記憶
『花音』店の地下一階の宿泊施設内の一室にて。
もしかしたら私を狙って花束を爆発したのかもしれません。
コーンスープを全部飲み干して、シャワーを浴びて、寝台の傍らに置いてあった一人用のソファに座った善嗣は口火を切った。
心当たりがあるのか。
同じく一人用のソファに座って向かい合っている日埜恵は尋ねた。
「はい。私が定年退職後に一緒に旅をする予定だったペガサスは、実はもう一緒に旅をする相手が居たそうなんです。ペガサスが生まれてくる前に、母ペガサスと約束していたそうで。ただ、ペガサスが私との旅に行く事を決めて、母ペガサスがペガサスの意思を尊重して、約束した相手にその旨を伝えて謝罪したのですが。どうやら受け入れたもらえなかったらしく。ゆるさないその相手を、つまり私を殺すとすごい剣幕で罵られて。ペガサスたちが暮らす施設の責任者が事態を重く見て、警察に連絡をして。どうやらその約束相手は、ペガサスとの記憶を消されたそうなのですが」
部分的な記憶消去。
犯罪者予備軍及び犯罪者に施される処置。
犯罪を行う要因となる記憶を消去する事で、初犯及び再犯を防ぐ狙いがあるが、効果はあまりなく、初犯、または再犯を行う確率が高く、部分的ではなく、全部の記憶を排除して、人生をやり直しさせた方がいいのではとの声も上がり始めていた。
「警察の話では、記憶を消去された事により、その約束相手はペガサスへの執着もなくなったらしいのですが、実はそうではなく、執着がなくなった振りをしていて、ペガサスを奪った私に復讐する機会を狙っていたのではないかと考えました」
「おまえ。その約束相手と顔を合わせた事はあるのか?」
「いいえ。母ペガサスから話を聞きました。大丈夫だと思うが念の為にと。私はペガサスとの旅行で頭がいっぱいで、浮かれていまして、申し訳ないのですが、ちょっと、聞き流していて。シャワーを浴びている間に、そう言えばと思い出しました」
「はああ。つまり、俺とおまえ。どっちともに、殺害される動機があるわけか」
「申し訳ありません。社長」
善嗣はソファから降りると、床に直接座って土下座をした。
「え?なに?どした?」
「正直、全部社長の所為だと思っていたのです。私はてっきり社長のいざこざに巻き込まれて死にかけて、幼児化したこの身体ではペガサスとの旅行も諦めざるを得ない状況になったと思っていました。絶望感に打ちひしがれる中、社長の所為だと心中で責めてもいました。命を助けてもらったのに、申し訳ありません。社長の記憶がほとんどなくなったのも、花束爆発と何か関連があるのかもしれません。申し訳ありません」
もうペガサスと旅行できない絶望感に打ちひしがれていた善嗣は、日埜恵がサイドカーを走らせて、善嗣がサイドカーに乗っている最中に聞かされた日埜恵の記憶喪失を、早々に頭の隅っこへと追いやっていたのだ。
「いや~でも。おまえの所為かもしれないし、俺の所為かもしれないから。まだそんなに謝罪しなくていいんじゃないか?」
「いえ。社長にすべての責任を負わせようとしました。申し訳ありません」
「あ~はいはい。わかった。わかった。おまえの気持ちは十分にわかったから。もう頭を上げろよ。な」
「はい」
やおら頭を上げた善嗣は、今更ながらに気付いた疑問を日埜恵にぶつけた。
警察は動いているのですか。と。
「あ~。何か、自分で解決しろって言われた」
「えっ?」
(2024.6.12)




