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デデの逃亡への準備(2)

※ 11/15 少し加筆修正しました。

 ◇ ◇ ◇


 その日、ロザリーと逃亡の件をデデの部屋で相談した時、ロザリーがいうには

「馬車は逃亡には絶対に必要不可欠です」という。

 なぜなら荷物を運ぶには魔道具やかさばる物がけっこうある。

 ならば荷馬(にうま)にしたらすぐにばれてしまうと。

 

──なるほどロザリーの言う通りだ。デデはコクリと頷いた。


 そうはいっても、直接娼婦館の馬車に荷物を運びだす作業もできない。

 館の住人の寝静まった夜中はともかく、日中なら誰かしらに見つかってしまう。

 またうまく運んでそのまま逃げるには、馬車の御者に手引きしてもらわないと森まで辿り着けない。


 いずれにせよ、どういうやり方で行くかは後で相談するとして森までは馬車で行かねばならない。

 

 ロザリーは御者のサムを、逃亡の手助けに協力してもらうように依頼した。


 サムはデデ専用の馬車の御者だ。

 まだ20代の若者でとても偉丈夫な大男だった。

 小柄なデデならサムの肩車に簡単に乗せられそうである。

 

 デデも日頃から自分に親切な御者のサムには心を許していた。


 デデは心配そうな表情で筆談する。


「だけどロザリー平気かしら。サムが承知してくれてもあたしが逃亡した後でサムがきっと痛い目にあうわよ」


 デデが恐れているのはサムの身の安全だった。

 女主人は娼婦が逃げた時のために数人、ガラの悪い用心棒を雇っていたからだ。

 

 娼婦が逃げたりそれを手助けした者は、戻されて相当辛い折檻(せっかん)がまっている。

 

 女はともかく、手引きした男は半殺しの目にあうという。

 

 酷い時にはボロボロにされた者は、いつのまにか娼婦館から消えているという、おぞましい噂を聞いたこともある。


「デデ様。そんなこと大丈夫です。サムは昔からあたしたちと貧民街に暮らしてて知ってます。彼の両親は既に亡くなって10代から1人で逞しく生きてる男です。サムはあの通り大男で腕っぷしも強い。それに同じ場所に長く働かないで放浪癖もある。けっこう気まぐれです。だけどいざという時にはとても頼りになるんです。女や子供が困っている時は、良く助けてくれました。見た目は怖いけど凄く優しい男です。まあ凄い()()()なのはたまにキズですけどね」


──本当面食いなのよ、あたしを口説いたことは一度もないのよね~!


 とロザリーは舌うちしたくなるのを、我慢して苦笑いをした。


「デデ様、実はこの娼婦館の下女を紹介してくれたのもサムなんですよ」


( まあそうだったの──)


 デデは少し驚いた。

 サムとロザリーが仲がいいのは知っていたが、そんな古い間柄だったとは。


「ええ、こういってはデデ様は気を悪くするかもしれませんが、サムは以前からデデ様をとても()()してて、同時に気の毒がってました。しょっちゅうあたしには、本音をいえるのか『まだ15歳なのにデデ嬢さんは気の毒やなあ、あんな綺麗な女子(おなご)は俺は初めて見たよ。デデ嬢さんには普通に結婚して幸せになって欲しいもんよ』って。だからサムはデデ様の逃亡をすぐに承諾してくれました」


()()()()()()()()()──」


 デデは驚いて唇の動きで話す『読話』でいった。


「ええ、だからサムの事は心配無用ですよ。サムは独身だし、いざとなったら逃げるのも簡単です。引越し用の大荷車も動かせますし、裸馬すら騎乗出来ます。おまけに牛でも羊でも放牧経験もある。万一王都にいられなくとも地方でも働けますよ。──それでもデデ様がサムが職場を変えるのが、忍びないというならデデ様のお持ちの一番安い宝石でも売って、お金を与えてください。サムは大喜びで逃亡を助けた後、直ぐにでもアパートを引き払ってトンズラしますよ!」

 と、ロザリーは意気揚々に言いきった。


()()()()()()()……」


「大丈夫です。これ以上いうとあたしが怒りますよ!」

 

 ロザリーが(こぶし)をあげて殴るような仕草をして笑う。


( わかったわ──)

 

デデもコクコクと(うなず)く。

 

 ようやく彼女の表情も(ほころ)んで笑顔になった。


「それよりもデデ様。森までサムが運ぶのはいいとして、あいつは森を怖がって中には入れません。森の入口で馬車から降りますよ。そしたら誰が馬車の荷物を運ぶかです。サムは森だけは怖いと拒否しちゃうんです──あの大男。人間はいっこうに平気だけど、魔獣やお化けが潜んでいる『魔獣の棲む森』だけは子供の頃から大の苦手なんです」


 デデはニコッと笑って自分を指差した。

 そのままノートにさらさらと筆談する


『ロザリー大丈夫よ。あたしがサムに馬車の手綱(たづな)を習うから。そうすれば森の中は自分1人で馬車に乗っていくわ。大木の洞穴(ほらあな)とか寝所を見つけたら荷物をほどいて運びこむ。そして万一馬が森を恐がったら、あたし1人で手押し車で荷物を運ぶわ!』


「ええ~、それは凄い。デデ様は馬車も手押し車自分で(あやつ)りなさると?」

 

 ロザリーは驚いて冷や汗がでたのか、黒縁の眼鏡を外してハンカチでレンズでしこしこ拭きとった。


「あら、なんてことないわ。ロザリーあたしは元村娘だから、これでも力仕事は相当自信があるのよ。馬車の御者もすぐに覚えるわ。全然平気よ」


 ロザリーは呆れた顔で

「まあ、あの誰もが怖がる『魔獣の棲む森』に棲みたいなんて()()()()()()()()人間は王都中でもデデ様くらいですよ」と言った。


「そ・う・よ・あ・た・し・は・ま・じょ・なの!」

 と読話の後、デデはお茶目にウィンクした。


「「あははは!」」

 2人は顔を見せあって大笑いした


 ◇ ◇ ◇


 もう1つ、デデは魔獣についての知識が欲しかった。

 万一魔獣を見ても恐怖で怯えて何も出来ないかもしれないが、相手を知っておくのと知らないのでは、防御する意識が違うだろうと思ったからだ。


 さらにデデには、普通の人間が考えもしない一風変わった『ある夢』があった。


( 魔獣の中には小さい可愛い魔物もいるかもしれない。どうにかして小さい魔獣を使役(しえき)してペットにできないものかしら?)


 その為にも魔獣を調べなければならない。

 

 王都には現在も『魔獣の棲む森』があるように、大昔は魔獣たちが沢山いたという言い伝えがあった。


 王国の歴史書や魔獣の実態を調べる為に、国立魔法図書館か宮廷図書館に行って調べたかった。

 

 魔法図書館は魔法学校の学生なら入れるが、平民ましてや娼婦のデデにはとても入れない。

 特例として学校関係者の紹介状があれば平民でも閲覧だけはできた。


 デデは思案した結果、娼婦館の上客の1人、デデはあの自分の親を殺害した呪術師に紹介状を頼んだ。


 もちろんデデは呪術師が自分の(かたき)などと知る由もなかったが……


 呪術師が不思議そうに「なぜデデ嬢は魔法図書館へ通いたいのかね?」と(たず)ねた。


 デデはゆっくりと筆談で答える。


「あたしには魔力が少しある。猫や犬のペットが欲しいが、懐いてくれない。できればペットの使役をしたい」

 とデデは魔力があると嘘をついた。

 また『魔獣』を『猫や犬』と変えて嘘をついた。


「なるほどペットか──確かにデデ嬢は私の目から見ても()()()()()()()()()


 呪術師の鋭い目は妖しく光った。


( え、あたしって魔力あるの──?)


 逆に驚いたのはデデだった。

 

 適当な嘘をついただけで、自分に魔力があるとはこれっぽっちも思ってなかったからだ。

 

 それに親がデデの美貌を隠すために、洗礼は受けなかったので、魔力とはかけ離れた生活をしていた。


「よろしい。学校の図書館の紹介状は書いてあげてもいいが、使役なら私が『使役用のタペストリー』を寄贈しよう。その上に飼育用のペットにしたい動物を置いて呪文を念じれば動物たちは直ぐにデデ嬢に懐くはずだ」


()()()()()──?」


 デデは『読話』でいい、思わずエメラルドの瞳を輝かせて笑顔になった。


 呪術師は、滅多にみれない花のような美しいデデの笑顔に気をよくしたのか


「ああ、今度もってきてあげよう。あなたの場合は声が出ずとも『読話(どくわ)』で口を開けて念じれば可能だ。ほれワシがノートに呪文を書いてあげるよ」

 

といって、デデの筆談ノートにすらすらと使役の呪文を書いた。

 また、自分でお手本のように詠唱も聞かせる。

 何度かデデに『読話』で呪文も復唱させた。


「これなら大丈夫だ。タペストリーは来週中に持ってこよう」


「ありがとうございます。呪術師様。魔法図書館も行ってみたいのでどうかお願いします」

 とデデは筆談して丁寧に頭を下げた。


「いいや、可愛いデデ嬢の為なら、こんなのお安い御用さ」

 と呪術師はニヤリと笑いながら、骨ばった手で、デデの手を()()()()と触りだした。


 呪術師にしてみたらデデからのお願いなど、滅多にないので有頂天になった。


 ──ふふ、このままこの娘に恩を売っておけばいい。何しろこのご時世だ。ワシがパトロンに昇格できるやもしれん。イッヒヒ……。


 デデを見る呪術師の顔はニタニタしだした。


 デデは何やらゾワッとしたが、我慢してなんとかつくり笑いをした。


( 触られるのは嫌だけど、図書館へ通えるならこのくらいは我慢。この()()()()()()は手を触るだけで、あいつらみたいに厭らしいことは殆どしないし。これはあたしの夢への一歩なんだもの!)

 

 デデはここでぐっと歯を食いしばって辛抱した。



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