4.レース・スタート!
森を抜けて川を渡ると、遠く微かに王城が見えてきた。やがて大きさを増し、のどかな田園風景は徐々に建造物が多くなリ、街の景色へと変わる。国中のあちこちから集まってきたであろう、城を目指す道には同じ目的の馬車が増えてスピードが落ち、ついには順番待ちで止まる。
列の先の方は、何やらざわついているようだ。ラミーは気になってドアを開けると、身を乗り出すようにしながら背伸びをする。
「まぁラミー、はしたないですよ」
夫人がやんわりと制し、座るように促す。ドレスを纏う淑女の行為では無いが、確認に行ってくれる従者もいないので気がかりではあるのだが。
しばらく待つと少し進み、またいくらか待つと少し進んだ。待ち時間に差はあるが、進む距離がだいたい馬車一台分なので、順番に案内されているのだろうと検討をつけてみた。
「早めにと思ったけれど、やはり未来の王妃に挑戦する方は多いのね」
ほう、とため息をつきながら夫人が言い、ポツリと私も独身なら・・と最後は聞こえないくらいに小さく付け加える。
その呟きは聞こえないふりをして、伯爵は笑った。
「はっはっは。どれほど淑女が集まろうと、ラミーには敵わないよ」
まだ言うか、と本人はげんなりするが、夫人はほほほと笑いながら同意する。
ーなんだろうね、この自信。まぁ出来る範囲で見習いますよ、その金剛石メンタル。
「そうね、私(借金返済のためには)努力を惜しまないわ」
キリリと前を見据える娘に両親が感動していると、兵士に呼ばれ、馬車のドアを開けた。どうやら順番が来たらしい。
「これより先は、ご本人様のみとなります。また、ご身分に関わらず皆様同等のご案内となりますこと、ご容赦ください」
舞踏会での晴れ姿を楽しみにしていたが、決まりとあらば仕方ない。各地から集った令嬢だけでもかなりの人数になりそうなのに、その保護者までとなると舞踏会なのに踊る場所も無くなりそうだ。名残惜しそうに去っていく馬車を見送り、ラミーは案内された方へと向かう。
広場に設けられた小さなゲートで、年配の女性が馬車から降りてくる娘たちに穏やかに微笑む。シロツメクサのような白い花を編んだブレスレットをつけてもらうと、
「こちら本日の参加証で城内の通行証になります。最後に城を出るまで外さないでくださいましね」
おっとりとした口調で告げる。
「はい、可愛くて素敵ですね」
にっこりと微笑み返して、つけられた花輪を見る。食材探しに森や野原を駆けまわるラミーも、初めて見る花だった。王城内の通行証に使われるくらいだから、珍しい花なのだろう。小さな花弁には真珠のような光沢があり、白一色なのに華やかさがある。
「まぁ、キレイね」
「ちょっとデザインが地味かしら、今日のコーディネイトじゃ浮いてしまうわね」
「ありがとう」
「こんな小さな花なんて趣味じゃありませんけど、付けなきゃ入れないのなら仕方ないですわ」
花輪を付けた令嬢たちが、口々に囁くのが聞こえる。
貧乏で苦労人のラミーは貰えるものは何でも有難いと思うのだが、馬車で宮殿へ乗りつける上流のお嬢様方は、人様から頂くものに抱く感想もそれぞれらしい。
ケバケバしく飾り立てた者ほど、文句が多いように見えるのが面白い。華やかでも落ち着いて見える者は立ち居振る舞いも優雅で、言葉も柔らかい。
気付ける人にとっては、これが品性とゆーモノで、身分や資産とは別物だと証明されていた。
道なりに進むと、徒歩で来たらしい少女達が数人、緊張した様子で歩いているのが見える。木靴に装飾の少ないワンピースや、時代遅れの中古ドレスを纏った彼女たちは、精一杯のお洒落をした庶民の娘だろう。
身分に関わらず、と案内された通り、この先は同じルートで城へ向かうようだ。
「まあ、いくら無礼講でも本気になさる方がこんなにおられるなんて、驚きですわね」
羽飾りのついた扇で口元を隠しながら、豪奢なドレスを見せつけ、主張の激しい香水をアピールして、圧倒された少女達を横目に通り過ぎる貴族令嬢。
「緊張してらっしゃるの?お先に失礼しますわ」
続く大商人の令嬢も、ゴテゴテと過剰な宝石をあしらった華美なドレスで優雅にお辞儀をして、通り過ぎていった。
身分や階級があり、上位に位置する者が誇りを持っている事はラミーも理解していた。
が、両親以外の貴族にお目にかかる機会がロクに無かったので、ナマ令嬢のサンプルを初めて見た衝撃にフリーズしてしまう。
馬車を降りてから聞こえるコソコソ話に先ほどのあからさまなマウント、華美な彼女らの姿も価値観も言動も、全て斬新過ぎて理解が追い付かなかったのだ。
過ぎ去った令嬢の眼差しに震える少女たちに声をかけてあげたいが、ラミーは豆鉄砲くらった鳩の目を向けたまま動けない。
「どうかされましたか?」
後ろから声をかけられて、正気に戻る。明るい茶色の髪と瞳、仕立ての良いクラシカルなドレスは清楚で品の良い華やかさがあった。目を見張る美しさは無いが、穏やかで人懐こい笑顔に安心する。
「ああ、いやちょっと人生の初体験に驚いていただけで・・・って、その」
同年代女性から好意的に声をかけられて、ラミーは戸惑う。脳内ツッコミは流暢だが、現実の会話はあまり得意とは言えない。
「ふふ。意外ですわ、綺麗な方。私はシルベーヌ・バルブレアよ。ご一緒してもよろしいかしら?」
ラミーの野生の勘が、お近づきになっとけと薦めてくる。これから向かう未知の世界で、育ちが良く親切そうな彼女は、貧乏ぼっち貴族の案内人として最適だ。
「ええ、よろしくシルベーヌ。私はラミー・グレンリベット、ご一緒出来たら心強いわ」
ーグレンリベット・・・あの伯爵家の令嬢ね。なんて美しい淡い金糸の髪にアメジストの瞳、透き通る肌。なかなか手強いライバルじゃない、気を引き締めないと!
互いに惹かれるものがあったようで、並んで歩き始める。
「皆さんも参りましょう、遅れてしまいますよ」
シルベーヌは一張羅で青ざめる少女達も促し、先へと歩を進める。
「せっかくのチャンスですもの、遅刻なんて残念ですし、美味しいものも食べそびれてしまうかもしれませんわ」
笑顔に全く嫌味は無く、緊張も少しずつ解されていくようだ。そのスマートな気遣いに、ラミーは感心していた。
宮城の正門前には兵士が左右に分かれて待機し、到着した順に数名のグループに分けられているようだった。
「平民の方と一緒だなんて!」
「まだ歩かせるんですの?」
なんだかんだとワガママな主張のヒステリックな声が響くが、本日の決まりです、と押し通される。本当に身分や後ろ盾、経済力など何一つ忖度しない姿勢を貫いているのだ。
ほとんど機械的な振り分けでグループを作成され、3つのコースの中の1つを城へ向かって進むよう言われた。条件は、舞踏会開始までにグループ全員で城内受付に到着すること。
やっつけ事務仕事のような対応はいっそ清々しくて、先ほどの令嬢方のせいで貴族や王族に魅力を感じなかったラミーも、好感を持った。
ラミーのグループはシルベーヌと、先ほど固まっていた平民の少女三名の五名。左側の道を行くよう案内されたので、流れでリーダーっぽいシルベーヌを先頭に歩き始めた。
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