今日の出来事、主人と侍女の反省会
書庫から借りてきた本を自室でソファに座って読みながら、フィリネグレイアは穏やかな時を過ごした。
夕食までもう少しあると、室内にある時計を確認して再び目線を本に戻す。しかし、その先を読む前に高らかに響き渡る音にその作業を中断される。
フィリネグレイアの近くで刺繍をしていたフュレネイに目線を向けると、彼女は心得たと頷いて扉へ向かいそれを開ける。
扉から入って来たのはミュレアであり、何やら彼女は思いつめたような表情をしていた。どうしたのだろうかと首をかしげながらミュレアを呼ぶと、彼女は一旦歩みを止めて目を閉じてから、何かを覚悟した様な面持ちでフィリネグレイアの方へと足を進めた。
「お帰りなさい、ミュレア。どうしたのですか?そのように思いつめた顔をして」
「はい。その前に人払いをお願いいたします」
彼女の言葉に、フィリネグレイアは室内にいたフュレネイとトーチェを下がらせた。
彼女らが出て行き、完全に室内に二人っきりになったっところでミュレアはフィリネグレイアの隣に座る。
「実は少し前から人々の間で流れている噂がありましたが、お嬢様の耳に入らないようにしていました」
そう切り出されたフィリネグレイアは更に疑問が増える。
「その理由は後で聞きます。で、その噂とはどのようなものなのですか」
一瞬ミュレアは言いよどんだが、フィリネグレイアの目を見て口を開く。
「お嬢様がアルフレア様に恋心を抱いているというものです」
聞いた瞬間フィリネグレイアは呆気にとられ、思いっきりアホ面をさらしてしまう。先程人払いをしたのはそのためだ。ミュレアはこの噂がフィリネグレイアに多大な衝撃を与えるだろうと予測し、まだ完全に味方に引き入れていない彼女らをとりあえず下がらせたのだ。
「どうしてそのような噂が。もしかして先日までアルフレア様の情報を集めていたのが原因?」
「恐らくは。女官の誰かから情報が漏れたのでしょう、迂闊でした」
「その噂に対して貴女はどう対処していたのですか。まさか放置しておいたなどと言う事は無いでしょ?」
「はい。真偽を問うてくる者や噂をしている者にはそのような事は無い言い含めておきました。先日国王陛下とお嬢様の婚儀の詳細が発表されましたから、このような噂を大声で話す者など居りませんが、反対する者が付けいる隙が生まれてしまいますから、今後はアルフレア様の関する情報を集めるのは控えた方がよろしいかと」
ミュレアの言葉に、フィリネグレイアは額に手を当てて天を仰いだ。そんな彼女の行動にミュレアは首を傾げる。
「どうなされたのですか、お嬢様。…もしかして、私が御側にいない間に、何かしでかしたのですか!?」
最悪の事態を想像してミュレアの言葉がつい粗雑なものとなってしまっているが、そんなことを気にしている余裕はない。もし、主が何か行動を起こしてしまっていたらその後始末に奔走することになる。これ以上仕事が増えてしまっては、流石のミュレアでも身が持たないだろう。
申し訳ないと思いつつ、フィリネグレイアは今日の出来事を伝える。
「実は、書庫で王国騎士団第三軍隊所属のルインという青年と会いました」
「ルインと言うと、もしかして」
フィリネグレイアの言葉に、ミュレアは呆然とした。
「ええ、アルフレア=ルイン様よ。国王の恋人の、ね」
「それは、厄介な事になりましたね」
ミュレアは疲れたようで、ソファに身を沈めた。
「厄介な噂が流れているなら、陛下の対応が変わるわ。あの人がどのような対処を取ってくるか」
自分で言っていて、フィリネグレイアは背筋に寒気が走った。
「どうなさったんですか?」
顔を強張らせ、黙ったままの彼女にミュレアは問う。
「すごく、嫌な予感が」
それだけ言うと、フィリネグレイアは自分の左側の二の腕を摩った。分からない事を何時まで気にしても仕方がないと、深呼吸をして気持ちを切り替える。
「もうそろそろ夕食の時間ね。これ以上待たせていたらサヴィアローシャやトリエに迷惑をかけてしまうわ。ミュレアは引き続き人々の間で流れている情報を集めてちょうだい」
「はい、その任承りました。ですから、お嬢様は大人しくしていて下さいね」
笑顔で言ってはいるが、まるで脅しだ。今日の事は自分から仕出かした事じゃないのになぁと心の中で言い訳しながら、フィリネグレイアは笑顔で肯いた。
フィリネグレイアの笑顔を見たミュレアは怪訝そうな顔をしたが、何も言わずに立ち上がって居間から出て行った。あれはあまり信用されていないと感じ取ったフィリネグレイアは苦笑する。
当分大人しくしていないと、何時かのようにミュレアの怒りが雷のごとく。その時のことを思い出して、フィリネグレイアはその身を震わせた。