友達の一歩目
「う〜ん、どうしよう」
桃音は1枚の用紙を前に悩んでいた。
リビングのテーブルでボールペンを握ったまま何も書き出せずにいる。用紙の横には食べかけのショートケーキ。
甘いものを食べれば良い案が出せると思ったからだ。
(口実ではない)
「うわっこわ、桃音が悩んでる!」
「酷い〜私だって、悩む時ぐらいあるよ。たまに」
リビングを通りすがりった姉は珍しく悩んでいる桃音に
ドン引きした。だがどうやらほんの少しだけ真剣そうだなと察して桃音から用紙を奪う。
「なるほど部活か。あ〜得意な事が無いから部活が決められないってわけか」
「そうなの。なんか良い案無いかな?」
「案とかなのか?あんたまだやってない事があるって言ってたじゃん。だったらまだやってない事してみたら?」
「そうだね、ありがとう!」
桃音は自分を取り戻したようにはっとする。
思わず立ち上がって姉の手を握る。
「こわいわ!はい用紙。で…。え〜」
「思い切って運動部も良いかも」
姉は桃音が急足で書いた部活希望を見て思い切ったなと
今後の責任をどうとろうか悩み始める。姉は小学校の時運動会の100メートル走で5人中毎度4番目なのを思い出した。
「翠ちゃんなら、音楽部なのかな〜」
書き終えた用紙を見ながら独り言のようにつぶやいたが
姉は聞いていたようで(独り言にしては声量が大きかったのもあり)
「友達?」
「うん。新しくできた友達!自分で音楽作れてすごいの!
でも入学式以来来てないんだよね。体調悪かったみたいだから心配」
「1週間もたってんじゃん?」
姉は壁のカレンダーを見て日数を数えた。
「そうなの。大丈夫かな?」
「心配だったら先生に聞いてみたら?」
「確かに!明日早速先生に聞いてみよう!ありがとうお姉ちゃん何から何まで」
「何か桃音にお礼言われると引くわ」
「なんで!?」
ー翌日学校にて
部活の申請書を提出しに桃音は職員室へと向かった。
担任の若い女の先生は用紙を受け取り何故か深いため息をついてからおっとりした口調で桃音に問う。
「あー陸上部か〜。経験あるの?」
「え〜と無いです!新しい事初めてみたくて」
「それはいいことね。でもうちの学校の陸上部かなり厳しいのよね。経験ないと難しいかも」
「厳しいんですか?う〜ん。もう1回考え直します
」
そう桃音が言うと担任は用紙を返却する。
「ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です!まだ道はありますから。あ、ひとつ聞いても良いですか?部活とは関係なく翠ちゃんの事なんですが…。ずっと学校に来てないのですが体調大丈夫ですか?」
「えっ、一ノ瀬さん…?…う〜ん、久野さんになら言っても大丈夫か。一応来てるけどね。別室にいるの」
「え、そうなんですか⁉︎」
「……一ノ瀬さんに確認して大丈夫だったら会ってみる?」
「お願いします…!」
まさかの事実とまさかの提案に桃音は驚きや戸惑いもあったが 久しぶりに翠に会える可能性が出て来て嬉しい気持ちだった。むしろ嬉しい気持ちの方が占めていた。
その日は結局会えずに学校は終わってしまったが
翌日、朝のホームルームが終わり担任に手招きで呼ばれる桃音。
「教室の外に行きましょうか」
「はい」
担任は呼ばれた桃音を見る友達の視線を感じ教室を出ることを提案。僅かに歩いたところで話し始める。
「一ノ瀬さん、会ってもいいって言ってたわ。職員室の横にある使われてない部屋にいるから」
「ありがとうございます!今から行っても大丈夫ですか?」
「え〜と次の授業まで10分ぐらいか。良いわよ」
話し終え承諾を得た桃音は使われてない部屋へと向かう。
本当に存在を忘れたような部屋だった。
奥行きの広い真っ暗な通路に扉がひとつあった。
「翠ちゃん〜来たよ〜!」
ノックして数秒後扉が重々しく開けられる。そこには翠の姿があった。桃音をじっと見上げる。
「久しぶりだね〜。体調大丈夫だった?」
「うん…。体調は大丈夫」
「そっか。良かった」
中に入りつつ翠に問いかける。部屋自体も暗い印象だったが窓からの日差しが差し込み明るい。外からの波の音が時折聞こえる。
そんな部屋には四角いテーブルと資料が山積みに置かれてあった。そして何故か放り投げられたように置かれたパイプ椅子が数個。
「私も座っても良い?翠ちゃんとお話ししたい」
「うん。いいよ…」
桃音は翠の向かい側に椅子を設置して座りながら問う。
「翠ちゃん教室には来ないの?緊張しちゃう?」
「…ちょっと違うかも」
「そうなんだ。他の理由があるんだね…?」
翠が俯き加減で少し辛そうな声色だったので
深入りしない方が良いと桃音は別の話題を振ろうと考えたねかだが意外な事に翠は理由を打ち明けてくれた。
「…私、小学生の時学校行けなくなって。…人が怖くなったから…。その気持ち変えらなかった」
「そうだったんだね…。話してくれてありがとう」
「自分を変えたくて、前住んでたところ離れて伯母さんのとこに引っ越してきたの。でもダメだった」
「翠ちゃん、ダメじゃないよ!まだまだこれから変えていけるよ。ね、翠ちゃんには私がいるから」
「…ありがとう…桃音ちゃんなら本当に…」
翠は言いかけて言葉を止める。次の言葉を待ったが
悲しいことに別れのチャイムが鳴り響く。
「教室戻るね。また来てもいい?」
「…うん」
「ありがとう!またね」
手を振る桃音に、翠は小さく手を振り返した。