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久しぶりに会ったというのに



 嫌な予感は当たるものだと改めて実感しながら、フィリネグレイアは目の前の男を見つめる。

 本当に温室に向かうのだろうと不審に思いながらも、何も言わず大人しくついて行った。

 国王に先導され向かった先は、宮内にある昔彼女が王女とともによく遊んだ温室だった。彼に促され、フィリネグレイアはテーブルの席に座る。国王は向かいに座ると、部屋でお茶の用意をしていた女官を下がらせた。温室内に2人っきりになると、国王は口を開いた。


「まだルミナがいたころ、君はよく此処に来ていましたね。懐かしい。あいつが嫁いでからもう2年もたつなんて早いな」


 誘われた時の表情から何を聞かれるかと不安に思っていたが、どうやらまださし障りの無い会話を続けるようだ。女官を下がらせたのだから、他の人に聞かれない「計画」に関して何か知らせを直ぐに離すのかと思っていた。

 しみじみという言葉を聞きながら、フィリネグレイアは用意されたお茶を一口飲む。

 懐かしいにおいと共にこれまた懐かしい味が口の中に広がる。このお茶はここに来た時よく出されたものだった。これは王女の気に入っていたお茶の中でも自分が唯一絶賛したもので、褒めた次の日からお茶の時間に良く出されるようになったのだ。


「そうですね。わたくしも王女殿下が降嫁されて以降、こちらに来る事もなくなりましたから。あっという間に過ぎっていった感覚がします。それにこれも」


 先程飲んだお茶に目線を落とす。

 入手が難しいというほど高価な茶葉ではないが、フィリネグレイアはこの2年の間一度もこのお茶を飲んでいない。一番のお気に入りと言って良いほど好きではあるが、このお茶は“王女とこの場所で飲むもの”という意識が生まれてしまっており、自ら進んで他の場所で他の人と飲む気が全く起こらなかった。


「そうなのですか?君のお気に入りだと聞いて久しぶりに取り寄せたのですが、気に入りませんでしたか」


「いえ、確かにこの紅茶を好んで良く飲んでいました。そのような事、何方からお聞きになられたのですか?」


 恐らく王女から聞いていたのだろうと予想がついていながらも、フィリネグレイアは問う。これ以上詳しく言いたくない。だから話の方向を変えようと話題をずらした。

 だが、何故か国王はその問いには答えず自分もお茶を一口飲んで本当においしいなと呟いた。特に追及しようとも思わなかったので、フィリネグレイアは本当においしいですねと適当に相槌を入れるだけにとどめた。

 少しの間、二人だけの空間に沈黙が落ちた。それを特に心地が悪いと感じる事もなく、静かにお茶を楽しむ。

 国王がカップを置いたところでその中の中身がなくなっている事に気付いた。お代わりを入れてもらおうかと思ったところで、此処に女官がいない事に気づく。

 他の人に頼む事が出来ないなら自分でするしかないだろうと、フィリネグレイアは立ち上がる。


「陛下、お茶のお代わりはいかがでしょう」


「ああ、ありがとう。いただきます」


 フィリネグレイアが行き成り立ち上がったことに国王は少し目を見開いた。だが、カートに用意されている道具を見ていたフィリネグレイアは気付かない。

 空のカップを受け取り、お茶を注ぐ準備をする。


「そう言えばいつだったか、ロイが君の入れたお茶は大変美味だと言っていました」


「まあ、兄がそのような事を?お恥ずかしいです」


 なんて事を国王に言っているのだろうかと心の中で兄に文句を言う。


「今日は女官に用意させましたが、よろしければ今度のお茶会ではお茶を入れていただけないでしょうか」

 これは、またこうして二人でお茶を飲もうという誘いだろう。

 どう返事したものかとおもいつつ、情報の収集や自分の仕事を成し遂げられるチャンスだとも思った。


「はい。わたくしがご一緒することで陛下の御身体と御心が休まれるならば、喜んで」


 少し赤みがかったお茶を入れたカップを、国王の前に笑顔を浮かべながら置いて返事を返す。

 自分の分のお茶も継ぎ足し、席に着く。ふと目線を感じて国王の方を見ると、先ほどと全く違う雰囲気でフィリネグレイアを見ている。その雰囲気が何やら居心地が悪く、彼女は体を強張らせた。


「ところで最近、貴女はアルフレアについての情報を集めているみたいですね」


 唐突に切り出された話にフィリネグレイアは思わず息を飲んだ。先程までの穏やかな空気が嘘のように、一瞬にして重圧がのしかかって来た感覚を覚える。

 この人の耳に何時かは入るだろうと思ってはいたが、既に入っているとは思っていなかった。

 膝の上に置いていた手でスカートを握り締める。

 何か不都合でもあるのかと問いただしたいところだが、今口を開けばいらぬ言葉をはいてしまいそうだ。

 だが、無言は不利はならないが有利にもならない。ここで無言を押し通すのは得策じゃないだろう。もし、国王の不興を買い、名だけの王妃となってしまっては意味がない。

 出来るだけ真実が伝わりやすい言葉を選んで話しだす。


「わたくしは貴方の妻となるのですから、貴方の恋人の事を知っておく必要があると思ったまでです。それに、偽装だとしても相手の方がわたくしの存在を不快に感じられるのは、貴方にとっても不利益ではありませんか。わたくしに何が出来るかわかりませんが、陛下の大事な方ならば、わたくし達臣下もその方の為に心を配らねばならないと思いました」


 最後に皮肉を言ったが、自分がみじめになった。

 自分は王の妻となるが、実質それは他の臣下と変わらないとフィリネグレイアは思った。自分が求められているのはこの人の妻となる事ではなく、国を支え、最終的には国王に世継ぎを作らせる為だけに存在する言わば駒だ。

 それでも自分は精一杯求められた役割をこなす。


「つまり、貴女は私の為に彼の情報を集めていたと言う事ですか」


 何故か笑顔を浮かべている国王のその表情の理由を問いただしたいが、それをしてしまったら話の方向がずれてしまうような気出したので、あえて無視することをフィリネグレイアは選択した。


「そうですね。結果的にそうなると思います」


 フィリネグレイアも笑顔で返す。


「貴女が私の為を思ってしてくれたその気持ちは大変嬉しいですが、私としては彼の事をあまり他人に知られたくないので。これ以上詮索しないでいただきたい」


「それは…」


 フィリネグレイアの言葉を遮るように国王は椅子から立ち上がり、彼女の元へと歩く。そして彼女に覆いかぶさるように身を近づけ、耳元で彼女へ命令する。


「貴女は私の妻となれば良い。無用な心配をするな」


 身体を硬直させるフィリネグレイアにそれだけ言うと、国王は背を向けた。突然の行動に彼女が混乱すると分かっているだろうに、国王はそんな彼女を一度も見ることなく温室を出て行った。

 呆気にとられ、唯去って行く国王を見送ったフィリネグレイアは、彼の姿が消えたと同時に深く息を吐く。いつの間にか身体に入っていた力を抜く。そうすると心が解放されるが、同時に先程の言葉が襲いかかり柔らかくなった心を抉っていく。


「ただ、人形のように隣に立つ女性が必要と言うわけですか」


 悔しくて、彼女は握っていた手に更に力を込めた。そうしなければ、涙が止めどなく溢れてしまいそうだった。




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