最初の授業 そしてその後に
フィリネグレイアが王宮に来た次の日から、彼女の王妃としての勉強が始まった。彼女は国王の花嫁になれない恋人の代わりとして嫁いできたが、彼女の役割はそれだけでない。国王の手の回らない公務などを王妃として行なうことも彼女に求められた役割である。そしてこの仕事こそ、フィリネグレイアが国王の妻となる事を是とした大きな理由である。
王宮に入った次の日からその役割についての知識を養うため、国王の側近などから教えて貰う事になっていた。前もって父親から話を聞いていたフィリネグレイアは、いそいそと準備をする。
そんな彼女の行動の一部始終を見ていたミュレアが小さく笑い声をこぼした。
「どうしたの?ミュレア」
自分の様子を笑われたのだと理解していたフィリネグレイアは、恥ずかしく感じながら少し拗ねたように彼女に問いかける。
「こんなに嬉しそうなお姿を見ることが出来て、安心しただけです」
その瞳に悲しげな色を宿していることに気付いたフィリネグレイアは、彼女を安心させるためほほ笑んだ。
「今朝も言ったけれど、わたくしは大丈夫よ。確かに驚いたけど、正直この様な機会を下さった陛下には感謝しているわ」
そう言うと、まだ心配そうにこちらを見ているが、もう何もこのことについて言ってこなかった。
「それじゃそろそろ行ってきます」
笑顔で言うと、ミュレアも今度は曇りのない笑顔をフィリネグレイアにへ返した。
「気を付けていってらっしゃいませ」
ミュレアに見送られ、勉強の場となる王宮内の書庫へと案内役の女官に付いて向かった。
高揚する気分で顔が笑ってしまいそうになるのを抑えながら目的地へと向かう。昨日、トリウェルに案内してもらった時は自分の部屋からそう遠く離れているとは感じなかったのに、今はまだ着かないと思うほど遠く感じた。
漸く目的地に着いたフィリネグレイアは案内役の女官に礼を言い、席に着く。早めに来てしまったためまだ来ない最初の先生を彼女はそわそわしながら待っていると、閉まっていた扉が開いて人が入ってきた。おそらく自分の先生だろう人物を出迎えるため立ち上がる。
そしてその人物を見たフィリネグレイアは少し目を見開いた。
「貴方は」
部屋に入って来た「先生」は昨日、国王を探しに来た人だった。
「先日は御挨拶もせずに申し訳ありませんでした。私はクロード=レバイホートと申します」
「こちらこそ。わたくしはフィリネグレイア=ドーテ=オイネットと申します。これから宜しくお願い致します」
フィリネグレイアは笑顔を浮かべ、クロードに向かって礼をとる。クロードはそれを静かに見ていた。
「それでは早速ですが、授業に入りたいと思います。この国の歴史についてどのくらい知っていらっしゃいますか?」
「大体の流れは知っています」
この国が出来る前から現代までの一般的な事なら全て答えられる。しかし、求められているものはそれではないだろう。国の機能に関係ある貴族たちと王族のつながり、各地方の細かい歴史、これらは王族として生きていくために必要な情報だ。それら全てをフィリネグレイアは把握しているわけではない。
「ではこの国の始まりから順に、遡っていきましょう。まず、この国を建国された創成王の異名を持つ初代国王についてですが…」
「今日はここまでにしましょう」
終わりを告げられ、フィリネグレイアは思わず息を吐いてしまった。自分にとってはとても充実した楽しいひと時であったが、思っていたよりも体は疲労を感じているようだ。慌てて笑顔で取り繕うが、クロードは苦笑を浮かべた。
「お疲れのようですね。午後からは現在の国政について御教え致しますので、それまでお休みください。私は退出させて頂きます」
笑顔で去っていたクロードを見送った後、再びフィリネグレイアは溜息を吐いた。
「お疲れ様です。お部屋へお戻りになられますか」
「ええ、そうします」
迎えに来た女官の言葉に頷いてフィリネグレイアは書庫を出る。
行く時と違い、あっという間に部屋に着いた。部屋に戻ると、出迎えてくれたミュレアにフィリネグレイアはすぐに時間を確認する。
「御帰りなさいませ、お疲れ様です」
「ただいま、ミュレア。ところで今何時かしら」
帰ってきて早々に時間を尋ねられたことを少し不思議に思いながら、ミュレアは持っていた時計を見て時間を確認し、主の質問に答える。
「11時半です。午後の授業は13時開始ですから、ゆっくりお休みください。お茶を入れましょうか?」
昼食をとる時間を見積もっても午後の授業までそれなりに時間がある。ゆっくりと部屋でお茶をいただくのも良いが、先程戻ってくるときに庭園で庭師が何やら作業をしているのを見かけた。それが何なのか気になったフィリネグレイアはミュレアの提案に否と答える。
「いいえ、時間があるのなら少し庭園へ行きたいのだけれど」
「庭園へ、ですか?お帰りになって直ぐですし、お疲れではありませんか?」
「大丈夫、疲れていないわ。むしろ気分が高揚してしまっていて、少し体を動かしたいの」
フィリネグレイアの言葉にミュレアはため息を吐いた。他の人に仕えるなら決して出来ない行動だが、妹のような存在であるフィリネグレイアに対してミュレアは平気でする。むしろ遠慮するとフィリネグレイアがミュレアの知らないところで拗ねてしまう。出会ったばかりのころ、一度だけそのような事があったのだ。
「分りました。庭園にお嬢様の興味を惹く何かがあったのですね。女官の方に昼食を少し遅らせていただけるようにお伝えして来ますので、少々お待ち下さい。」
そう言うと、ミュレアは一旦部屋を出て行く。
詳細を言わなかったにも関わらず、自分の目的をぼんやりとだが感じ取られたことにフィリネグレイアは苦笑した。いくら取り繕っても姉のように慕っている侍女には分かってしまうようだ。何やらほっこりと心が温かくなりながら、彼女が戻ってくるのをフィリネグレイアはゆったりとソファに身を預けて待つ。
少しして、女官に昼食を予定より少し遅めにしてもらえるよう頼んできたミュレアを連れて庭園へと向かった。
次にたぶん元婚約者のお兄ちゃんが出てきます。出して見せます。
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Blog「零れ話」にて少し「終わってから始まる、愛」の小話を掲載しています。ネタばれも少しあるのでご注意を。Blogへは作者のページにリンクを貼っています。