あれから少し時が経ちました
フィリネグレイアが王宮に住み始めて10日が過ぎた。 どうやら、あの夜に告げてきた通り、国王はフィリネグレイアと会う時間がとれないほど忙しいようだ。5日前、本来なら国王に付き添ってもらい行なうはずだった上王陛下と王太后陛下との対面もフィリネグレイア一人で行った。
両陛下は暖かく迎えてくれた。以前も何度か会った事はあったが言葉を交わしたのは数える程度だった為、フィリネグレイアは緊張しながら両陛下へ挨拶を行なったわけなのだが、どうもあの兄妹の両親だとは思えないほど穏やかな雰囲気を常にまとっている人たちで、面会が終わるころには太后陛下とは意気投合していた。
気になっていた王女の近況も聞く事が出来、充実した時間を過ごす事が出来た。
その後も彼女と国王が会うことは一度もなく、フィリネグレイアは平穏な日々を過ごしながら着々と新たな知識を蓄積していった。
そして、何故か親しくなった女官から国王についての知識も植えつけられたのだ。
彼女らは何を求めているのだろうかと呆れながら、フィリネグレイアは反論もせずに大人しく聞いていた。このことによって後日とんでもない話が王宮内に流れるなど思ってもみなかった彼女は、後々頭を痛めることとなる。
王宮に住み始めて12日目。今日の授業は午前だけだったため、午後をどう過ごそうかと考えながら食事をとる。書庫で読書をして時間を過ごそうか、庭園が見えるテラスでお茶を頂こうか。
まさかいきなり午後の予定が無くなると思っていなかったのでちょっと得した気分で何をしようか悩んでしまう。
「嬉しそうですね」
そう言ったのは配給をしていたサヴィアローシャだった。彼女は女官で、現在王宮に滞在しているフィリネグレイア専属で配備された女官の一人である。
「ええ、午後をどう過ごそうかと考えるとね」
「そう言えば、陛下も今日の午後は予定が空いていらっしゃるそうですよ?」
その言葉にフィリネグレイアは苦笑した。
暗に2人で過ごしたらどうかと言っているのだろう。
どうにも自分に付いてくれている女官は自分と国王の仲が良いと勘違いしているようだ。ここに来た当日共に食事をした時の印象がそれほど良かったのだろうか。内心首を傾げながらフィリネグレイアは笑顔をその顔に浮かべる。
「でも、最近陛下はお忙しいようでお身体を壊さないか王太后陛下が心配してらっしゃいましたから、この機に休養をとられないと」
もっともらしいことをいって、自分から誘うという選択肢を消す。釘を刺さないと主想いの女官たちが何を言い出すか、この数日で何となく把握した。
憂いを取り除いたところで、ゆっくりと食後のお茶を楽しんでいると、扉を叩く音が部屋に響いた。
来訪者を部屋の中に招き入れても良いかと扉近くに佇んでいた女官、トリエが目で聞いてきたので頷く。衣服に乱れが無いか確認した後、優雅に見えるよう姿勢を整える。
さて、今日は誰かと会う約束をしていただろうかと考えているうちに女官に先導され、来訪者が現れた。
その人物は、先程話に出て来た国王だった。何故彼が今、ここにいるのだろうか。
「御機嫌麗しゅう、陛下」
彼女は自分の疑問を表に出さず、国王を迎える為立ちあがり礼をとる。
「ああ、なかなか会う時間を取れなくて無く申し訳ない。不自由はないかな?」
フィリネグレイアの部屋としてなじんできているこの場で、フィリネグレイアには国王が異物のように思えた。自分のテリトリーに侵入してきた、部外者。
ここは目の前の堂々とこちらに近づいてきている人物のテリトリーだ。数日いただけで自分は何を勘違いているのやら、と自分自身を嘲ながら国王の問いに答える。
「はい、皆良くしてくれて、大変心地よく日々を過ごさせて頂いております」
「それは良かった。今日の午後は予定が空いていると聞いたのですが、久しぶりに王宮の温室に行きませんか」
一応質問という形をとっているが、これは完全に決定事項だ。ミュレアだけならまだしも、他の女官たちもいる中で拒否など出来るはずがない。午後の予定などのんびり考えていないでさっさと出かけておけば良かったと後悔する。
「大変嬉しい申し入れですが、お忙しいのではありませんか?」
「いえ、今日の午後に予定していた視察が中止になったので、午後は休みだと執務室からトリウェル達に追い出されてしまいました」
「まあ、でもお疲れなのではありませんか。わたくしのことなら気にせず、自室でお休み下さい」
婚約者をほったらかしにしているとヘタな噂を流されないように顔を見せに来たのだろう。本当に、権力者という者は大変だ。それの大変な者に自分もなるのだと思うがどこか他人事のように感じた。 なんて考えつつ、さも婚約者の体調を慮って言った言葉だという表情で言ってのける。
「お気づかいありがとうございます。ですが、へたに部屋で休むと周りががうるさいですし、何よりオイネット嬢と共に過ごした方が直ぐに気力が回復します。」
笑顔を浮かべながらどこまでが本心なのか分からない言葉を吐く。まるでフィリネグレイアを口説いているような言葉に、彼女は背筋に悪寒を感じた。
どうにかばれないように鋼の精神で震えようとする身体を抑え込み、笑顔を浮かべる。だが、国王はそんな彼女の様子もお見通しなのだろう。彼女が嫌う更に綺麗な笑みを浮かべた。
国王の表情を見て、どうやっても逃がす気はないのかと確認したフィリネグレイアは降伏した。こうなったら付きあってやろうじゃないか。
笑顔で国王の申し出を受ける。
「そう言っていただけるなら、ご一緒させて頂きます」
フィリネグレイアは言ってから後悔した。
何故なら、彼女が了解の言葉を発した瞬間、国王の表情が変化したからだ。
あの、自分が今の地位にいる発端となった言葉を吐いた後に見た、大っきらいな表情が、フィリネグレイアの目の前に浮かんでいた。