映像
頭の中で映像が過った。
パーロット咲き、フリンジ咲き、八重咲き、ユリ咲き。
赤、桃、黄、橙、青、紫、白、緑、茶。
四種類の品種に、九種類の色のチューリップの花束が爆発する映像。
ブチブチブチッ。
その瞬間、己の記憶が引き千切られては、四方八方に飛び散って行った。
頭の中で映像が過った。
その花束を抱えていた男性が爆発の衝撃により、瀕死状態になっている映像。
この男性を助けなければいけないと思った。
この男性を助けられると思った。
何故なら俺は。
「あんた、魔法使いだね。しかも。途轍もない実力がある、魔法使いだ」
バーカウンターに立っていた、黒のバンダナを巻き、白のシャツに黒のエプロン、黒のスラックスを身に着けた恰幅のいい女性店主は、カウンターチェアに座らずに立ったままの日埜恵を一瞥するや、そう言った。
「へえ。俺って、魔法使いなんだやっぱり。記憶がなくなったからさあ。よくわかんないんだよね」
「呪いでもかけられたんじゃないかい?」
「呪い。か」
「ま。力ある者の宿命ってやつじゃないかい」
「はは。そんな宿命なんか、要らねえんだけど。呪いって、どうやって解けるのか。わかる?」
「そんなのわかるわけがないだろ」
「魔法使いだってわかったのに」
「わかるだけ。私は魔法使いじゃないしね」
「そっか。ありがと。そんでさ。ここって宿泊できる?」
「面倒事を持ち込まないなら、宿泊できるよ」
「ないない」
「ならいいよ。地下に部屋がある。台所、浴室、寝台、トイレ。一通りある。勝手に使いな」
女性店主が放り投げた鍵を受け取ると、日埜恵は名前を尋ねた。
「魔法使いに名前を教える。ねえ」
「ああ、嫌ならいいよ。ただ、記憶がほとんどなくなって、スースーするから、詰め込んでおきたいだけだし」
「………まあ、いいよ。私の名前は奏。この店は『花音』だよ」
「ありがと。俺の名前は日埜恵」
深く頭を下げると、日埜恵は店から出て行った。
「まあ。偶には。いいか」
入り乱れる客の中へと消えて行った日埜恵を見送ってのち、奏は独りごちると、客の注文に元気よく応えたのであった。
(2024.6.9)