国王と直接対決 その1
トリウェルと共に、フィリネグレイアは国王の執務室の前までやって来た。隣にいる彼に気付かれないよう、フィリネグレイアは心を落ち着かせる為に深呼吸をする。その横でトリウェルは入室の許可をもらい、扉に手をかけ、押し開けた。
「失礼します」
部屋へと入って行くトリウェルに続いてフィリネグレイアも部屋に入る。完全に部屋の中に入ると扉の前を警護していた近衛兵が扉を静かに閉じた。それがもう後戻り出来ない状況に自分を追い込んだのだと宣言されているようで、フィリネグレイアは一瞬、眉間に皺を寄せた。
待合部屋を通り、執務室へと入る。その部屋の奥に座って作業している人物を見て、フィリネグレイアは逃げ出したくなる自分を叱咤した。
「陛下、フィリネグレイア様がお見えになりました」
トリウェルの言葉に国王が目を通していた書類から視線を上げ、扉の、フィリネグレイアとトリウェルが立っている方を見る。
「ああ、それじゃあ休憩にするか」
ずっと机に噛り付いて文字を読んでいたのだろう。国王はこった肩をほぐすように首を回した後立ち上がり、隣に置いてある2人がけのソファーへとその身を沈めた。
イリアは、国王が処理を済ませた書類を持って部屋を出て行った。
どうしたものかとその様子を見ていたフィリネグレイアを、まだ隣にいたトリウェルが国王のいる方へフィリネグレイアを誘った。
「此方におかけ下さい」
国王の座っているソファーとテーブルをはさんだ向かいに置いてある同型のソファーにフィリネグレイアは座る。
「それで、私に会って話したいこととは何ですか?」
穏やかに問いかけてくる国王に、フィリネグレイアは表情を引き締めて向かいあった。
「単刀直入にお聞きします」
フィリネグレイアはいつもなら国王に対抗するかのように笑顔をその顔に張り付けて向かい会っている。しかし今、笑顔を浮かべないはどころか無表情である。そんなフィリネグレイアを見ても、国王は何の反応もない。顔をしかめそうになったのを心を無にして抑える。
「陛下の恋人は本当に男性なのですか?」
「貴女はどういう返答がお望みですか?」
国王が質問を質問で返してきた。相変わらず人の質問を真っ直ぐに答えない人だと、フィリネグレイアはうんざりした。
「わたくしは、真実が知りたいです」
自分が知っていても何の得もないかもしれない。でも、何も知らないまま疑心暗鬼になるよりは、知らない事を知って心乱される方がまだ対応策を立てられる。
「この事についての真実を聞いても、貴女の立場は変わりませんよ?」
「変えようと思えばまだいくらでも変えられます。まだわたくしが王宮に入って12日しか経っていませんし。ですが、わたくしも王妃という立場を手放す気はありません」
フィリネグレイアの言葉に、国王は表情を変えず笑顔のまま聞いている。
逆に彼女の後ろに控えているトリウェルの方が、胃に穴が開きそうなほどの緊張を感じていた。いつ歯止めが利かなくなるかなんて考えたくないが、このままいけば危ない状況だ。
今ここにイリアがいれば、彼はいい加減にしてほしいと溜息を吐き、クロードはニコニコと笑いながら2人のやり取りを見ていただろう。
「もし、私の恋人が女性であったら側室として迎えなければならないですが、それでも貴女は何も言いませんか?」
「ええ、どうぞご自由に。以前にも申し上げたように、わたくしは王妃という立場に立ちますが、あくまでも陛下の臣下ですから」
その答えに国王の笑顔が固まったのをトリウェルといつの間にか帰って来たイリアは確認した。
「そうですか、貴女のような優秀な方が私の部下であるといのは心強いです」
更に笑顔を深めた国王にフィリネグレイアは背筋が寒くなった。何故だろう、国王から感謝の言葉をもらったのに、すごく逃げ出したい。
「で、貴女の質問はそれだけですか?」
うっかりそのまま流してしまいそうになったが、答えを聞いていない。
「他にもお聞きしたいことはあります。ですが、まずは先程の答えをお聞かせ下さい」
答えを催促したら国王は直球ではなく変化球で返してきた。
「彼をここに連れてきて愛を語って見せましょうか?」
どうやら疑われた事がお気に召さなかったようだ、とフィリネグレイアは思った。人様のいちゃいちゃしている場面など、特にこの国王が愛を語っているところなど見たくない。嫌すぎて思わず視線を外し、表情を変えてしまった。
「いえ、遠慮させて頂きます」
「おや、それは残念」
変わらず笑顔を湛えたままそう言ってのける国王に、トリウェルは引きつった笑みを直そうにもなかなか直せなかった。
確実に胃に負担をかけているトリウェルなど知る由もなく、丁度話に区切りがついたところでイリアがお茶をフィリネグレイアと国王の前に置く。それを受け取り、一口飲む。うん美味しい。
お茶を飲んだ事少し頭の中がすっきりとした。そうしたこでフィリネグレイアは、国王の返答に良かったと心の隅で思う自分がいることに気付いた。今までなら決して気づかなかった想い。
国王に唯一人と望む女性がいない事に、フィリネグレイアは何故か心が浮き立つ。これは自分がそういう対象になるかもしれないという可能性が出たからだろうか。だが、その前に国王が好きな人は男性だ。
もやっとした感情が自分の中に溢れて来てた。それをフィリネグレイアは追い出そうと別の事に意識を向ける。