11.最初の晩餐
初日の晩餐は食堂である。
決められた時間に妃候補七名はそれぞれ、部屋付きの侍女一名を伴って入室順に案内された席に着く。
「妃候補というのに非常識な方ばかりですの?なぜワタクシが末席なのです!そこはワタクシでしょう、おどきなさいな」
遅刻寸前にきておきながら、ブランテール・デュワーズ公爵令嬢が大きな胸と羽飾りを揺らして声を張り上げ、ツカツカと無遠慮に歩み寄る先に座っているのは、一番最初に食堂に来たサーシャ・ハクシュー子爵令嬢。金の巻き毛に派手な宝石と爆乳の圧力も凄まじいが、ふわふわなピンク髪の小柄な少女は、あまり動じていない。
先着順に案内されただけなのに、駄々っ子みたいに拘る人もいるんだ・・・。不思議そうに見上げて、
「交代ですか?どうぞ」
全く相手にしていない面倒くさそうなトーンで言って席を立つと、サーシャは空いている席へ移動した。
なのに、押しのけたブランテールは、常識がない、厚かましい、身分をわきまえていないと文句を並べ、同じように向かいのチェルシー・ボウモアを押しのけて座ったブランテールの腰ぎんちゃく、エリーゼ・ラフロイグ侯爵令嬢が同調する。
「メンドクサ・・・」
ラミーの隣でサーシャはポソリと呟き、チェルシーは呆れた顔で二人を見ていた。
「静粛に」
しばらくして入ってきたウレシックの声で、話し声が途切れる。
「皆様、長旅お疲れ様でした。ようこそ、離宮へ。いよいよ明日から本格的に王子の妃候補選抜を始めますが、今日のところはゆっくりとおくつろぎください」
食事が運ばれてくると、
「本日の料理に使わている食材は全て、この離宮と周辺の森林や湖で捕れたものでございます。特にクエール鳩と赤イワメナは国内でもこのあたりにしか生息しない珍しい鳥と魚ですので、王都でも滅多に食べられません。どちらも様々な料理に使われますが、中でも鳩はクリーム煮、イワメナは岩塩を振って焼いたものが絶品でございまして、本日のメニューにも取り入れてございます。どうぞご賞味ください」
促されて食事が始まると、続けて離宮の敷地内にある畑や長い冬に向けての食材の加工や保存について、穏やかながらも終わる気配無くつらつらと話し続ける。
「・・・ちょっと!」
遮ったのは、ブランテール。
「そんな説明はいいわ。それで、王子はいつこちらにおいでになるの?」
イライラした口調で聞くと、
「ん、これは失礼。私、この離宮を愛してやまないものですから、つい饒舌になってしまいました。王子のご訪問でございますが・・・、これから冬になるとこちらは雪で馬車の通行が困難になります。ですから、早くて来年の春ごろになりますかと・・」
「「なんですって?」」
息ピッタリでハモったのは、ブランテールとエリーゼ。さすがの王子ガチ勢である。
「はい、自然相手ではいかんともしがたいもので。皆様にはそれまで、妃としての教養を身に着けていただこうと考えております。授業の内容やスケジュールについての詳細は明日、ご説明いたします」
納得いかない様子の二人だったが、鳩を一口食べて珍しい料理が美味しかったのかお腹が空いていたのか、勢いよくたいらげていく。
他の少女たちも静かに食事をすすめていたが、アラ、まあ!と料理に感嘆する声が小さく聞こえるものの、突っかかられると面倒臭そうな二人がいるので敢えて会話しようとはしない。
シルベーヌとラミーも食べて顔を見合せて頷きあっただけで、その場で盛り上がるのは自粛した。感動を共有するのは、部屋に戻ってからにしようと互いに目くばせをする。
せっかく美味しいのに、新鮮なうちに感動を表せないのはとても残念だ。ラミーに至っては普段の野性味あふれる食卓と違って目新しいものばかり。こんな凝った食事はそれこそ、舞踏会以来だ。
生きるために食べてきたのでこれまであまり食事にこだわらなかったけれど、美味しい料理に出会って認識を覆された。
なんて素敵!毎日こんなご飯が食べられるなら、なんでも頑張れそうだし不安も吹き飛んじゃう!誰かが用意してくれるだけでも有難い食事だが、美味しい事がこんなにも心を揺さぶるとは思わず、自分の中で眠っていた何かが目覚めてしまった。
美味しい、って幸せなんだ!
美少女は光り輝く満面の笑みを浮かべ、静かに周囲の令嬢たちを魅了していた。
毎日の食事はこの食堂、朝は7時から8時半まで、昼は正午から午後2時まで、夕食は午後7時から9時まで提供される。それ以外の時間や場所になる場合は、要相談らしい。
食事のあと、シルベーヌの部屋で一緒にお茶を飲みながら、ラミーはやや興奮していた。
「事前に言えば、自分の部屋やテラスで食べても良いってこと?」
「そうね、アリかも。まぁ、今後はマナー講習も兼ねるだろうし授業内容もハードだと思うから、それどころじゃなくなるかもよ?」
はい別腹、とばかりにチョコレートを2粒差し出して、いたずらな笑みを浮かべる。
「え?やっぱり私じゃついていけないかな?借金返済がかかってるし、美味しいものパワーで乗り越えられそうな気がしたんだけど」
初めての美味しい料理のあとに舞踏会で気に入ったチョコレートを差し出されて、頬を赤らめながらウキウキ話していたのに、さあっと血の気が引く。
くるくる変わる表情は、馬車の中でずっと見ていた引きつり笑顔より、余程良い。ラミーって餌付けが有効なのねと心のメモに記入しながら、チョコレートを一粒、口についと差し出す。
反射的にパクリと食べるラミーを見て、シルベーヌは嬉しくなる。
「ラミーなら大丈夫、一緒にがんばりましょう?暖かくなればお弁当にしてもらって、ピクニックに出かけるのも良いんじゃないかしら」
うふふ、と笑ってお茶を飲みほした。
一方、ブランテールはエリーゼと共に部屋で荒れていた。
「肝心の王子が来ないなんてバカにしてるわ!どうやって妃を選ぶつもりなの!?」
「そうよね、魅力をアピールするにも親密度を上げるにしても、本人不在じゃ話にならないわよ」
持ち込んだ大荷物の大半が、衣装に宝飾品、化粧品の二人。部屋に備え付けのクロゼットや棚では足りず、部屋の隅に積まれている。
「こんなことなら、収納家具ごと持ってくればよかったわ。このためにドレスも装飾品も新しく作ったのに、最悪ね」
「仕方ないから他の候補の貧乏人たちに、格の違いを思い知らせるしかないわね」
「ええ、まずは王族となるのに相応しい身分というものを、しっかり理解していただきましょう」
持ち込み量の規定を守らなかったクセに文句タラタラな二人に、部屋付きのメイドもウレシックもげんなりしていた。雪が降り始めたので、慣れない馬車や御者に大荷物を任せるのは危険だ。離宮にも馬車はあるが、ただでさえ人員不足なのに妃選抜で人手を取られる中、何日も使いに出せる者もいない。
仕方なく、空き部屋をひとつ荷物置き場として提供し、春になれば収まりきらない荷物は送り返すよう念押しをする。
「だいたい、この部屋が狭すぎますわ。そもそも公爵令嬢であるこの私が、他の候補の方と同じ扱いなんて、おかしいんですよの」
まだ納得いかないブランテールに、ウレシックはピシャリと告げた。
「妃選抜の規定は王家が設けたもの。ご納得いかないようであれば、棄権してくださって構いません。両陛下と王子殿下には私からお伝えしますので、明日にでもお帰りになりますか?」
いままで人のよさそうな印象だったのに、ひんやり冷気を纏った口調にビクリと硬直する。
「血筋や身分に関係なく平等に、と、舞踏会を企画した時から通達しておりました。これは今後の国家運営を踏まえての王家の方針、覆ることはございません。今一度、お心に留め置かれますように」
親の権力と財力を背景に他者をねじ伏せてきたブランテールにとって、これは人生初レベルの衝撃だった。
周囲にもてはやされ、機嫌を伺う相手を思うように動かし、それを当然だと信じて疑わなかった。周囲に集まる同世代の令嬢・令息はもちろん、その親世代にも逆らう者に出会ったことがない。仮に気に入らない事やもめ事があっても、父の一声で望む結果は得られるものだった。
ブランテールは頭に血が上るって、こういうことねと実感する。ここには自分に確実に味方するものは、エリーゼしかいない。部屋付きの侍女でさえ離宮の雇用者で、無条件に肯定などしてくれず、今も静かに控えているだけだ。
両親に送りだされ、自信満々で来てみたけれど、思い描いた環境には程遠い。納得できない、したくはないけれども、妃を目指すのであれば折れるしかない。それがどうしようもなく、悔しくて辛い。
「・・・分かり・・ましたわ。おっしゃる通りに致します。アタクシは、諦めません」
ウレシックは部屋付き侍女の一人に指示を出して去っていく。
たかだか離宮の執事ごとき、本来であればアタクシの敵になどなり得ないはず。そう、そんな態度が許されるのもこの小さな離宮だけの話。アタクシが王妃になったら、覚えていらっしゃいな。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
相変わらずの遅筆、投稿予約済みのストックが尽きそうでハラハラしています。
春休み期間までにもっとストックしないと、週イチ投稿すら怪しくなりそう。
家族が休みだと自由時間が減る立場って、なって初めて気付くんですよね・・・。
毎週金曜 6:20 更新中。




