【第2話】初観察
脱走から一夜明けて、俺は学院の片隅で朝を迎えた。
スライムって便利だよな。どこでも寝れるし、エサもそんなに必要ないし。
昨日は廊下の隅っこでじっとしてただけで一晩過ごせた。
朝になると、学院がざわめき始める。
「おはよー!」
「眠い...」
「朝ごはん食べに行こう」
学生たちが寮から出てきて、食堂に向かってる。みんな眠そうな顔してるけど、どこか楽しそうでもある。
そうだ、食堂を観察してみよう!人間の食事風景って興味深そうだし。
食堂は学院の中央にある大きな建物だった。中に入ると...うわあ、すげー!
天井が高くて、長いテーブルがいくつも並んでる。大勢の学生たちが座って、美味しそうな料理を食べてる。
「今日のカレー、辛さ控えめにしてもらえます?」
「昨日の魔力回復スープ、効果抜群だったよ!」
「ドラゴンステーキ、まだありますか?」
おお、魔力回復スープとかドラゴンステーキとか、なんだか面白い響きだ。
俺はテーブルの下に潜り込んで、人間たちの食事を観察した。
面白いのは、食べ方にも個性があることだ。
がっつく男子学生、上品に食べる女子学生、一人で黙々と食べる奴、友達とおしゃべりしながら食べる奴。
でも一番興味深いのは、みんな食べる前に「いただきます」って言うことだった。
「いただきます」って何だろう?料理に対するお礼かな?それとも何かの儀式?
観察してると、どうやら感謝の言葉らしい。食材や作ってくれた人への感謝を込めてるみたい。
これって面白いよな。人間は食べるという行為を、ただの栄養摂取じゃなくて、もっと意味のあることにしてる。
俺たちスライムは、有機物でも無機物でも何でも溶かして吸収するだけ。でも人間は違う。料理して、味を楽しんで、感謝して、コミュニケーションしながら食べる。
同じ「食べる」でも、全然違う行為になってるんだ。
これって、人間という生き物の特徴なのかも。本能的な行動を、文化的な行動に変える能力。
食事は生存のための本能だけど、人間はそこに意味や価値や楽しみを付け加えてる。すげーな、人間って。
「あ、見て!スライムプリン!」
えっ?スライムプリン?
俺の注意が一気にそっちに向いた。女子学生の一人が、プルプルした緑色のデザートを持ってる。
「これ、本当にスライムから作ってるのかな?」
「まさか!ただの名前でしょ?」
「でも食感がスライムっぽいよね」
おいおい、俺の仲間を食べ物にするなよ!と思ったけど、よく見ると本物のスライムじゃない。ゼラチンで作った偽物だ。
でも何で「スライム」って名前にしたんだろう?スライムに失礼じゃない?
まあ、でも考えてみると、プルプルした食感がスライムに似てるから付けた名前なのかも。人間って、似てるものに同じ名前を付ける習性があるんだな。
これも言語の面白いところだ。「スライム」という言葉は、元々俺たちのことを指してたけど、今は食べ物の名前にもなってる。
一つの言葉が複数の意味を持つって、混乱しないのかな?でも人間は文脈で使い分けてるんだろうな。
この学園で、誰かが「スライムプリン美味しい」って言った時、誰も本物のスライムのことだとは思わない。
言葉って生き物なんだな。時代や地域とともに変化して、新しい意味を獲得していく。
食堂の観察を続けてると、もう一つ面白いことに気がついた。
学生たちは、ほとんどの奴が食事中に必ず誰かと話してる。一人で食べてる奴も、時々隣の人と会話してる。
人間って、食事を通じてコミュニケーションしてるんだ。
「今度のテスト、どうする?」
「あの先生の授業、面白いよね」
「今度一緒に街に行こうよ」
「ここ座っていい?」
「ええ、構いませんよ」
食べながら情報交換して、関係を深めてる。食事が社会的な行為になってるんだな。
これも人間らしい特徴だ。生存に必要な行為(食事)を、社会性を高める行為(情報交換)に変えてる。
俺もいつか、誰かと一緒に食事できるかな?
「観察者君、今日のスライムプリンおいしい?」
「プルプルで美味しいです!!」
「でしょでしょ!!スライムプリンおいしいんだよね~。」
「俺のことは食べないでくれよな!(いろんな意味で)」
「アハハ...」
なんて会話してみたい。でも俺、口ないから食べられないんだった。残念。
食堂で一時間ほど観察してた頃、面白い光景を目撃した。
男子学生の一人が、女子学生の前で緊張してる。手にはお弁当を持ってて、なんか言いたそうにしてるけど、言葉が出ない。
「あ、あの...」
「はい?」
「これ、よかったら...作りすぎちゃって...」
おお、これは求愛行動の一種か?
食べ物を相手に渡すのは、多くの動物で見られる求愛行動だ。俺たちの世界でも、強いオスが良いエサをメスに提供して、好感度を上げようとする。
でも人間の場合は、ちょっと複雑だな。直接的に「君が好きだ」とは言わずに、「作りすぎた」という理由を付けてる。
これって照れ隠しなのか?それとも断られた時のための逃げ道作り?保険?
相手の女子学生も面白い反応してる。
「ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「はい!僕、あまり食べないので...」
嘘だ!さっきがっつり食べてたくせに!
でも女子学生は気づいてないふり...いや、気づいてるけど気づいてないふりをしてる。これも人間の高度な社会性だな。
お互い本音は別のところにあるけど、表面的には「食べ物のやりとり」として処理してる。
これって、もしかして人間の恋愛の基本パターンなのか?
本当の気持ちを隠しながら、別の理由をつけて相手に近づく。相手も本当は気づいてるけど、その理由を受け入れて関係を進める。
なんだよ、複雑すぎるよ、人間の恋愛!
俺たちスライムなら、もっとシンプルだ。気に入った相手がいたら、体当たりで近づいて、ぷにぷに触れ合いながら一緒に過ごす時間を増やす。そして、繁殖する。それだけ。
でも人間は違う。言葉という道具を持ってるから、かえって複雑になってる。言葉で嘘もつけるし、本音を隠すこともできる。
便利な道具だけど、使い方が難しいんだな。
その後も食堂で色んな人間ドラマを観察した。
友達同士の楽しい会話、恋人らしい二人のいちゃつき、一人で本を読みながら食べる変わり者。
みんなそれぞれ違う人生を歩んできてて、全然違う価値観を持ってる。でも同じ食堂で、同じような食事をしてる。
これが社会なんだな。
個性豊かな個体が集まって、一つの群れを作る。そしてその群れは、個体の多様性を許容してる。
俺たちスライムの群れとは全然違う。俺たちは基本的に似たような行動をとるけど、人間は一人一人が全然違う。
でも、それでも一緒に生活できてるのは、ルールがあるからかな。「いただきます」とか「ごちそうさま」とか、共通の作法があることで、バラバラな個体同士でも協調できる。
文化って、個性と協調を両立させるための仕組みなのかもしれない。
すげーな、人間って。こんな複雑なシステムを作り上げてるなんて。
俺も人間社会の一員になりたくなってきた。でもスライムじゃ無理かな?
いや、でも今こうして観察してることも、ある意味参加してることになるかも。
俺は今、人間社会の隠れメンバーなのかな?誰も気づいてないけど、確実にここにいる。
これも一つの存在の仕方だよな。
午後になって食堂が空いてきた頃、俺は次の探検場所を考えてた。
今度は授業を本格的に観察してみようかな。人間がどうやって知識を身につけるのか、興味がある。
でもその前に、今日の観察で気づいたことをまとめておこう。
・人間は、生存に必要な基本的行動(食事)を、社会的・文化的行動(情報交換など)に変える能力を持ってる。
・言葉という道具を使って、複雑なコミュニケーションを行う。ただし、その複雑さゆえに、本音と建前のズレも生じる。
・個体の多様性を許容する社会システムを持ってる。ルールや文化によって、バラバラな個性を統合してる。
うんうん、今日だけでもかなりの発見があったぞ。
明日はどんな観察ができるかな?楽しみだ!
人間って本当に面白い生き物だな。これからもっと深く研究してやろう。
【環境情報】王立魔法学院の施設案内
■メイン施設
・中央校舎:各種教室、職員室、校長室
・大食堂:全学生収容可能、24時間営業
・大図書館:蔵書数500,000万冊、古代魔法書も所蔵
・実習棟:魔法実技専用、防爆仕様
・学生寮:男女別、4人部屋が基本
■特殊施設
・魔物訓練場:各種魔物を飼育、実習に使用
・魔法具工房:学生の自主制作可能
・治療院:魔法による怪我の専門治療
・地下研究室:上級生・教師専用
■隠れスポット
・屋上庭園:デートスポットとして有名
・古い塔:廃墟だが、なぜかカップルに人気
・地下通路:公式には存在しない
■立入禁止区域
・校長室の奥:何があるかは謎
・地下最深部:封印された何かがあるらしい
・森の奥:危険な魔物が生息
※スライムの安全な隠れ場所:
通風口、床下、大きな植木鉢の陰、図書館の書架の隙間