15.実家からの手紙
二度目の成績表を部屋で受け取ったラミーは一人、だぱ~~~っと傍目に情けない感涙顔になった。
ゴシゴシと目をこすって、もう一度凝視する。確かに全教科合格。合否が気になり過ぎて食堂へ行く時間も惜しみ、部屋に運んでもらったものの手を付けられずにいた軽食に手を伸ばす。
サンドウィッチをかみしめて、ぶわっと再びあふれ出す涙。シルベーヌと必死で振り返った授業後のノート、何度も指を刺しながら仕上げた刺繍作品、風呂場で繰り返しブツブツ唱えながら覚えたルーモスの歴史、毎日練習した周辺三国の挨拶等々、とても一週間とは思えない濃厚な初体験の数々が蘇る。
「頑張った、もう過去イチ頑張ったわ、私!ああ、なんてゴハンが美味しいんでしょう!!」
開いたままの成績表に記された合格に何度も浸り、食後はパルムにいれてもらったお茶で一息いれようと思ったところ、一緒に渡されたやや厚めの封筒に書かれた名前にギクリとした。
それもそのはず、差出人はメルティ・グレンリベット、ラミーの母である。しおしおと力が抜けていき、お茶の味も分からなくなりそう。
この離宮にきて半月、衣食住の心配から解放されて別の重圧と戦ってはいるが、以前のザルに水を汲むような努力と違って、ゆっくりでも確実に風呂桶を少しずつ満たすような充足感のある日々に慣れてきた今、積み上げたものをゼロやマイナスに持っていくのがデフォの家族からの便りは、ものすごく縁起の悪いシロモノに見えてしまう。
いや、そもそもその家族の生活力の無さと借金返済が目的で、ここにいるんだけれども。
本来であれば、初めて長期間、家族と離れて暮らす中で届く便りは、心の支えとなるものだろう。が、お花畑で笑顔で踊る両親が脳内再生されて、封を切る手が震えた。
手紙を取り出すと同時にふわりと香るのは、母が好んでつけている香水。美しい模様の入った便せんに、濃い青のインクで書かれた流麗な筆跡は、確かに母のものだ。
そうよ、文字だけ見るとデキる伯爵夫人なの。無駄に達筆な分、文章と内容の残念さが際立ってしまうのよね・・・。
”親愛なるラミー、元気にしていますか?”
出だしこそ普通だったが、続く内容は恐ろしいものばかりだった。
・今頃は貴方の魅力に王子もラブラブですか?パパと私みたいに、仲良くね!でも、結婚までは清らかなお付き合いを心がけること。失礼のないよう上手に焦らして、より夢中になってもらうといいわよ(はあと)
・・・げんなり、がっくり、ぐったり。たかだか手紙なのにいきなり脱力させる破壊力、うきうきしながら二人で盛り上がっている様子が目に浮かぶ。ラミーは幸せが逃げると言われるため息を大きくついて、気を取り直すと、かかってこい!と気合を入れなおして続きを読む。具体的なエピソードを交えて近況が綴られていた。
・誰も修繕しないから雨漏りがひどくなった、木桶とたらい、ガラス瓶で水滴を受けているけど、たらいの音が一番大きくて楽しい。でも雪になったら聞けなくなるわ。
・当主として家人を飢えさせるわけにはいかない!と張り切った父が、川に釣りに行って流された。冬の川は水が冷たかったのに、ずぶ濡れになっても風邪ひとつひかないパパって強い!
・馬の世話をしていたセレバスが、腰をやってしまって三日動けなかった。医者を呼ぶお金が無くて困っていたら、通りかかった祈祷師が不思議な術で治してくれて礼も受け取らずに去っていった。
・三つある鍋のうち二つに穴があいて、使うのに工夫が必要になった。やはり一番上手に使えるのは、マリエラね。
・ラミーの舞踏会からお世話になっている商人さんが、たまに訪ねて困りごとはないかと気にかけてくれます。とても親切で頼りにしています。
ですから、ラミーはこちらのことは心配せずに、自分のことを頑張ってください。私たちはいつでも、あなたを応援しています。
・・・・・って、ちょっと。うつむいて手紙を握る手が震える。
手紙をしたためたであろう差出日は、ラミーが離宮へ旅立ってから十日ほど。で、それでどうしてこんなにネタてんこ盛り!?この状態であたたかな眼差しで娘を見守る感出されても、全く安心要素無くて落ち着かないんですけど!。どう解釈してもまともに生活できていないし、けが人続出で。さらにコレ付け込まれてない!?
地位もあるいい大人だというのに、相変わらず危機感無くてヤバい。謎の祈祷師?どうして訳の分からない人を家に招き入れるの!
もううちから取れるものなんて何もないのに、親切な商人ってどう考えても胡散臭いでしょ!
せっかく高給取りを目指して勉強すると意気込んだのに、善意でへし折られるこの感覚。さすが実家。
ラミーは手近にあった紙に、急いで返事を書く。
・王子は現在、離宮にはいません。毎日、勉強三昧で充実しています。
・雨漏りはいつもおすそ分けをくれるシフォンおばさんに相談してください。
・川や崖など、危ない場所には近づかないように。
・馬の世話はロール少年が上手です。乗馬も出来るのでホルンの運動も兼ねて、手伝ってもらってください。
・・・鍋は頑張って工夫してもらうとして。
・商人には気軽に接しないように!世話になりすぎないよう、距離を保ってやり過ごしてください。
こんな手紙で効果があるかは分からないけど、とりあえず危険に気付いてほしい。そしてこれ以上、借金を増やさないでほしい。
手早く宛名を書いて封をすると、パルムに一番早い便で出すよう頼む。
積雪の深いこの地域は、拠点となる町と街道の状況に応じて、犬ぞりと馬車を使い分けて物資が輸送される。通常の町や村だと農閑期の農民が空いた時間に手持ちの荷車やそりを使って人や荷物を請け負い、日銭を稼ぐことがある。そうすると通常の業者が出す日以外にも何便か出ることになるが、この離宮は出入りが規制されているので許可のない者が勝手に商売できず、基本的には週2回の定期便しかない。それも天候次第で、荒天が続くと陸の孤島と化す。至急で臨時便を仕立てるとなると、手続きはともかくラミーには絶対出せないお金がかかるのだ。
本日午前にラミーへの手紙他物資を乗せて到着した犬ぞり便、遅くなると天候が荒れそうだとの様子から当日折り返しになると情報と得ていたシゴデキ侍女は、その帰路に間に合わせ、最短の当日発送を可能にしてくれた。
ラミーは改めて実家との差を確認し、早くもこちらの常識に慣れつつある自分を自覚する。意欲を持った人が依頼者の意図を理解し、自ら考えて行動し、最良の結果を得る。たかだか書いた手紙の最短発送であっても、なんとも言えない達成感だ。
それでも中継地を渡りながら、早くても三日はかかるだろう。また手紙を読んだところでこちらの意図がどの程度伝わるのか甚だ疑問だし、気休めでしかないのが残念で仕方ない。
それにしても環境ってスゴイ。努力することも時間に追われているのも、実家とここで変わらない。
けれど、明らかに違う方向性。悪意はなくとも積み重なるマイナスをひたすらゼロに戻すのと、頼れる協力者の中でプラスを積み上げるのでは、モチベーションが真逆に働く。
頭や体を使って頑張るのだから疲れるのは当然と思っていたけど、辛くても楽しい、もっと頑張ってみたいと思ったのは、ここにきて初めての感覚だった。
それに今まであまり周囲にいなかった同世代と過ごすのは、興味深くて面白い。
シルベーヌは話すと面白いし、チョコレートをくれるいい人。ブランテールとエリーゼはよく威張っていて何を考えているのかあんまり理解できないし、サーシャは優秀だけどちょっと怖い。チェルシーはいつも冷静で堂々とした大人っぽい人、ポルテは何に対しても意欲的で、出来ないことも失敗も隠さず素直に努力する前向きな人。
まだあまり関われていないから知らないことも多いけど、少しずつ見えてくる性格や人間性は魅力的だと思う。
侍女や先生たちも今まで周囲にいなかったデキるのが当然の人たちで、それぞれに仕事をこなす様は見ていて勉強になるし励まされる。
ほんの数か月前の自分からは想像もつかなかった新しい世界、望んで得たものでは無いそれが、こんな充足感を与えてくれると想像もしなかった。
自分では絶対に選ばなかった道だから、そこは素直に両親に感謝したい。
無事に二度目の合格をもらって今日はのんびりするつもりだったけど、衣食住の心配もなく自分のためだけに使える自由時間を有効活用したいと思えた。
よし、曖昧なトコロを復習しておこうかな。そう決めて、控えているパルムに声をかける。
「資料室に行くので、片づけておいてください。終わったら夕食には一人で行きますから、20時頃に湯浴みの準備をお願いします」
今も侍女に指示を出す時、なんとなく緊張してしまう。けれども彼女たちは主の指示が無ければ控えておかなければならないと理解したので、必要な要件と時間を伝えるようにしている。
友人のように話相手にするのも困るだろうし、かと言って四六時中、黙って控えられても落ち着かないので気を遣うのだ。
ならいっそ、拘束しない時間を明確にする方が効率的だと思い至ったのである。
ラミーは必要な道具を持って部屋を出る。
廊下を少し歩いて資料室へ入ろうとした時、ガシャーン!と大きな音が響いた。
読んでくださって、ありがとうございます。
実家両親の脳内だけ、ってやっぱり「恋愛」ジャンル詐欺ですよね。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。




