表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

国王の崩御

 ◇ ◇ ◇


 王都は10月になってから大きな政変が起こった。


「大変だよ、みんな起きるんだ! 国王様が亡くなられたよ! 教会のお弔いの鐘が街中鳴り響いているのに気が付かないのかい!」


 女主人が朝から血相を変えて、館の娼婦や従者たちを次々とたたき起こしていく。

 娼婦館は通常、夜遅くまで営業しているので、朝は一部の下女や従者以外は殆ど寝ている。

 娼婦にいたっては正午過ぎにようやく目覚める者も多かった。


「ええ~マダム。こんな早くからどうしたの!」

「ふわぁ~、まだねむいよぁ~」

「何、火事?」

 女主人にたたき起こされた娼婦たち。肌もあらわなネグリジェ姿のまま、寝ぼけ(まなこ)の顔で1階の居間にぞろぞろと起き出してきた。


「何、寝ぼけてんだい、王様が亡くなったんだよ。今日は大変な日だよ!」


「!? 王様が亡くなったって本当なの──?」

「嘘、とても信じられない~!」

「王様っていくつだったっけ?」


 ようやく目が覚めて、びっくりし始めた娼婦たち。


「ああ、だから今日から1週間は店は開けられないよ。それから服は喪服を着るんだ。絶対に派手な服は着ちゃだめだよ──とりあえずあたしは何人かの者たちと一緒に、明日は国王様の『御葬儀式』で教会へ行ってくるからね、あんたたちは仕事がないからって絶対に外出したら駄目だよ!──いいかい、この後に及んで男なんて連れ込んだら飯抜きだよ!」

 と狐眼(きつねめ)を更につりあげて早口でまくしたてる女主人。


 デデも目を覚まして自分の部屋から出て娼婦たちの中に加わっていた。

 まだロザリーも娼婦館に来ていない早朝(そうちょう)である。


「あ、デデお前も私と一緒に明日は教会へ参列するんだよ。第3王子様や大司教様。諸侯貴族様たちにはいつも世話になってるからね。いいね!」


「…………」

 デデは、一瞬目を丸くしたが大きく頷いた。


 ──マダムが血相変えるなんてとんと珍しいわ。

 国王様が亡くなるとそんなに娼婦は大変なのかしら?


 デデは、とても不思議だった──。


 確かに娼婦館と国王の死という関連はほとんど無いように思えるが、高級娼婦館の客人は、国の貴族や王族まで多岐に渡る。


 国王が亡くなると多かれ少なかれ政変が乱れるものだ。

 現に、突然の王様の崩御は、王都民たちは1週間は喪に服す事となり歓楽街にある店舗。つまり酒場や遊技場や娼婦館を開けることはその間は(はばか)れた。


 少なくとも10月中は、表面だって派手な営業は控えなければならない。心密かにして店を閉める時間も短縮するのが通例だ。


 王都の歓楽街で経営している店の主人にとっては、1週間も営業出来ない事は大きな商売の痛手となるが、国王崩御となると誰も逆らえなかった。


 ◇ ◇ ◇


 これは平民だけではない、現国王が30年ぶりに崩御した事は王室や諸侯貴族にとっても、まさに青天の霹靂(へきれき)であった。


 国王は御年49歳とまだ50才前であり、これまで命に係わる疾病(しっぺい)もせずにとても健勝だったのだ。


 国王のお亡くなりに気付いたのは一昨日の朝だったそうだ。


 いつもの予定時刻に起床しなかったので側仕(そばづか)えが寝室にお起しにいくと、国王は眠ったまま2度と目を開けなかった。


 いわゆる突然死である──。

 

それが余りにも突然だったので、暗殺も疑われたが食事にも身の周りにも、何も不審なものは見つからなかった。

 その後、国王の専属医師や呪術師などが死亡原因を調べたところ『心臓発作』によるものだったという。

 本人には以前からその兆候はあったのやもしれないが、国王は配下の者たちには一切知らせていなかった。


 現国王は王都民を始め、王国でも穏やかでお人柄がとても良かった。

 市井への貧民たちが暮らす下層周辺の街への慰問や、孤児院や平民教会や集会所などの設立も尽力するなど、王都民からは幅広く崇敬(すうけい)を集め長い間、善政をしてきた国王であった。

 民や臣下から慕われてきた国王の崩御を嘆き悲しむ人々は多かった。


 ◇ ◇ ◇


 だがそれ以上に王都民たちは、今後の政治情勢を不安視する声もあった。

 特に王都の名士や主だった繁華街の店主たちは、こぞって大聖教会に弔問(ちょうもん)に訪れる。

 たんなる弔問だけではない。彼等は今後の政治情勢を把握する目的もあった。

 

 それでも正式な葬儀式の後、嘆き悲しむ多くの市井の人々は亡き国王に花を手向ける事は自由とされたので、王都から少し離れた場所にある大聖教会へ続く赤い道は、夜遅くまで人々の長い行列ができていた。


 デデも女主人のお供で朝早くから、喪服を着て顔まで隠れる黒のベールを(かぶ)り、街の名士たちの弔問の列に参加した。


 聖教会の子供たちが歌う讃美歌の流れる大聖教会の中──。

登壇にある国王の大きな棺まで白い菊の花を添える為、名士たちの列に伴い()()()()と畏まって歩くデデと女主人。


 ふと、デデは横に参列していた王族や貴族の貴賓(きひん)席をちらちらと見た。


 そこには、いつも娼婦館に来店するデデの上客たちがずらりと居座っていた。

 伯爵、侯爵並びに第3王子。その側には王宮騎士団長が立っている。


 そして国王の金箔の(ひつぎ)がある登壇の前に立っていた大司教。

 大司教は真っ白な清服を(まと)って銀の杖を持ち、既に死者となって横たわる国王に向かい、この時ばかりは聖人君子のような荘厳なる聖典を見事に暗唱していた。


 ──まあ、大司教ったら、日頃はあたしには厭らしい眼付しか見せないくせに、とても荘厳なお姿だわ。まるで()()()()()()に見えるわよ。


 デデは大司教を見て、また貴賓席の輩に目を向けた。


 貴賓(きひん)席にいる第3王子含め側に立つ騎士団の団長、諸侯貴族たちも、皆とても精悍な神妙な顔をしていた。


 ──まったくこんな聖職者やお偉い貴族様たちが、娼婦のあたしの前では鬼畜みたいに変身するんだから王都は怖すぎる。ああ、とても気分が悪くなりそう……


 デデは、顔の見えない長い黒ベールから()()()舌うちをしたくなるのをグッと我慢した。


 だが、国王崩御はデデにとっては最初の僥倖(ぎょうこう)だった。


 今月末におこなう予定だったデデの成人の儀式、誕生日の“姫娼婦”のパトロンを決定するのが、年内は延期せざるを得なくなったのだ。


 その理由は突然の国王崩御で貴族や王都民たちが恐れていた政変のせいだ。

 なによりも王子たちの後継者争いである。


◇ ◇ ◇


 国王には3人の王子がいて3人とも年が近かった。

 

 本来、王太子である第1王子が国王になるはずだが、第1王子は凡庸で頼りなかった。本来もっと父のように聡明な知性や政治学、外交を身につける経験の為に隣国へ留学中であった。

 国王が安泰だった事もあり、来年第1王子が卒業してから正式に王太子に任命するはずだったのだ。

 

これが仇を為した──。

 その間、第1王子がいない留守を見計らって、第2王子を推奨する大臣たちが水面下で増えていたのだ。


そして此度(こたび)の国王崩御で、急きょ帰国した第1王子と聡明な第2王子とで跡目争いが勃発する。


初七日の後は王宮は後継者争いで、真っ二つに割れていく。

 そこへまさかの第3王子までもが、側近にそそのかされて自身が国王になろうと野心を起こしたのだ。

 こうなると王宮は王子たちの三つ巴である。


 王族が政権を交代すれば、臣下たちも今までの様にはいかない。

 現、王族騎士団の団長も現在の大司教らの地位だとて、必ずしも安泰ではないのだ。王都有数の商会の会長ですら王宮との様々な商品に関する密約があった。


 デデのパトロン候補の上客たちは、()()()()()になるのか戦々恐々となっていたのだ。

 

 もう、デデの“パトロンになりたい”とか言ってる場合ではない。

 彼等本人たちは、呑気に娼婦館など出向く暇はなかった。

 

 それでも、デデをみすみす他の男にやるのが未だに惜しいのか、大司教たちはそれぞれ部下を付けてデデの客を継続させた。

 つまり“デデを見張る係り”の者たちである。

政変がひと段落したら、自分がパトロンになろうと監視させる部下を付けたのだった。

 

 これがデデにとっては僥倖だった。


 彼等は上司に支持されて『デデに指一本触れてはならぬ!』と命じられていたからだ。


 見張り役たちは皆、命令を守ってダンスとお酌をする程度でデデには紳士的であった。


 ──そうだ、この期間しつこい嫌な客はこない。

 チャンス到来よ、あいつらが宛がってくれた彼等を利用して森への逃亡計画を企てよう!


 こうしてデデは『魔獣の棲む森』へ逃げる計画を実行し始めていく。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ