安らぎのひと時を邪魔されました
夕食を終え、自室の居間で休んでいると来訪者が現れた。
誰かが来るという知らせは聞いていなかった為、フィリネグレイアは疑問を抱く。一応近くにいたスチカに誰が来たのか確認してもらうと、なんと国王が来たという知らせが届いた。
何故来た!?と頭を抱えた後敵前逃亡したい心境にになったフィリネグレイアだが、気合いで動きそうになる身体を抑えた。
部屋に通すように再びスチカに頼んで、来るだろう人物との対決にむけて身体に力を入れる。
よし!来るなら来い!!
と、気合いを入れたはいいが、姿を現した国王を見た瞬間に怯んでしまった。
笑顔で向かってくるが何やら表情しか笑っていない。というか何故この人笑ってるんだろう。
などと少し現実から目を反らしそうになる。気を取り直して椅子から立ち上がり、国王を迎える。
「御機嫌よう、陛下。今日はどのような御用件でしょうか」
フィリネグレイアが問うと、国王は彼女の問いには答えず近くにいたミュレアを見る。
「オイネット嬢と2人で話をしたい。他の者は皆部屋から退出してくれ」
命令された彼女たちは一瞬フィリネグレイアを見る。視線を受けたフィリネグレイアは笑顔で彼女たちの退室を促した。
それを見たミュレアが動いたのを皮切りに、侍女たちは部屋から出て行った。彼女たちが完全に居なくなってから、国王は浮かべていた笑顔を消し、フィリネグレイアの近くまで歩み寄り彼女を見下ろす。
見下ろされたフィリネグレイアは何が起こるのかと身構える。
「今日の夕方に書庫で騎士団員に会ったらしいな」
国王の言葉にフィリネグレイアは内心で舌打ちした。やはり国王に伝わったか。
「はい、お会いしましたが。それが何か問題でも?」
あくまでも平静を装い笑顔を張り付けたまま答える。彼女の体とが気に食わなかったのか、国王は顔を歪めた。
「貴女は自分の立場か分かっていないようだ。名ばかりの王妃となりたくなければ今後、行動を慎むことだ」
「それは、脅しですか」
「どのように受け取るかは、貴女次第だ」
静かな沈黙の中で2人はお互いを見つめあう。だが、そこには結婚を目前とした生涯連れ添う男女の様な生易しいものではなく、まるで互いに天敵と相対しているような雰囲気を醸し出している。もしここにこの2人に近しい者たちが居たら、きっと「いい加減素直になれ」や「いい加減に気づけ」と言われていただろう。だが残念なことに、ここにはこの2人しかいない。
重々しい沈黙を破ったのはフィリネグレイアだった。
「陛下は、今王宮で流れているわたくしたちに関する噂を、ご存知ですか」
「ああ、知っている。とんでもない噂のせいで仕事が増えた。だから、これ以上今回の婚儀に影響するような行動は慎んでくれ。でないと、俺は貴女を常に監視する者を付けなければならなくなる」
何を今さらとフィリネグレイアは国王を睨みつけた。自分の負担にならないように等という名目で既に監視役の護衛を付けているではないか、白々しい。
「ご心配なく。わたくしとしても不利益となるだけですから、今後十分気を付けてまいります。陛下には大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
自分の非を認め、謝罪をしながらフィリネグレイアは頭を下げる。彼女を見ている国王は、謝罪を受けたというのにその表情は晴れない。
「決して陛下とアルフレア様の不利益とならないよう精一杯お仕え申し上げます。ですから、陛下もこの国の大きな力を持たない民の為に力を尽くしていただくよう御頼み申し上げます」
フィリネグレイアの望みの1つはそれだ。自分が政治に関わる為には国が必要だ。そして国となるには多くの人がいなければならない。彼らの平穏が守られなければならない。それを守る力を目の前の男はたくさん持っている。
だから自分は頼むのだ。己の望みを叶えるために。
はっきり言ってこの国の民全ての幸せを望むなどと大層な事を願ってはいないし、それを望むほど自分は聖人でもない。幸せを望むのは身近な人々だけで手いっぱいだ。
「貴女に言われなくても分かっている。それが俺が生かされている意義だからな」
その言葉を聞いたフィリネグレイアは顔を上げる。気のせいだろうか、その声音が切なさと悲しみが含まれている様に感じた。そして、国王の顔を見るとそこには、この男が浮かべているところを見たことのない表情があった。
「陛下?」
怪訝に思い問いかけるが、国王はフィリネグレイアを見るだけで何も言わない。そのまま沈黙したまま国王はフィリネグレイアの顔に手を伸ばした。しかしその手は彼女に触れることなく下ろされた。
一連の動作を固まったまま見ていたフィリネグレイアの頭は非常に混乱していた。
何が起こったのだろうかと必死に状況を整理する。どうしてだろう、先程の国王の表情と自分に迫った手を思い出すと気持ちが落ち着かない。ざわざわする。
頭の中がパニック状態のまま硬直しているフィリネグレイアを少しの間見つめていた国王は、目をつぶって息を吐いた。
「今日はもう帰る。先程も言ったが、今後行動を慎むように」
それだけ告げると、国王は扉に向かって歩いて行きやがて扉の向こうに消えていった。