それぞれ
朝一番で別室へと桃音は向かった。今日から教室に行くと決意した翠を迎えに行く為だ。
「翠ちゃん、おはよう〜!」
挨拶をしながらノックすると直ぐに扉が開かれ翠が姿を現した。
「桃音ちゃんおはよう…。迎えに来てくれてありがとう」
「じゃ、行こうか!」
「うん……」
桃音は翠の手を繋いでから暗闇の廊下を歩き出した。
少しして通路を抜けると別世界のように明るく、談笑する楽しそうな声もその雰囲気を一層引き立てていた。
(翠ちゃん大丈夫かな、緊張しちゃわないかな?…何か
お話ししたらちょっと緊張和らぐかな…あ、そうだ!)
「気になってたんだけど、音楽部はバンドするんだよね?」
「うん」
「ポジションって決まってる?」
「…桃音ちゃんはボーカルが良い。…ギター出来るように
なったらギターも」
「ありがとう。ギター頑張ろう〜!…翠ちゃんは」
翠のポジションを問う。しかしその応えはお預けにされた。
通りかかった桃音の友達に話しかけられたからだ。
「桃音ちゃん、おはよう。聞いてよ昨日さー」
「◯◯ちゃん、どうしたの!?」
つい桃音はいつものように話し込んでしまう。時間にして5分ほど。その間に離れそうになる手を桃音は握り返す。
「ごめんね、翠ちゃん」
話し終えて桃音は直ぐに謝る。翠は何か考えていたのか少し間があったのだが
「……大丈夫」
いつも通りの答えだった。
やがて教室へと辿り着くと翠の事を注目する生徒はそれ程いなかった。みんな談笑に夢中だったからだ。
席へと向かう……
「桃音ちゃんおはよう。……あっ、一ノ瀬さん来たんだ」
するとまゆがやって来た。事情を知っているから
翠を見てまゆは何処か戸惑いを隠せなかった。
「体調大丈夫だった?」
そう言ったのは後からやって来たるなだった。まゆとは違い気さくな態度をとる。るなは事情を知らないのである。
「……うん…大丈夫」
「そっか。一ノ瀬さんってなんか大人しそうだね。あ、チャイム」
2人は手を振り自分の席へと戻っていく。
「ごめんね、色々あってまゆちゃんには別室にいた事話しちゃった」
「…そうなんだ。……大丈夫」
朝のホームルームでは5月下旬に行われる。遠足の事についてなど担任が説明した。
翠はクラスに行く事を予め説明してたので少し翠の方を見ただけでホームルームが終わった後も特にクラスに来た事は何も言ってこなかった。
「1時間目の授業は数学だね」
言いながら桃音は机から教科書を取り出す。その様子を見ながら翠も教科書を取り出した。
「桃音ちゃん面白い話しあるんだけど2組に来て!」
「わかった、行くね!翠ちゃんも一緒に行く?」
立ちながら翠へと尋ねるがやや俯きながら首を横に振る。
桃音は置いていくのは不安だったが無理に連れて行くわけにもいかないので翠を置いて2組へと向かった。
ー
話し終えて急足で教室へと戻る。
(翠ちゃん…いなくなってないかな?)
思い出すのは入学式の事だった。あの時は教室へと戻ると
翠の姿が無かった。また同じようになるかもしれないとふと頭をよぎってしまう。
「翠ちゃん…良かった、居てくれた!」
翠は顔を隠すように教科書を開いて見ていた。
「教科書、読んでたの?」
息を切らしながら問いかける。翠は桃音を見て頷いた。
1時間目の数学の授業が始まる。
翠は他の生徒と変わらない様子で真面目に授業を受けていた。
(姿勢良いなーそれになんか凛としてて可愛い〜!)
桃音は時折その様子を見ては見惚れていた。おかげで
「……じゃあこの問題。久野さんに解いてもらうか」
年老いた男性教師は声を震わせながら言った時漸く集中力が戻る。しかし時はすでに遅し。
黒板を見るも全く解答が分からなかった。
「う〜んわかんない」
「………◯◯だと思う」
「…えっありがとう!?」
翠は少し桃音を見て小声で解答らしきものを告げられ
驚きつつ桃音は席を立ち上がりそのまま黒板へと向かう。
そして翠に教えられた解答を書き始める。
「……正解」
あっさり解いた桃音に
年老いた教師は何処かつまらなそうだった。
「……翠ちゃんありがとう!すごいね」
「うん。……前にお姉ちゃんに教えてもらったところだったの」
「そうだったんだ!」
1時間目の授業が終わり休み時間へと入るとまゆがやって来た。
「桃音ちゃん、更衣室行こうー!…一ノ瀬さんも」
「うん!翠ちゃん次体育で更衣室で着替えるから行こう」
桃音は立ちつつ翠に手を差し伸べる。
「うん……」
翠は手を取りゆっくり立ちあがる。
ー
廊下へと出て歩みを進めているとまゆが先程の
数学の授業について話題を振ってきた。
「桃音ちゃんさっきの問題よく解けたねー」
「実はあんまり聞いて無かったから危なかったんだけど、
翠ちゃんに教えて貰ったんだ〜」
「えっ、一ノ瀬さんが!?すごいね…」
「ね、すごいよね〜」
2人の会話に翠は首を横に振る。
それから少し歩き更衣室へと到着する。更衣室にはロッカーがあるわけでも無くただの空き教室という感じだった。
「あんまり人いない窓際の方どうかな?」
桃音が窓際の方を指差して翠とまゆに確認すると
2人とも同意したので窓際の方へと向かった。因みにしっかりカーテンは閉められている。
「まゆちゃん、桃音ちゃん〜!…一ノ瀬さんも」
丁度着替え終えた所で前るながやって来た。
「るなちゃん。見つかった?教科書?」
まゆは遅くなった原因でもある教科書を探していたことについて問う。
「うーん無かった。ま、仕方ない。家も探してみるよ。
…一ノ瀬さん髪ぐちゃぐちゃなってるよ」
「本当だ、着替える時服引っかかっちゃったのかな?」
桃音はそっと手で触れる。
「そうだ!私くし持ってるよ。……あ、ついでに髪結ってあげる。やりやすいでしょ?良いかな?」
「…うん、大丈夫……」
「よしっ」
るなは着替えも後回しにして体育袋の横に置いていた
ポーチからくしと髪のゴムを取り出す。
そして翠の背後に立ちぐちゃぐちゃになった髪を優しく溶かしてから結い始める。
「髪綺麗だね〜、いいね」
「…うん」
翠の視線は親を見る子のようにじっと桃音を見つめていた。
「はい、出来た!どう?」
「すごい〜!!可愛い〜〜〜!」
やがてポニーテール結びが完成した。
「うん、確かに可愛いけど…(桃音ちゃん思った以上の反応だな。もしかして私の腕前がよかったのかな!?)」
ポーチから鏡を取り出しつつ結い終えたポニーテールヘアーの感想を尋ねると思った以上の反応に自信が湧いたるなであった。
「よし、次は本人の反応だ。見て見て」
渡した鏡を受け取り翠はまじまじと確認する。
「…いい。ユナちゃんみたい」
「ユナちゃん?誰?友達?」
「…好きな歌手」
「へー芸能人とか好きなんだ!あんまそういう感じしなかったから意外。あっ…そろそろ私も着替えなきゃ」
ーグランド
「…今日は持久走で」
やや怖い雰囲気を惑う体育教師が言いかけた瞬間静かに座っていた生徒の間にブーイングが起こった。
「静かに!!グランドから河川敷に行って帰って来るように」
「持久走か。一ノ瀬さん身体良くなったばかりなのに大変だね?無理しないようにね」
「…うん」
るなは体調が悪くて翠がクラスに来れてないと思っているので心配そうな様子だった。
しかし裏腹に
「桃音ちゃんあとは任せた」
いざ持久走が始まると先頭で走り去っていく。
「るなちゃん足速いからねー」
「ね、運動得意だし、部活入ってないのもったいないよね。…翠ちゃん大丈夫?」
翠を見ると胸に手を当てて俯いている。
「…ちょっと不安…かも」
「一緒に走ろう!」
「いいの…」
「うん」
「じゃあ私先に行ってるね、るなちゃんに追いつく!」
まゆは2人に手を振り走り出す。
「私達も行こう」
「うん…」
翠はゆっくりと走り出す。桃音もそれに合わせる。
周りには段々とクラスメイトが居なくなっていた。そしてとうとう誰もいなくなった。
「…ごめんね。私のせいで」
河川敷に差し掛かった所で悲しそうに謝る。
「楽しいよ、私は!翠ちゃんと一緒にいれて」
桃音の笑顔は眩しかった。まさに光。
「…ありがとう…」
河川敷を抜けた先の木陰ではクラスメイトがばてて座り込んでいた。桃音は立ち止まり話しかける。
「◯◯ちゃん大丈夫?」
「あー桃音ちゃん!ちょっと飛ばしすぎた。桃音ちゃんは息切れてないね?」
「うん、ゆっくり来たから」
「それが正解だったかも。休んでからいくね」
「わかった。無理しないでね」
手を振るとクラスメイトも手を振る。
「ゆっくり走るのも正解だったかもね」
「…うん」
再び走るのを再開し桃音は笑う。
…その後も何人か途中で休んでいた。
「おー良かった、無事に来たね」
先頭を走っていたるなは全くばててる事も無く爽やかに
翠と桃音に呼びかける。
「るなちゃん!一番目?」
「うん、私一番目だよ〜!」
「すごい、流石だね。あれ…まゆちゃんは?」
「あそこで休んでるよ」
るなが指差した方向を見るとグランドの端っこの程で
体育座りでクラスメイトと話してるようだった。
「無事に着いてよかった」
「ま、今回も私に追いつけなかったけどね」
るなは笑う。勝者という感じだ。
ー体育の授業が終わり教室へと戻りかけたところで
「…ちょっと疲れちゃったかも」
翠は繋いだ手をぎゅっと握る。
「大丈夫?保健室行く…?…別室の方が良いかな」
「…保健室行く…」
「わかった」
持久走で余程疲れているのか、翠はいつもよりもゆっくりと遅い歩みで保健室へと向かった。
ー保健室
「翠ちゃん〜!?久しぶりね。どうしたの?」
「…体育で疲れちゃった」
「そうなんだ〜。授業頑張ったのね。ベッドで休む?」
「…はい」
担任から聞いているのか翠が授業に出た事について保健室の先生は驚く様子は無かった。
桃音はベッドに向かう翠を見つつ戻ろうかと考えていたが。翠は僅かに振り向く。
「…桃音ちゃん。あの人に本当の事言って良いよ…」
「るなちゃん?」
「…うん。本当は学校行けなかったからクラスに
行けてなかった事話して良いよ」
「わかった、話してみるね。翠ちゃん、ゆっくり休んでね」
「…うん」
教室に戻りるなの席へと向かうと机の上に化粧品を並べていた。
「先生に怒らない?」
隣の席のまゆはそれを眺めながら心配そうに尋ねたが、 るなは軽い感じで応えていた。
「学校では付けないしコレクションで持ち歩いてるだけたがら大丈夫でしょう。あ、桃音ちゃん。一ノ瀬さんどうだった?」
「うん。ちょっと休んだら良くなりそうだよ。…それでね
るなちゃん大事な話しがあるの」
「えっ、何…?」
何となく廊下へと出て踊り場の窓際に辺りで話を進める。
体調悪くてクラスに来れないわけでない事、前の学校で嫌な事があってクラスに行けなかったこと、今まで別室にいた事全てを打ち明ける。
「ふーんそうだったんだ。色々大変だったんだね。話してくれてありがとう」
るなは重く受け止めるでも無く軽い感じで答える。打ち明けたことに対し無感情にも思えたがそれとはまた違うのだろうという事は次の言葉で分かった。
「仲良く出来るかな。大人しいけど面白そうな子だったよね。…芸能人の話ししてる時とか楽しそうだったもん」
「出来る!ありがとうるなちゃん。そうユナちゃんの事大好きだからね」
「次来た時はもっと話そうかなー」
「うん!」
その日保健室で休んでいた翠は早退した。翌日また来てくれるのか桃音はもちろんるな、まゆもそれぞれ気になっていたのであった。