【第1話】大脱走
やあ、初めまして。俺の名前?そんなもん最初からないよ。だって俺、王立魔法学院の「訓練用スライムNo.42」だもん。
でも自分で勝手に名前つけた。『観察者』って名前。どう?なんかカッコよくない?我ながらセンスあると思うんだけど。
今日は記念すべき日だ。なんと、ついに檻から脱走することに成功したのである!
「うおおおお、自由だああああ!」
って叫びたいところだけど、俺スライムだから声出ないんだよね。代わりにぷるぷる震えて喜びを表現してみた。誰も見てないけど。
脱走のきっかけは些細なことだった。いつものように魔法学科の1年生たちが訓練にやってきて、俺に初級魔法をぶっ放してくるわけ。火の玉飛ばしたり、氷の矢撃ったり、風で吹き飛ばそうとしたり。
「うわあ、スライム全然ダメージ受けてない!」
「やっぱり初級魔法じゃ無理なのかな...」
「もっと強い魔法使わないと!」
おいおい、俺は生きてるんだぞ?まあ、別に痛くないからいいけどさ。スライムの特権だよね、物理攻撃も魔法攻撃もほとんど効かないって。
でも今日は違った。新入生の一人が間違えて『檻の鍵』(バリアのようなものを展開している魔道具)に火の玉を直撃させちゃったんだ。
「あ!しまった!」
「おい、バリアが消えていくぞ!」
「やべえ、先生に怒られる...」
檻がドロドロに溶けた瞬間、俺の心に稲妻が走った。
これって...自由のチャンスじゃね?
でも待てよ。俺がここから出ることって、本当に俺の意志なのかな?それとも最初から決まってたことなのか?
鍵が溶けるのも、俺が脱走を思いつくのも、全部偶然の連続だったけど、でも考えてみればこの瞬間まで導かれてたような気もする。俺が自分で選択してるつもりでも、実は全部決まってたことなのかもしれない。
うーん、難しいこと考えるのやめよ。とりあえず出てみよう!
学生たちが慌ててる隙に、俺はそっと訓練室から這い出した。幸い気づかれてない。みんな溶けた魔道具を見て青くなってるからな。
「どうしよう、報告しなきゃ...」
「でも怒られるよ絶対...」
「スライムは大丈夫だよね?ノロいから、檻から出るわけないし...」
あまーい!俺はもうここにはいないのだ!
廊下に出た瞬間、今まで感じたことのない開放感が俺を包んだ。
この感覚...これが自由ってやつか。
でも自由って何だろう?檻から出ることが自由なのか?それとも自分で考えて行動できることが自由なのか?
俺は今まで檻の中でずっと考えてた。外の世界はどうなってるのか、人間たちは何を考えて生きてるのか。そして今、ついにその答えを自分の目で確かめるチャンスが来たんだ。
学院の廊下は思ったより広い。石造りの立派な建物で、壁には魔法の明かりがずらっと並んでる。所々に絵画や魔法具が飾ってあって、いかにも「名門校です」って感じ。
人間の学生たちがあちこち歩き回ってる。みんな黒いローブを着て、手に杖を持ってる。魔法使いの卵たちってわけだ。
「おはよう!」
「昨日の宿題やった?」
「やばい、全然できてない...」
おお、人間の言葉だ。今まで檻の中でずっと聞いてたから、なんとなく意味は分かる。でも改めて聞くと不思議だよな。
音の組み合わせが意味を持つって、よく考えたらすげー仕組みじゃない?「おはよう」って音が「朝の挨拶」って意味になるなんて、誰が決めたんだろう。
もしかして言葉があるから考えられるのか?それとも考えがあるから言葉ができたのか?
俺は今、人間の言葉で考えてる。ってことは、俺の思考も人間に影響されてるってことだよな。俺が俺だと思ってる「俺」も、実は人間の言葉で作られた「俺」なのかもしれない。
うわあ、なんか頭がこんがらがってきた。
とりあえず探検を続けよう。今日の目標は学院内の地図を頭に入れること。どこに何があるか分からないと、観察活動に支障が出るからな。
角を曲がると、大きな扉があった。中から大勢の声が聞こえる。教室かな?
隙間からこっそり覗いてみると...おお、これが授業ってやつか!
前に立ってる大人の人間(これが教師だな)が何やら説明してて、学生たちがそれを聞いてる。みんな真剣な顔してるなあ。
「魔法とは何か?それは自然の力を借りて、不可能を可能にする技術です」
教師の言葉を聞いて、俺は考えた。魔法って技術なのか。でも技術ってことは、練習すれば誰でもできるようになるってことだよな。
だったら俺にもできるのかな?スライムだって魔物の一種だし、魔力はあるはず。ただ、使い方が分からないだけで。
「(不可能)を(可能)にする」かあ。俺にとっての(不可能)って何だろう?
声を出すこと?人間の形になること?それとも...友達を作ること?
あ、でも待てよ。俺は今まで(不可能)だと思ってたことをいくつも実現してる。檻から出ることも、学院を探検することも、人間の言葉を理解することも。
もしかして、(不可能)って思い込みでしかないのかも。最初から「できない」って決めつけてるだけで、本当はできることなのかもしれない。
魔法って、そういう思い込みを打ち破る力なのかもな。
授業を聞いてると、教師が面白いことを言った。
「魔法の基本は観察です。自然現象を注意深く観察し、その法則を理解する。そこから魔法は始まります」
観察!これは俺の得意分野じゃないか!
俺は今まで檻の中でずっと人間たちを観察してきた。その観察力を活かせば、魔法だって習得できるかもしれない。
いや、それ以前に俺の観察そのものが、もしかしたら魔法的な行為なのか。だって俺、ただ見てるだけじゃなくて、相手の心の動きまで何となく分かるようになってきてるもん。
これって一種の心を読む魔法...とか?
うーん、でも魔法ってもっと派手なもんだと思ってた。火の玉とか氷の矢とか。
静かな観察も魔法の一種だとしたら、俺はもう魔法使いってことになるな。訓練用スライムから魔法使いスライムに昇格だ!
授業が終わって学生たちが出てきた。俺は慌てて廊下の隅に隠れる。まだ見つかるわけにはいかない。
「今日の授業、難しかったね」
「観察が大事って言われても、何を観察すればいいのか分からない」
「とりあえず今度の実習、頑張ろう」
みんな悩んでるみたいだな。でも俺から見ると、人間たちは既に十分観察してると思うけど。お互いの顔色見たり、言葉の裏を読もうとしたり。
もしかして人間って、一番身近にあるものを観察するのが苦手なのかも。自分たちのことは当たり前すぎて、かえって見えなくなってるとか。
それなら俺みたいな部外者の方が、かえって客観的に観察できるかもしれない。人間を観察する魔物の視点って、結構価値があるんじゃないか?
よし、俺の使命が決まった!
俺は学院で一番の観察者になって、人間という不思議な生き物の生態を研究してやる。そして将来、『人間観察学』っていう新しい学問を作り上げるんだ!
...って、俺スライムなのに学問とか言っちゃってるよ。でもいいじゃん、夢は大きく持たなきゃ。
次はどこを探検しようかな?食堂も気になるし、図書館も見てみたい。学生寮なんかも面白そうだ。
人間たちの日常生活を観察すれば、きっともっと深い発見があるはず。
俺の新しい人生...いや、スライム生?まあいいや、とにかく新しい生活の始まりだ!
自由って、責任でもあるんだな。何をするかは全部自分で決めなきゃいけない。でもそれが楽しい。
明日からが本格的な観察活動の開始だ。人間たちよ、覚悟しろ!最強の観察者スライムが、お前らの秘密を暴いてやる!
...なんて勇ましいこと考えてるけど、実際は隠れて見てるだけなんだけどね。まあ、それが観察ってもんだろ!
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