3.決戦に向けて
舞踏会を明日に控えた王都は盛り上がりも最高潮の無礼講かと思いきや、意外に静かだった。いや、盛り上がってはいたが秩序が保たれていると言った方が良いのか。
要所には兵士が立って治安維持に当たっているし、出店や出し物は数か所の広場に移され、王城の周辺は綺麗に清掃されている。
特に明日の受付でもある南門前の広場には仮設の入城申請場所が作られ、人気アトラクションよろしく、大人数を並ばせて順序良く移動出来るようロープで仕切りが設けてあった。
王都周辺の宿はどこも満室だし、郊外にもテントが立ち並び、野営する者も少なくない。国中から集まった女性達でひしめいていると言っても過言ではないだろう。
中には夫と離縁して、大チャンスを掴むべく明日に臨む者もいるらしい。この一カ月余り、やたら離縁が多かったと面白おかしく話す商人や旅芸人が複数いるのだから、ネタばかりでも無いと思える。
自信の表れか一攫千金の夢と引き換えか、夫婦のあり方を見直すキッカケにもなっているのかもしれない。
さておき、こちらは王都の喧騒も届かない外れにある、グレンリベット伯爵邸。
両親の曇りなき眼に心を打たれ、もとい、どこまでも平行線で突っ走るやらかし精神に疲弊し、舞踏会参加の決意と借金を背負った令嬢ラミーは、括った腹もたるみそうな程項垂れている。
仕方がないから舞踏会に参加すると決めた日以降、ケガをしたら大変だ、キズでも出来たら一大事と狩猟も採集も釣りも禁止され、遠乗りどころか外出まで制限されてしまった。
もちろん工具を使う修繕も刃物を使う調理も禁止、ここまでされると食材の調達と調理を担当してきたラミーは、我が家全員で餓死するのでは?と心配したのだ。
が、驚いたことにご近所の農家の奥さんだの猟師のおじさんだのが、採れたて新鮮野菜のサンドイッチやら、鹿肉の煮込みやら、あり合わせのシチューやらと差し入れが続き、特に食べ物に困る様子も無い。
貰うばかりで返す物など一つも無いのに、両親が笑って受け取り少し世間話をするだけで皆が機嫌よく帰っていく。
先代の頃から慕われているとは感じていたけど、何の見返りも無く、ここまで面倒見てもらえるのは両親の才能か特殊技能なのかと不思議に思っていたが。
「お嬢さんなら絶対大丈夫だろう。オレも酒場で五口乗っかっといたんだよな」
はははと農家オヤジの豪快な笑い声が響いたかと思うと、
「ちょっとアンタ、どこからそんなお金出したんだい?」
間髪入れずに、おかみさんのツッコミが入ってビミョーな空気が流れる。
「大丈夫ですよ、奥さん。ラミーは期待を裏切りませんから」
「ええ、その通りですわ」
穏やかな笑顔でおかみさんを宥める父母の雰囲気に流されたのか、キレイに丸め込まれた。ようにしか見えないのに、和やかな空気に包まれた挙句、
「明日はお祝いになりそうだから、果物もあった方がいいね。ちょいと見繕ってくるよ」
なんて、気を取り直すどころかご機嫌になっているのだから驚きだ。
って、おい。
常識を踏まえたハズの心配もどこへやら、根拠レスな信頼で王妃前提な発想がどうしてまかり通る?
これだけ盛り上がり猪突猛進なのも、親バカで脳内花畑の両親だけかと思っていたのに、領内の一般庶民まで乗り気とか、なんだか話が大きくなってない?
今まで差し入れをくれた人たちを思い浮かべながら、みんなこうして伯爵夫妻に丸め込まれたのだとすると、お気楽で単純な人種はけっこう比率が高いのだろうか。それとも土地柄とかあったりする?
悲壮感漂わせるラミーは、自分がこの家唯一の常識人な分しっかりしないとと気を張ってきたけれど、いい大人が自由で楽しそうに見えて、自分がつまらないこだわりを持つ夢の無い子供な気分になる。
なんだろう、この状況。酔っ払いだらけの宴会で、一人シラフでいるようなモン?
なんだかもう、よく分からない。
義理を果たして参加するだけ、その後は借金返済を考えようと消極的に考えていたが、腹を括るなら、自分も泥酔する覚悟で当たった方が悔いが残らないだろう。
どうせ結果が見えているなら、楽しんだ者勝ちという考えもある。明日は最初で最後の気合入れたお洒落をして、美味しいものもたくさん食べよう。勢いが必要なら、お酒だって飲んじゃおうかな。
そう考え直すと、無敵に思えてくる。
開き直って笑うと、ヤバいホルモンがいっぱい出てきた。うん、最強。
「たくさんの人が応援してくれてるよ、ラミー。明日は自信持って頑張りなさい」
これまたご近所からの差し入れの、安ワインで乾杯する。お酒のある晩餐なんて、いつ以来だろうか。
「はい、持てる全てを出し切って参ります」
ラミーは自分を勢いづけるように、水の入ったワイングラスを掲げて誓う。キラリとアメジストの瞳が輝きを増す。
「素敵よ、あなたらしく楽しんでらっしゃい!」
伯爵夫人は感動のあまり、目頭を押さえている。そうして夫妻は手を取り合って娘の決意を暖かく見守り、執事とメイドは血走った目で『必勝』の旗を振っていた。
最後の晩餐は屋敷中(と言っても五人しかいないが)で盛り上がり、ラミーは自室に戻ると、いつもより多少な丁寧に髪や肌のお手入れをしてベッドに座ると、そっと窓を見上げる。
月明かりで照らされた窓枠が歪み、ガラスにもヒビが入っている。
ーこんなボロ屋敷でも、売ればいくらかになるかしら・・・
ふと借金返済の現実が頭をよぎるが、すぐにぶんぶんと大きく振って常識を追い出す。今、悩んでも仕方のない事は無視。あれこれ考えるのは、舞踏会が終わってからにしよう。
そう切り替えたハズなのに、悪夢にうなされた。染みついた貧乏性は、けっこう重症らしい。
秋晴れの清々しい朝、どんよりと残念な顔で目覚めたラミー。そこは気合を入れ直すべく、冷たい水で顔を洗ってパシンと頬を叩く。
鏡に向かって、強気の笑顔を作ってみた。勝気な令嬢もいけるんじゃない?なんてね。
舞踏会の受付は正午から。なので朝食を終えると、さっそくと準備にとりかかった。
とは言え、ドレスを着る機会なんてほとんど無かったラミーは、何をどうすれば良いのかよく分からないので、されるがまま。
母とメイドが、まあ!と感嘆の声を上げたり、ほう、とうっとりしたため息をついたりしながら、手際よく整えていく。
採寸せずにあつらえたドレスは、背中の紐とウエストのベルトで調節できるようになっていた。白を基調に裾に向かって淡い紫のグラデーションになった袖の無いワンピースのようなスカートは動きに合わせて優雅に翻り、胸元と裾に繊細なレースがあしらわれている。
背中の開いたところを、濃い紫の細い紐で体型に合わせて結び、重ねて羽織るようにした透け素材の上着と一緒に、背中の紐と同じ色のベルトを使ってウエスト位置で丈を調節。
程よいチラ見せに締め付けも苦しくない、下着で締め上げるようなドレスを着慣れないラミーのためのようなデザインだ。
柔らかなウェーブを描きながら流れる豊かな髪は淡い金色、大きく愛らしいアメジストの瞳。繊細なレースのドレスを纏うと朝露の煌めきのような清楚で上品な美少女は、透き通る肌を活かすよう控えめに施された化粧にさらに輝きを増した。
髪の両サイドをいくつかに分けて編み、少し高い位置で一つにまとめて結い上げ、残りは自然に垂らす。銀糸を混ぜた白と瞳と同じ紫のレースリボンで飾り、銀にアメジストをあしらったネックレスにブレスレットを着けると、一気に華やかさを増した。
「素晴らしい、どこの令嬢もラミーには敵わないよ」
感涙だばだばの伯爵が絶賛し、執事とメイドも同意する。
「ドレスもよく似合っているわよ。着慣れない貴方でも、動きやすいでしょう?」
着付けとヘアセットをやってのける母に宝の持ち腐れ感を強めながらも感心し、ラミーは鏡に映る自身の姿に驚いていた。
-誰?マジで貴族のお嬢様になっちゃったみたい。
知っていたら的確な表現は『コスプレ』かもしれないが、見事な変身を遂げた事には変わりない。少なくとも、舞踏会で場違い感は無さそうだ。
「さあ、出発しよう。遅れたらたいへんだ」
もう伯爵家で馬車を維持出来なくなって久しいので、父母と共に予約していた馬車に乗る。ラミーと伯爵夫妻は応援旗を掲げて見送る執事とメイドに手を振り、宮城前の広場に向かった。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしてみます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
予約投稿なので、今回から朝更新に変更します。
それで少しでも、更新日のPV増えたらいいな~なんて下心チラリです。
よろしくお願いします。




