ジェントルマンと娼婦
※ 9/23加筆修正しました。<(_ _)>
◇ ◇ ◇
春の夕暮れ時、王都の歓楽街にある絢爛豪華な造りの高級娼婦の館。
王都の王族、貴族、あらゆる著名な名士が集う店。
管弦楽団の軽やかなワルツの旋律の中を、着飾った高級娼婦たちとダンスをする紳士たち。
豪奢なテーブル席で娼婦に酒を注いでもらう紳士。
娼婦館といっても一見、上流階級のパーティー会場に見える。
この館は会員制で紹介者がいなければ、金持でも店には出入りできない。無理矢理入ろうとすれば、たちまち強面の男たちが客の体をつかみ、門の外へと放り投げ出される。
いわゆる一見様お断りの店である──。
◇ ◇ ◇
ちょうど楽団の奏でる音楽が終わり、広間の空気が一瞬静寂になったタイミングで、階下に女主人とデデが現れた。
「えっ──?」
「ほお……これは愛らしい……!」
「おお……!」
「なんとまあ!」
口々に驚嘆する紳士たち。
広間にいた殿方たちは、一斉にデデに吸い寄せられるように彼女を凝視した。
美しいレースを重ねた、真っ白なシルクのドレスを身に纏ったデデ。
真珠の髪飾りをとめてアップにした銀髪のうなじが艶めかしい。
細長い首から鎖骨のしなやかさ。胸元には見事なダイヤのネックレスが、シャンデリアの光に反射されてキラキラと煌めく。
きゃしゃな撫で肩があらわにむきだしになってはいるが、胸元には乙女らしい繊細なレースの襟を幾重にも重ねているせいか、豊かで白い水蜜桃のような胸が少し見え隠れする程度で上品だ。
颯爽と現れたその姿は、まるで貴族令嬢が社交界にデビュタントしたような可憐さだった。
とても娼婦には見えない。
デデの内面から漂う清楚と、気品の雰囲気があるせいだろう。
デデたちを見ていた広間の老若紳士たち数名が、そのまま女主人とデデに磁石に引き寄せられるようにぞろぞろと近づいていく。
まるで昆虫たちが、美味しい新鮮な甘い餌を見つけて集るようだ。
「おお、なんて可憐な娘だ、とても娼婦とは思えん!」
「初々しいな、マダム。その子は新しい娘かね?」
「はいそうですわ伯爵。デデといいますの。どうかよしなに可愛がってくださいませ。ほらデデ、皆様にご挨拶をしなさいな」
デデは覚えたてのカーテシーをゆっくりとだが、たどたどしくポーズをとった。
顔をあげたデデの顔は、紳士たちに囲まれても一向に無表情でニコリとも微笑まなかったが──。
女主人は横目でデデを見て、少しだけひきつった笑顔になる。
「オホホ、ごめんあそばせ。この娘は初めてお客様の前に出たものだから少々緊張しておりますの」
「いやいや無理もない。突然、こんなに大勢に囲まれたら誰だって萎縮するだろうよ」
「そうだとも、安心したまえ。デデ嬢、私たちは何もしないからね」
──いや、嘘である。
デデを見つめる彼等の表情を見れば一目瞭然にわかる。
態度は紳士的でも、デデを凝視する眼は異様にランランと輝き、頬は赤く上昇している。
紳士たちは女主人のOKが出ればすぐにでも、デデの肩や腰、豊かな胸を触りたがっている。
女主人は「どうか皆さま慌てないでくださいまし」とでもいうように「ふう」と一息ついてからパタパタと孔雀の扇をはためかせた。
「皆様、最初に申しておきますが、デデは少し前に家族で事故に遭いましてね。そのショックで口が利けなくなりました。とても気の毒な娘ですわ。ただ筆談は書けるので意思疎通は大丈夫ですよ。どうかデデをこれから優しく可愛がってやってくださいまし」
「おお、口が聞けないとは……それは気の毒だな。こんなに美しいのに」
「いやいや、口が利けずとも十分ではないか」
「その方が、かえって神秘的で私はいいな」
「大丈夫だ、私はペラペラ喋る子より静かな子が好みである」
どうやら大方の紳士たちはデデが話せないことに同情して、男性特有の庇護欲が掻き立てられたようだ。
同時に娼婦館の客たちは、狼のように新しい獲物を見つけた高揚感を隠そうとはしない。
そこかしこにギラギラと厭らしい眼で、デデをあけすけにジロジロと見つめていく。
( この男たち、気持ちが悪い──あたしは品評会の羊じゃないわよ!)
デデは彼等を凝視したくなくて扇で顔を隠して、美しいエメラルド色の瞳をそらした。
デデの思いとは裏腹に彼等は一目でデデを気に入った。
一応、高級娼婦館に出入りしている男たちの矜持はあるのか、初対面では“ジェントルマン”のフリをする。
内心、1人1人の胸中には既にこの娼婦らしからぬ純情な娘をどうやって寝屋で乱れさせて、若い肉体を存分に味わい尽くそうかと妄想していた。
紹介の後で気の早い者は女主人に「今夜、寝屋を共にしたい」とデデをご指名する。
「申し訳ありません、侯爵様。この子は大きな声ではいえませんが、まだ15歳ですの。法的には見習いの段階ですわ。10月になれば晴れて成人の16歳となりますので、夜伽は可能となります。ですので今は予約だけ御受けいたしますわ」
「はあ……まだ15歳なのか。若いなぁ、うちの娘と同じ年じゃないか、これはいかがいたしたものか!」
と、中年の禿かかった侯爵が頭にポンと手をやり戸惑いを見せた。
「ワハハハ、侯爵、妻子が嘆きますぞ!」
側にいた若い商会のボンボン風の男が自分の顔にゆびを差す。
「マダム、僕は一向にかまわない。真っ先に頼むよ」
「若旦那様、それはちょっとお約束できませんわ。まだ16歳まで半年近く先ですから、希望人数が多ければ抽選になります。その後おいおいに決定いたしますという事に致してくださいませ」
女主人は口頭では申し訳なさそうに伝えたが、内心は思った以上にデデの魅力は殿方たちのハートを射止めたとウハウハしていた。
──この際、ぎりぎりまで値を吊り上げて大儲けしようとほくそ笑んでいた。
◇ ◇ ◇
こうしてデビューした夜から、デデは瞬く間に王都の娼婦館に通う男たちの噂が噂を呼び、ひっきりなしに客の予約が続いた。
上客とはいっても、まだ見習いの段階なので夜伽をせずにダンスをしたり、広間で食事やお酌を注ぐむ程度までであったが……
それでも、中には酔っ払いのふりをしてデデに無理やり頬にキスをしたり、ドレスの上からドサクサに身体を触る者もいた。
この娼婦館に訪れてくる紳士たちは、高貴な身分といえども一皮剥けば、下賤な飲んだくれた平民の男たちと何ら変わりはない。
性欲のはけ口を求めて女性への快楽を求める王都のブルジョアジーから、お忍びの王族まで様々だ。
客の身分をざっとあげても物凄い顔ぶれだった。
王都の聖教会の大司教、王都で1,2位を争う商会の会長、王宮に属する騎士団長 高位貴族の侯爵並びに伯爵が通ってくる。
既婚者は当たり前。既に何人も妾を囲っている者も多数いる。
表では王都を牛耳る著名な有力者たちばかりである。
更にデデの客の中にはお忍びで来る第三王子すらいた。
彼等は皆一様に着飾った美しい品のあるデデを一目見て虜になる。
まるで何かの魔法にかかったように面白いようにデデに墜ちていく。
当然これらの顧客たちは全員、デデとの夜伽を所望した。
だが前述したとおりデデには寝屋を迎えられない理由が歴然とある。
デデは15歳──。
この国では国民は誰人も住民台帳が記載されなければならない決まりがあった。
デデの村の出生届は両親の氏名と本人の氏名、生年月日の記載があり、王都に娼婦として売られる前に、叔母がアンナをメイドとして家で雇う為に役場に転居届を出してしまったのだ。
奴隷商人から売られてくる異国の娘の年などは誤魔かせても、デデの場合は誤魔かすことはできなかった。
ちなみにデデは10月24日生まれで、くしくもこの国の生誕祭の日であった。
今はまだ5月の中旬。秋にならないと成人の16歳にはならない。
それまでは夜伽はお預けだが、デデは夜な夜な彼等に可愛い玩具にされていく。
ダンスはともかくとして、嫌がるデデに無理矢理お酒を飲まさせたり、体のお触りもますます加熱していった。デデにはそれが何よりも我慢できない。
(もう嫌だ、耐えられない!)
デデは心がバラバラに砕けた──!
15歳の若さにして自分の境遇を嘆き、この世を恨み全てに於いて絶望する。
( この世は残酷だった、大人とは王都の街とは、こんなにも汚い金メッキの剥がれた泥まみれの世界だったんだわ )
──ああ村が恋しいよお。
森が恋しいよおぉ……
山が恋しいよおぉ……
父さん、母さんが恋しいよおぉ……
父さん、母さん、
何故あたしを残して死んじまったの!
2人はあんなに、あたしを守ってくれていたのに!
父さんと母さん以外誰もあたしを守ってはくれやしない!
デデは毎晩一人、ベッドの中で泣き崩れていた。
そうしてある結論をだした。
( こんな玩具のように扱われる場所でもはや生きる意味はない、こんな世界こっちから願い下げだ! )
デデは自らの死を決意した──。