2.行くしかない
王宮主催の舞踏会が一週間後に迫った樹の月中旬、様々な地域から集まった出店を始め、ダンスやパフォーマンスを披露する小劇団も増え、王都周辺の賑わいは最高潮に達している。
参加希望者とその周囲の人々も、それぞれの最善を尽くすべく最終確認や調整に余念がない。
が、没落貧乏伯爵令嬢のラミー・グレンリベットだけは通常運転だった。
今日は森できのこや木の実を採集、湖で釣り、前者はイマイチだが後者は豊漁。これだけあれば夕食分の他に干して加工も出来そうね、と馬を繋いでホクホク釣果を確認しながら玄関へ向かうと扉が開き、キラキラしいナイスミドルと穏やかそうな青年に続いて満面の笑みを浮かべる両親が出てきた。
「素晴らしい品々をありがとう、これで一安心です」
「いえ、こちらこそお役に立てて嬉しいですよ。どうぞ、これからもご贔屓に」
挨拶を交わすお客様と思しき二人は身なりも立派で、派手な装飾こそ無いが高級と分かる大きな馬車に乗って去っていく。
和やかで煌びやか、まるで普通の貴族のような光景を遠目に、ラミーは呆然と立ち尽くしたまま、小さくなる馬車を見送った。
嫌な予感が顔を引きつらせるが、なんとか平静を装って家に入ると、まずは食材の処理をしようと厨房へ向かう。
作業台にきのをこ広げて手早く選別し、魚の下ごしらえを始めようと手に取った時、メイドのマリエラが息を切らせてやってきた。
「お嬢様!夕食の準備は私がしますから、すぐに応接室へいらしてくださいな」
言いながら流れるような動作でラミーの手から魚を取り上げ、父母の待つ部屋へと急ぐよう促す。追い立てられて向かうと、開け放たれた扉からきらっきらの光と両親の浮き立つ会話が漏れている。
嫌な予感の的中をはぼ確信して部屋に入ると、信じたくない光景が広がっていた。
「ちょ、コレ・・いつの間に!?」
修繕の手も追いつかないボロ屋敷に不釣り合いな、明らかに高価と分かるドレスに靴、装飾品。それらを広げられた一角だけが、不自然なほど煌びやかに輝いている。
立ち尽くしたまま引きつった笑顔に青筋が現れ、白目になるラミー。近くで見ると、プルプルと小さく震えているのがわかる。
なるほど廊下にまで漏れ出した光の元はこれらかと納得したが、側に佇む老齢の執事が血の涙を流している理由を知りたくもないのに理解できてしまうのは何故かしら?
「ラミー、週末の舞踏会には、これを着ていきなさい」
ーなんですと?週末の舞踏会って例の王子の嫁探しですか?諦めたんじゃなかったの?
「仕立屋さんも無理を聞いて下さって、本当に間に合って良かったわ」
ーオーダーの特急仕上げってこと!?ウチのどこにそんなお金があったの?ってか、採寸もしてませんけど大丈夫なの??
相変わらずの脳内反論なんで、穏やかな笑顔は意識していたけども、変な汗が止まらない。とりあえず、一番心配なお金の出所を確認してみよう。
「お父様、お母様。私、舞踏会に出席するとは一言も言ってないんですけど、どのようにご用意頂いたのかしら?」
ダメだ、笑顔が引きつって思わず真顔になってしまった。まぁ、本人に黙って酷すぎるし、仕方ないよね。
「ラ、ラミー。こんなに素敵なのに、どうしてそんな怖い顔をしているんだい?」
ー貧乏貴族の衝動買いにしては、度を越してますよね?色んな意味で。
「だってあなた、いつまでも希望を言わないから、こちらで手配するしか無いじゃない。せっかく新調するんだから、私だって好みを聞いて一緒に選びたかったのよ」
ーああ、どこまでも嚙み合わない。採寸できなかったから調整可能なデザインしか選べなかったとか、私が優柔不断な恥ずかしがり屋設定になってる?
「ウチは食事にも困るくらい貧乏ですよね?舞踏会のお話も最初にお聞きした時に、興味も無いし参加しないと言いましたよね?何も言わなくなったから分かってくれたんだと思っていたのに、どうして勝手に参加前提で準備してるの?だいたい、このお金はどうしたんですか?何か売ったの?って、そもそもウチに売れるようなモノ残ってませんよね?」
畳みかける勢いにのまれて押し黙った両親が、そっと目を背ける。ラミーは佇む執事へと、視線を移した。覚悟を決めたように、静かな口調で告げる。
「借金、でございます。お嬢様」
ふらり、と一瞬、口から魂が抜けて天井から自分を見下ろしたような気がするのは、気のせいにして。
静かにドレスに近づいて、使われている素材や縫製を確認する。たいして詳しくはないラミーが見ても、生地やレースは高価なものだろうと分かるシロモノだ。
ゆっくりと両親を振り返り、ありったけの目ヂカラを込めて凝視する。
「返してきてください、今スグに!」
怨霊でも従えたかのような迫力に気圧されながらも、両親は引かなかった。
「ダ・・ダメよ、着てくれなくちゃ」
ーまだ言う?
「ああ、そうだぞラミー。商会には私が太鼓判を押してきたんだから」
ーナニ勝手に押したって??
ゴゴゴ、と地の底から何かがはい出てきそうな効果音を背景に、ラミーは両親と対峙する。巨大化してもう少しで目ヂカラビームを放って石化出来そうになっても、両親は怯まない。
「う、うちの娘が必ず妃になって返済するという約束で作ったんだ。ラミー、頼むから舞踏会へ行っておくれ」
ーはあ?なんだってそんな根拠レスな約束で借金出来るの!商会バカなの?
「私たち、あなたの事を信じてるの。国中探したって、こんなに優しくて可愛い子はいないわ」
ー親バカ大炸裂!なんの実績も無いのに信用しすぎ、ってかただの過大評価!
涙を流して本気で訴えられ、自分に選択肢など無かったのだと確信する。これが悪意なら簡単に反論も出来るのに、純粋な善意だからタチが悪い。
そう、この舞踏会の件で娘の為と連呼しても、自分達の暮らしを楽にしたいとか伯爵家を取り立ててもらいたいとは、一度も言わなかったのだ。
ラミーは両親の潤む瞳からの純粋な眼差しに反論の余地はなく、一方的に折れるしかないのだと悟る。汚れ無き両親、恐るべし。
「・・・分かりました。舞踏会に行きます」
返せるアテの無い借金を背負い、とりあえず完敗予定の勝負に行くしかない。気が重い、コレは舞踏会後に夜逃げしかないんじゃないかな。
と言っても、あのお気楽両親と高齢者二人を連れて、無事に逃げられる自信なんてない。足元を見られようと、商会と交渉するしかないんだと腹をくくった。
ああ、せめて端数は値引きしてもらって、なんとか分割で払えるくらいまで、値段と期間を交渉出来ますように。
どんより雲を頭上に頂くラミーとは裏腹に、輝く照明の下で仲良く手を取り合って喜ぶ両親の姿。執事とメイドはいつの間に準備したのか、『必勝、ラミーお嬢様!』と書かれた横断幕を掲げて佇んでいた。
ダメだ、この家にマトモな人はいない。
ダンスなんて真剣に習ったことは無いし、貴族としての作法もロクに身についていないが、一晩、モブとしてやり過ごすだけならなんとかなるだろう。
参加さえすれば両親の気が済むんだし、いい加減に現実を見るキッカケになるだろう。
そうすれば少しはお金に対して関心を持つだろうし、シビアになれるかもしれない。うん、長い目で見れば我が家にとってチャンスにもなるハズ。今後は社畜かゼロ円生活かの二択でも、両親が貧乏自覚してくれるなら有難いかもしれない。
どんよりした心を照らすには小さすぎる光だが、ラミーは完全な闇よりマシだと開き直る事にした。
読んでくださって、ありがとうございます。
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