初めて過ごす夜 眠れない夜
フィリネグレイアにとって非常に長く辛い時間が終わった後、彼女は早々に就寝の準備を始めた。昼間王宮の中の構造を把握しようと歩きまわって疲れた上に"あの男"と夕食を共にしたということが、彼女の身体にいつも以上の疲れを生じさせていたためだ。
さあ後はベットにもぐりこんで寝るだけだと準備を終わらせ、最後に明りを消した。だが、明りを消してもカーテン越しに差し込んでくる光によって室内は明るかった。差し込んでくる光の正体が知りたくなったフィリネグレイアは、窓辺に近づき空を見上げる。
夜空には美しい月が浮かんでいた。
フィリネグレイアは壁に身体を預けながらその美しい月を見つめる。
美しく、それでいて見ているとずっしりと身体の内側に重いものが沈んでいくが、それは決して苦痛ではない不思議な感覚。
空から視線を外し、室内へ戻す。一つ溜息を吐き、彼女は再び外へ視線を向けた。
そこで、ふと夕方の出来事を思い出す。今視界に入っている庭園に佇んでいた人物。それは国王と青年であった。
2人を見た時、フィリネグレイアには青年が国王の恋人であるアルフレアだと気付いた。どのような人なのか、情報を持っていない上に直接会った事もないが、彼女には彼がアルフレアであると確信した。
フィリネグレイアが持っている、国王の恋人についての情報が少ない。知る必要性は無いと思うが、それでも自分の存在が必ず相手を傷つけるだろう。なのに、これから自分がどのように相手に対して立ちまわればいいのかさっぱり情報を与えられていない。まあ、こちらが気遣う必要性は無いと言っても過言ではないが、一応国王が愛する人だ。
それにあのような人の相手をできるその人に、フィリネグレイアは敬意を持ってしまっていた。だから、なるべくその人を傷つけたくない。
さて、誰に詳細を聞こうかと考え始めたところで、彼女の思考を遮るかのように何やら広間の方が騒がしい気とに気付いた。何事だろうかとフィリネグレイアはストールを羽織り、見苦しくない恰好かどうか確かめた後、寝室から広間へと出る扉へ向かった。
もう少しで扉に手が届くという距離で、扉が開け放たれる。
驚き顔を上げると、扉の向こうには何故か国王が立っているではないか。いきなりの出現に危うくフィリネグレイアは悲鳴を上げそうになった。
「このような時間に何か御用でしょうか」
平静を装いながら発した言葉は、自分でもびっくりするぐらい平時と変わらぬ声音であった。内心は大慌てであるが、傍からから見れば自分は不自然なほど冷静に対処できているだろう。
その対応に自分自身を褒めてやりたいところだが、ちょっとまて。普通行き成り部屋に、しかも寝室を訪れるのはあまりにも無礼ではないか?
それを指摘し、諌めるべきだろうか。いや、そもそもそのような事を言ったところで自分の主張など跳ね返されるだけだ。
と、心の中で溜息を吐いているフィリネグレイアの様子を気にも留めない国王は、突如許可もなく婦女子の寝室を訪れるという無礼な行動の理由を告げる。
「突然の訪問申し訳ない。貴女に言うべき事を忘れていて。もう就寝の準備を終わらせているところ申し訳ないのだが、話をしてもかまわないだろうか。明日から当分時間が取れそうに無いのでね」
そう言いながら寝室に入り、後ろ手に扉を閉める国王の顔には酷く嫌な笑みが浮かんでいた。フィリネグレイアの了承を取るような聞き方を一応しているが、国王の態度からして最初から彼女に決定権は無い。拒否権もない。
嫌も何もこちらの意思など関係無しではないか。
視線を国王からずらすと、扉の向こうに何やら驚愕の表情を浮かべていた侍女のミュレアがいた。彼女に何か言葉をかけようかとも思ったが、彼女を安心させるため笑顔を浮かべる事しか出来なかった。
そのまま無残にも扉は閉められ、寝室に国王と2人っきりになったフィリネグレイアは、とりあえず明りを付け様と移動しながら国王に問いかける。
「要件はどのようなものでしょうか」
本当ならこのような対応は国王に対してしてはいけないが、今そんな事を取り繕っても仕方ない。
するとフィリネグレイアの行動を覚った国王が静止のを掛けた。
「いや、明りはつけなくて良い」
国王はフィリネグレイアの脇を通り過ぎ窓辺へと進み、先程のフィリネグレイアと同じように壁に身体を預けて夜の外を見つめる。
国王の行動に、何なんだコイツと思いながらフィリネグレイアは彼が話し始めるのを黙って待った。
行き成り部屋に押し入って来たのに、この無礼者は一向に口を開こうとしない。2人の間に沈黙が落ちる。
「陛下、わたくしに言うべき事とは何でしょうか」
結局フィリネグレイアがしびれを切らして国王に問いかけた。
しかし、直ぐに国王は彼女の言葉に反応しない。本当に何がしたいのだろうとフィリネグレイアが呆れ始めた時、漸く国王が口を開いた。
「予めオイネット公から知らされていると思うが、明日から王妃としての教養を養ってもらう。その際、護衛を付けるが常に兵が身近にいるのは息が詰まるだろう。兵たちは離れて守ることになる、勝手な行動は慎む事だ」
急に気程とは全く違う言葉使いと態度でフィリネグレイアに接してきたが彼女は特に気にした風でもなく淡々と告げられた事を受け止めた。