無い事を思い出し、思わず溜息が出そうになった。
「分かりました。わたくしから言いたい事は以上です。貴方からは何かありますか?」
「いえ、私からは。失礼いたします」
それだけ言うと、アルフレアは去っていく。恐らく再び護衛に戻るのだろう。もうその存在に気付いているのだから、普通に姿を見せたままで良いのではないだろうかと思いながら、フィリネグレイアはそのまま彼を見送った。
今日一日で色々な事が起こり、フィリネグレイアは疲れていたがもう少し庭園を散策することにした。もう夕暮れになっているので長く周ることは出来ないが、あの、水中に根を張る植物が無性に見たくなった。
他の植物を観賞しながら池の方へ向かう。後は木が壁のようになっている所を曲がれば、目的地に着くというところで、誰かの話し声が進行方向からすることにフィリネグレイアは気づいた。内容までは分からないが、伝わってくる雰囲気から深刻な内容を話しているようだ。
普通なら聞いてはいけないと引き返す所だろう。しかし、情報収集の良い機会だと彼女は出来る限り近づいてみることにした。護衛しているだろうアルフレアの存在を気にしながらフィリネグレイアはゆっくりと不自然にならないように、彼らが見える所へ移動する。
人の姿が見えてきたところで、フィリネグレイアは目を見開いた。
そこにいたのは1組の男女。丁度フィリネグレイアが2人の姿を視界に入れた所で、男性が女性の腕をとって引きよせ抱きしめた。
女性の方は見た事のない人だったが、男性の後ろ姿をフィリネグレイアは良く知っている。
呆然とするフィリネグレイアは音を立てないよう再びゆっくりとその場を離れた。
そこから自分がどうやって戻ったのか、フィリネグレイアは全く覚えていない。気づいたら部屋に戻り、夕食の準備が出来たとミュレアに声をかけられた。
「お嬢様、どうされたのですか?庭園の散策からお戻りになってから元気が無いようですが」
不安そうにフィリネグレイアに問いかける。反射的に、フィリネグレイアは笑顔を浮かべて返事をした。
「わたくしなら大丈夫よ」
それだけ言い、フィリネグレイアは準夕食が準備されたテーブルの席についた。食事をしながら、フィリネグレイアは庭園で見た情景を思い出す。とたんに、彼女の胸が苦しい痛みを訴えた。
あの1組の男女。
男性の方は後ろ姿しか見なかったが、あれは確かに、国王本人だった。