いつか一緒に
ゴールデンウィーク初日
…の前日。夕方桃音は翠の家に行くための準備に取り掛かかっていた。
「…お菓子は持ったし、あとは遊ぶものも持っていった方が良いかな?何が良いかな〜」
クッキーやチョコなどのお菓子をカバンに詰めながら遊び道具も詰め込もうと考える。
「…翠ちゃんて普段何で遊ぶのかなぁ?」
ふと、部屋に置いてある翠のギターに視線を合わせながらそういえば好きな事が音楽という事以外殆ど知らないなと気づく。普段何してるのかそれよりも誕生日とか初歩的な事すら知らない。
「私、翠ちゃんの事何も知らないんだなぁ。これから色々な事知っていけたらいいな、楽しみ」
考えてわくわくしてしまう。何処までポジティブな桃音であった。
ー翌日朝
ギターと荷物を抱えてリビングの方の廊下を通ると母が鞄に荷物を詰め込んでいる。出かけるとは聞いてなかったので桃音は何かあったのかと思いながらリビングに向かい尋ねた。
「あれ?お母さんも出かけるの?」
「友達がちょっとあって落ち込んじゃってね。急だけど行ってくるよ、今日は私も遅くなるかもだから、桃音も友達の家でゆっくりしてきて良いよ。お姉ちゃんも部活で遅くなるし。それにしてもギターか〜」
荷物を入れる手を止めてギターを背負う桃音の姿を見る。
色々やれる事は模索してきたがまさかギターに挑戦とは母は思いもしなかった。
「友達元気になると良いね。ギターかっこいいよね〜。私今度こそは出来るようになりたい」
「うん。頑張ってね」
続いたら良い、出来るようになれば良いと母は願った。
ー街中を歩いていくとかなりの人で賑わっていた。
ゴールデンウィーク、そして観光地として人気があるというのもあるだろう。
そうして人並みを抜けて、まるで別世界のような静かな住宅街に入り翠の家へと着いた。インターフォンを押すと翠の小さな声と共に門が開けられた。
「桃音ちゃん…。開けるね」
「翠ちゃん…!ありがとう〜」
そのまま翠が迎えに来るのを待っていたが残念ながら現れない。
「入っていいのかな?翠ちゃんごめんね、入るね〜」
誰もいない静まり返っている空間に謝罪しながら相変わらず手入れされてない庭を進んだ。
「開けらてもらえる感じがしない、翠ちゃんきたよ〜!」
やや大きめの声で扉の向こうに呼びかけると
ようやく扉が少し開かれた。
「桃音ちゃん……来てくれてありがとう」
翠は桃音をじっと見つめるどうしてか珍しく俯いてはいない。
「こちらこそありがとうね〜!入っていい?」
「いいよ」
翠の後をついて家の中へと入り込む。桃音ひたすら静かな空間に疑問が浮かぶ。
「あれ、今日叔母さんはいないの?」
「お部屋でお仕事してる…」
「そうなんだ?忙しいんだね」
通された部屋は以前と同じくリビングであった。
(リビングか〜。翠ちゃんのお部屋も行ってみたかったけど)
「お菓子いっぱい持ってきたからあとで一緒に食べよう」
桃音がカバンから山のようなお菓子を取り出すと翠はパンダのついたお菓子をひとつ手にとる。
「これ…好き」
「あ、美味しいよね。私も好き〜早速開けてみる?」
翠は頷く。
「桃音ちゃんギター教えてもらいに来たんじゃなかった?」
「叔母さん…!お邪魔してます。あ、そうだった…!」
危うくお菓子パーティーになる寸前で何処からともなく叔母が現れる。背負ったままのギターケースを下ろす桃音。本来の目的を忘れてしまうところだった。
リビングのソファに座り桃音は翠にギターケースを渡す。
「翠ちゃん、よろしくお願いします」
「うん、わからないところどこ…?」
ギターケースからギターを取り出しながら翠は尋ねた。
「最初からー?TABふ?とか?」
「そうなんだ…わかった」
桃音にギターを渡し戻して翠は教え込んだ。
約1時間程かかって桃音はなんとか理解する事が出来た。
「…翠ちゃんの教え方良いから覚えられたよ!ありがとう〜」
「そんな事ない…桃音ちゃんもの覚えいいから」
「翠ちゃん〜〜」
あまりにも優しい翠に思わず抱きつきそうになったが何とか抑える。気安く直ぐ抱きつくなという姉の言葉が過ぎる。
「譜覚えらたから…曲弾いてみる?マーガレットとかだったら覚えやすいかも」
「あっ、あの曲かー!よくテレビとかで聴く。翠ちゃんも好きなの?」
「…私は生きる理由が好き」
「そうなんだ、初めて聞いたかも。今度聴いてみるね!マーガレットの弾き方良かったら教えて」
頷いてから翠は弾き方を教える、TAB譜を覚えたばかりの
桃音にはまだまだ難しかったようでそこからまた約1時間ぐらいの授業の成果はあまり思わしく無かった。
しかし、鼻唄混じりで弾きながら楽しんではいた。
「うーん、やっぱり難しいね…」
「ゆっくりで大丈夫。…あまり思い詰めると嫌になっちゃうから…楽しいと思えれば」
何処かバラバラとした翠の言葉だったがしっかり桃音には通じた。
「うん、楽しみながらやっていくね」
「うん、それで…出来るようになったらもっと…楽しくなるから」
(翠ちゃん本当に音楽が好きなんだな…どうしよう)
ここで桃音の心にはひとつ欲望が生まれてしまった。
…翠のギター弾いてる所が見たい。
参考にしたいのもあったが、ギターを弾く翠はどんな感じなのか気になった。打ち明けるべきか悩みしばらく静かにしていると翠が心配そうに顔を覗きこむ。
「桃音ちゃん…大丈夫?」
「あ、ごめんね。…翠ちゃんがギター弾くところ見てみたくて」
「うん、いいよ…。なんの曲が良い?」
結局、桃音は流れに乗るように打ち明けてしまったが
意外な事にその返答には迷いも無くあっさりしたもので。
「ありがとう!曲はなんでも大丈夫〜」
「わかった…」
テーブルを挟んだ桃音の正面に立ちスマホでオブシディアンの曲を再生する。
小さな身体でギターを抱える翠の姿は危なっかしくも見えたがその考えは直ぐに消え去る。
「すごい…!」
割とテンポの速い曲だが、翠はスラスラと指を動かして演奏していく。
演奏に圧巻され、そして見た事無い翠の姿に惚れ惚れとしてしまう。いつもとは明らかに違う。何かが。
(カッコいい!こんなにすらすら弾けるなんてすごい。…それに普段は可愛いのに、ギター弾いてる時はすごくカッコいい)
脳内が騒がしさが収まらない中やがて演奏が終了する。
「すごい、かっこよかった!!」
「…ありがとう。良かった」
桃音が拍手をして感動を伝えると翠は座り込んだ。
駆け寄るとすごい汗だった。
「翠ちゃん!?大丈夫…!?」
「…ちょっと疲れたかも。ママとパパとお姉ちゃんの前でしか弾いたことなかったから…」
動画でも弾いてる姿は映していなかったから
やはりそういう意味でも桃音が初めてなのだろう。
桃音は翠の初めてになれて少し嬉しい気持ちになった。
「そうだったんだね。翠ちゃんありがとう〜!」
言いつつ桃音は手を差し伸べる翠はその手を取りゆっくりと立ち上がる。
それから2人は休憩を取る。
向かい合う形では無くソファに並んでお菓子を食べ始めた。
「お菓子美味しいね〜」
「うん…」
次から次へと色々なお菓子を手に取る桃音
一方で翠はパンダのお菓子に集中している。
「翠ちゃんにギター教えてもらって、演奏も聴かせてもらったから私翠ちゃんにお礼したい。何かして欲しいこととかあるかな?」
「…とくには…あっでもある、良い?」
「うん、いいよ〜言ってみて」
「…桃音ちゃんの歌ってるとこみたい、さっきギター弾い時歌ってたからちょっと気になった…」
「全然良いよ、あでもどうしよう?カラオケとか
行かないと難しいかなー」
「…ちょっと待っててね」
翠はリビングから出てやがて正方形の物とマイクを抱えて戻ってきた。
「もしかして、ゲーム機?」
「うん…お姉ちゃんの借りてきた」
ゲーム機にあまり親しみのない桃音はどうしてゲーム機を持って来たのか疑問に思ったが
翠が画面を付け操作して映し出されたソフトで漸く理解することが出来た。
「そっか、ゲーム機でカラオケ出来るんだ…⁉︎」
「…そう」
「すごい、面白そう〜!あ、でも私ゲームあんまりした事ないから操作とか教えて?」
「わかった…いいよ」
翠はゲームの操作方法を教え込む。意外とものの
数分で理解する事が出来た。
「…ありがとう。聴いてみたい曲とかあるかな?」
「桃音ちゃんの好きな曲で良いよ…」
「じゃ、オブシディアンの…でもユナちゃんみたいにカッコいい声出せる気がしないなー。うーんあっ最近流行ってるあの曲にしようかな?」
選曲したのは難易度が高いと言われる曲だったが、難しさなどでは選んでおらずそもそも桃音はそれを把握していなかった。
ただ歌ってみたいという軽い気持ちで選んだのだが…。
ー
「楽しかったー。私の歌どうだったかなー?」
歌い終わって翠に感想を求める。
「…良かった。桃音ちゃんの声…可愛いくて
優しくて、すごく…良い。それに難しい曲なのに歌いこなせてて、すごい」
「本当に…⁉︎私そんなに褒められた事ないから嬉しい」
「本当だよ…。桃音ちゃんならボーカル…でも良いかも」
「そこまで⁉︎…うーんでもボーカルか、確かに良いかも。楽しそう!…部活はもう他の誰かやってるかもしれないから、機会があったらやってみたいな〜」
「…頑張って」
それから叔母の作ってくれたお昼ご飯を食べ
少しギター練習を再開したり充実した時間をすごし
16時を少し過ぎた頃。漸く帰るために桃音は玄関へと向かった。翠も同行してくれた。
「今日は楽しかったよ。ありがとう〜。本当に、ギターまた借りちゃって大丈夫?」
背中には今朝と同じようにギターを背負っている。
また借りて良いと翠が自ら言ってくれたので言葉に甘えたが。
「うん…大丈夫」
承諾されて前々からあった嫌な予感が増した桃音。とうとう気になっていた事を聞き出した。
「…翠ちゃんは音楽辞めない…よね?」
少し間があって翠は切り出す。
「……実は辞めたい気持ちもあった…。でも桃音ちゃんが前に私の作った曲好き…って言ってくれたから…続ける」
「良かった〜!嬉しい!…私、翠ちゃんと音楽やりたい。良かったら、翠ちゃんも音楽部入らない?」
「私は…クラスにも行けない…から部活は難しいかも」
「そっか。でも部活じゃなくてもいつか」
負の感情に圧されてしまう。心に雲がかかるようだ。でも本当は…
(…私も出来るなら桃音ちゃんと音楽…したいよ)