悪の帝王
「悪の帝王の復活じゃあ~!!!」
純白の長い顎髭を緑のリボンで蝶々結びをして一つにまとめる、つるっぱげの老齢男性は、地面に伏せっている三人の人間を見るや否や、両頬に手を添えて叫び始めた。
「ああもう煩いねえ」
『花音』の店の前にて。
奏からの連絡を受けてから三十分後、大きな風船に乗ってここまでやって来た自衛組の一人、呂々爺へ、彼の傍らに立っていた奏は邪魔だからさっさと持ち帰ってくれよと言った。
「ゴーレムなんて珍しくもなんともないだろ。町ではあちらこちらで動いている」
ゴーレム。
自立式の泥人形。
魔法使いの魔法で土に命を与えられ動く。
姿形は魔法使いとゴーレムが相談して決めるので、人間以外にも色々と模る事が可能。
「このゴーレムたちは違うんじゃあ~!!!」
「違っても何でもいいから持ち帰ってさっさと犯人を突き止めて逮捕しておくれよ」
「奏。一体何をしたんじゃ?悪の帝王に狙われるなんぞ。おまえ。魔法使いではなかったじゃろうが」
思う存分叫んで少しは気が晴れたのだろう。
抑えられた声量で呂々爺に話しかけられた奏は、私じゃないよと言った。
「宿泊客だよ」
「ほう。よっぽどの力のある魔法使いなのじゃろう。悪の帝王に狙われるくらいじゃ。しかも、この特別なゴーレムを土に還す暇も与えず、姿形を保たせたまま命を断っておる。ううむ。すごいぞ。どれ。会わせてくれ」
「今は眠っているからだめだ。私も眠いし。さっさと持ち帰って犯人を突き止めて逮捕したら会わせてあげるよ」
「いやだから犯人は悪の帝王なのじゃが。そんでもって、悪の帝王の手がかりを得る為にもその宿泊客に会わせてほしいのじゃが」
「二度も同じ事を言わせるのかい?」
「………わかった。まったく。昼に出直す」
大きな風船に三体のゴーレムを入れた呂々爺は、その上に乗って飛び立って行ったのであった。
「まったく。何でもかんでも悪の帝王に結び付けるんだから。もう何百年も前に悪の帝王なんぞ死んでるってのに。ふわ~あ」
まあ、持ち帰って調べ始めたら、停止した思考も動き出すだろう。
奏はどんどん小さくなっていく呂々爺に背を向けて、店の中へと入って行ったのであった。
(2024.6.11)