【第3話】言語習得
今日は朝から雨が降ってる。
人間たちは「雨だ」とか「濡れる」とか「傘を持ってこればよかった」とか、雨に対していろんな言葉を使ってる。
でも俺には、それが全部同じ対象を指してるようには思えない。
「雨」は物理現象としての雨。
「濡れる」は雨による身体への影響。
「傘を持ってこればよかった」は雨に対する後悔。
一つの現象でも、人間は色んな角度から言葉にしてる。そしてそれぞれの言葉が、微妙に違う意味を持ってる。
言葉って面白いな!
俺は今日、図書館を探検することにした。言葉について、もっと深く知りたくなったから。
図書館は想像以上に巨大だった。天井まで届く本棚がずらっと並んでて、その間をたくさんの学生たちが歩き回ってる。
「レポートの参考文献、どこにあるかな?」
「古代魔法の本、このあたりかな?」
「静かにしてください!」
最後のは司書の人だな。図書館では静かにするのがルールらしい。
俺は本棚の隙間に潜り込んで、人間たちの勉強風景を観察した。
みんな本を開いて、何やら一生懸命読んでる。時々メモを取ったり、他の本と見比べたり。
そうか、これが「学習」ってやつか。
本に書かれた言葉を読んで、知識を頭に入れる。そして自分の言葉でレポートを書く。
でも不思議だな。本に書かれてるのは、ただの(文字)の羅列だろ?それなのに、人間はそこから意味を読み取ってる。
(文字)という(記号)が、頭の中で(意味)に変換される。その仕組みってどうなってるんだろう?
近くで勉強してる学生の様子を観察してると、面白いことに気がついた。
同じ本を読んでても、人によって理解の仕方が違う。
「この魔法理論、難しいなあ」
「えー、これは基本でしょ?」
「私には全然わからない...」
同じ言葉を見てるのに、受け取る(意味)が人によって違う。
これって、言葉の(意味)は文字の中にあるんじゃなくて、読む人の頭の中にあるってことなのかな?
つまり、言葉は意味を伝える道具じゃなくて、意味を呼び起こす道具?
うーん、ますます複雑だ。
でも考えてみると、俺も今まさにそれを体験してる。
人間の言葉を聞いて、何となく意味が分かるようになってきた。でもその意味は、誰かに教わったわけじゃない。俺が勝手に、音と状況を関連付けて、意味を作り出してる。
「おはよう」という音が、朝の挨拶という意味になったのは、朝に人間同士が
その音を交わしてるのを観察したから。
つまり俺の中の「おはよう」の意味は、俺の観察と推測によって作られた、俺だけの意味なんだ。
他の人間が持ってる「おはよう」の意味と、本当に同じなのかは分からない。
でも、大体同じような使われ方をしてるから、多分似たような意味なんだろうけども。
言葉って、完全に共通の意味を持ってるわけじゃなくて、だいたい似たような意味をみんなが共有してるだけなのかもしれない。
それでもコミュニケーションが成立するのは、完璧である必要がないからかな。
「だいたい通じればOK」っていうゆるさが、言葉の実用性を高めてるのかも。
図書館の奥の方で、一人の学生が古い本を読んでた。すごく分厚くて、文字も古臭い感じの本だ。
その学生が困った顔をしてる。
「この古語、意味が分からない...」
古語?
どうやら昔の言葉らしい。同じ地域の人間の言葉でも、時代によって変化するんだな。
これも面白い発見だ。言葉は生き物の進化みたいに変化してる。
古い言葉が使われなくなって、新しい言葉が生まれる。意味も少しずつ変わっていく。
俺が今覚えてる言葉も、100年後には古語になってるのかもしれない。1000年後には、ほぼ確実にそうなっていることだろう。
その学生は結局、現代語の辞書と古語辞書を両方使って、なんとか意味を理解しようとしてる。
『翻訳』してるんだな。同じ人間の言葉同士なのに、翻訳が必要なくらい変化してる。
言葉の変化って、どうして起こるんだろう?
使う人が変われば、言葉も変わるのかな?新しい世代が出てきて、ちょっとずつ違う使い方をして、それが積み重なって大きな変化になるみたいな感じで。
それとも、世界が変われば言葉も変わる?新しい魔法や技術が生まれて、それを表現するために新しい言葉が必要になるって感じかな。
多分、両方なんだろうな。
俺が今学んでる言葉も、俺なりの解釈が入ってる。もし俺が他のスライムに言葉を教えたら、ちょっとずつ変化していくかもしれない。
そうやって言葉は生き続けるんだ!
午後になって、図書館に面白い集団がやってきた。
「今日は詩の勉強会ですよ」
「恋愛詩を中心に読んでいきましょう」
「まずはこの詩から...」
詩?恋愛詩?
詩ってのは、普通の言葉とは違う特別な言葉らしい。リズムがあって、比喩が使われてて、感情を表現するためのもの。
「君の瞳は星のように美しい」
おお、これが比喩ってやつか。瞳を星にたとえてる。
でも瞳と星って、実際には全然違うものだよな?大きさも、距離も、材質も全然違う。
それなのに「美しい」という共通点だけで結びつけて、「星のように美しい」と表現する。
全然違うものを言葉で結びつけて、新しい意味や感情を作り出してる。
普通の言葉は、ものごとを正確に表現しようとする。でも詩の言葉は、感情や印象を表現しようとしてる。
同じ言葉という道具でも、使い方によって全然違う効果が生まれるんだな。
「この詩、どう思いますか?」
「すごくロマンチックですね」
「でも少し古臭い表現かも...」
面白いのは、同じ詩でも人によって感じ方が違うこと。
これも言葉の特徴なのかも。正確な情報を伝える機能と、感情や印象を呼び起こす機能の両方がある。
科学の言葉は正確性を重視する。詩の言葉は感情を重視する。
でも日常の言葉は、その中間なんだろうな。ある程度正確で、ある程度感情的。
「今日は良い天気ですね」
これも、天気という情報を伝えると同時に、良い気分を共有しようとしてる。純粋に情報だけ伝えるなら「晴れ」で十分だけど、「良い天気」という表現には感情が込められてる。
人間の言葉は、情報と感情の両方を運んでるんだ。
詩の勉強会を聞いてると、恋愛についての詩がたくさん出てきた。
「恋とは甘い苦痛である」
「愛は盲目なり」
「恋する心は春の如し」
恋愛って、言葉で表現するのが難しい感情らしい。だから詩人たちは、色んな比喩を使って表現しようとしてる。
苦痛なのに甘い、盲目、春みたい...
どれも矛盾してたり、抽象的だったりする。でもそれでも、なんとなく恋愛の感じが伝わってくる。
これが詩の力なのかな。正確には表現できないものを、言葉の組み合わせで感じさせる。
俺にも恋愛ってのが理解できるのかな?スライムにも恋愛感情ってあるのかな?プニプニしながら別の個体とぶつかり合いたいと思うこと?
今のところよく分からないけど、人間たちの恋愛詩を聞いてると、なんとなく特別な感情があるってことは分かる。
きっと観察を続けてれば、いつか理解できる日が来るかも。
夕方になって、図書館が静かになった頃、俺は今日の発見をまとめてみた。
・言葉は固定されたものじゃなくて、使う人や時代によって変化する生き物みたいなもの。
・言葉には情報を「伝える」機能と、感情を「呼び起こす」機能がある。
・同じ言葉でも、受け取る人によって意味や感じ方が違う。
・言葉は完璧じゃないけど、「だいたい通じる」ことでコミュニケーションが成立してる。
・詩のような特殊な言葉の使い方もあって、感情や印象を表現できる。
すげーな、言葉って。
こんな複雑で柔軟な道具を使いこなしてる人間も、やっぱりすげー。ほんとにすげーよ。
明日はもっと実際のコミュニケーションを観察してみよう。言葉が実際にどう使われてるか、生の現場を見てみたい。
人間の言葉を理解することは、人間を理解することでもある。
俺の観察スキルも、どんどん上がってる気がする。言葉という新しい道具を手に入れたから、前よりももっと深く観察できるようになった。
明日が楽しみだな!