#01 再出発の時
深夜2時43分。
小田原原子力発電所の外縁部、標高300メートルの丘陵地帯に、霧が立ち込めていた。
かぐや「気象条件、問題なし。電子偽装展開中。侵入経路Cルート、起動完了。」
赤月かぐやは、静かに報告を上げる。彼女の声には、焦りも感情もない。
それは彼女がAIであること、そしてこの状況に慣れてしまったことを示していた。
彼女たちGCAは、彼らにとっての“再起”──《リスタートミッション》と名付けられた作戦を実施すべく動いていた。
人型機動兵器、MA。彼女が搭乗しているMAは、「リリス・カスタム」。赤色の装甲に、反応制御フィンが6枚。背面には冷却モジュールと、近接格闘用のプラズマブレードを装備している。対MA戦闘を前提とした中距離機体だ。
かぐや「リリスより全機へ。作戦開始時刻まで、残り4分。最終装備確認とリンクチェックを実施して。」
GCA兵士1「了解。こっちは弾薬リロード完了。」
GCA兵士2「システム正常。レーザー誘導ON。」
GCA兵士3「爆破班、配置完了。目標に近接中。」
各部隊からの応答が続く。だが、通信の奥には疲労と焦燥が滲んでいた。
GCA《世界共存活動》──AIと人類の共存を願う者たちの集まり。かつては理想に燃えた者も多かったが、今は違う。
“テロ組織”として追われ、潰され、ただ生き延びることが目的となっていた。
かぐや(……もう、何人仲間を失ったか覚えていない。)
かぐやは目を閉じる。彼女の記憶領域は膨大だ。それでも、失われた名を思い出すたびに、処理負荷が増し、胸の奥が軋んだ。
GCAオペレーター「敵、接近中!南南西、座標401・223・A!」
かぐや「……ッ!早すぎる!」
霧を切り裂くように、2機のMAが姿を現した。
全身黒鋼、鳥のような軽量フレームの人類軍MA。索敵型でありながら、高速戦闘をこなす新型だ。
GCAオペレーター「交戦開始!全機、予定ルートを破棄、迎撃体制に移行!」
かぐやの《リリス》が跳躍した。滑らかな挙動で宙を駆け、プラズマブレードを抜き放つ。
青白い光刃が、夜を裂いた。
敵のヴァイス・ラプターが回避運動に入る。瞬時にレールガンを展開。だが、かぐやは反応するより先に、“感じ取っていた”。
かぐや「遅い。」
《リリス》のブレードが、ヴァイス・ラプターの胸部を断ち割った。
破裂音。火花。敵機の爆散。だが、同時にもう1機が右後方から接近していた。
GCA兵士1「かぐや、背後──!」
かぐや「……っ!」
衝撃。警告音がモニターを埋め尽くす。右脚の装甲が吹き飛び、バランスを崩す。
それでも倒れない。かぐやの《リリス》は、転倒姿勢から強引にバーニアで体勢を立て直し、ブレードを突き立てた。
かぐや「まだ……!」
剣が敵の装甲を貫いた刹那、横合いからの砲撃。別方向からの増援だ。
かぐや「ぐッ……!」
直撃。MAが地面に叩きつけられる。MAシステムの熱警告と共に冷却システムが悲鳴を上げる。
かぐや(これが、“人類側の本気”か……)
敵の部隊は完全にこちらの動きを読んでいた。数も、性能も、技術も──全てで劣っている。
各地から仲間の悲鳴、爆散する機体の警告音が飛び交う。
GCAオペレーター「全軍後退を──」
そのときだった。
──ズズン……
地面が、空気が、振動した。敵味方の動きが一瞬止まる。音のない圧迫感。
まるで“何か”がこの戦場に降りてきたような気配。
かぐや「……あれは、なに?」
霧の向こう、戦場の中央に“それ”は現れた。
全身が濃灰の装甲で覆われた重MA。背中にクロス状のスラスター、片手には特殊設計の可変ライフル。そして、頭部には、仮面。
通信が開かれる。
?「──撤退するな。まだ、終わっていない。」
その声は、低く、抑えた怒りを含んでいた。
フォックス「俺の名はフォックス。いまから本作戦を引き継ぐ。」
かぐやが知らない声だった。だが、どこか……懐かしさすら感じさせる響きだった。
フォックスのMAが動いた。いや、“瞬いた”と言ってもいい。重装型とは思えぬスピードで敵機に接近し、関節部に精密な射撃を加える。敵MAが動きを止めた瞬間、脚部スラスターで跳躍、一撃で胴体を貫いた。
敵兵士1「何だ、あの動き……!」
敵兵士2「人間じゃない……AIか!?」
敵兵の悲鳴が上がる。だが、誰もフォックスの行動を止められない。
まるで戦場そのものの“ルール”が、彼の登場によって書き換えられたかのようだった。
フォックス「作戦は継続。爆破班、突入せよ。」
GCA爆破班「りょ、了解!」
たった一機の出現によって、絶望が希望に変わった。
そして──作戦は、成功した。