得意な事が無いけれども…
「桃音ってイマイチ得意なことないよね」
桃音の中学校入学のお祝いとして食卓ですき焼きを囲んでいた時の事だった。姉が唐突に指摘した。
4歳上の姉で性格はやや厳しい。
「う〜ん。そうだね!大丈夫だよ。これから見つけていけるよ」
そんな姉からの指摘はどこ吹く風。あっさりと認めて
特に気にする様子もなく桃音はすき焼きを食べすすめる。
「あっさりと認めた。しかもそれを自分で言うのか?」
姉は呆れたが、桃音ももちろんそれまで自分に得意な事がないのを一切気にしたことがないわけではない。
しかしその度にポジティブ故か先の未来できっとできることが見つかると希望を持ち乗り越えていたのであった。
ーその夜桃音の部屋にて
「それでね、うんうんそう。ね〜同じクラスになるといいよね〜。うんまたね」
桃音は電話切る。そしてすぐに次の友達へと電話をかけた。
「そうそう。うん。そこのスイーツもいいよね!…あれ?お姉ちゃんどうしたの?」
最中部屋の扉が開けられたのに気付きそちらを見ると姉が固まるように立っていた。そして少し呆れたように
「辞書、貸してた辞書」
手をくいくいさせながら辞書の返却を要望した。
桃音は電話口の友達に誤ってからスマホを一度置き
机から辞書を取り姉へと渡した。
「いいかげん寝たら?もう11時だよ(夜の)」
「うん、あと◯◯ちゃんと◯◯ちゃんに電話したら寝るね」
「友達いすぎだろ…」
辞書を受け取りつつドン引きする姉。
結局電話を終えたのは12時(夜の)を過ぎてからだった。
全ての電話を終えいよいよ布団に入り寝るというところで
あることに気づく。
(そういえば消しゴム無かったんだ。明日買いに行かなきゃ。…そうだせっかくだから駅前のデパートに行こうかな。そこでスイーツを食べて…)
桃音は枕元のスマホに手を伸ばしデパートのサイトを開いた。
(そういえば大きいケーキもあるんだよね。…あ、新しく出来たお店もいいなぁ)
…その日は結局就寝時刻が2時を過ぎた。
翌日の早起きは絶望的に思われたが。
「よく寝た〜。9時か。良い時間」
スマホで時刻を確認し満足しながらベッドを降りる。
眠気はやはりあったがスイーツ欲の方が勝っていた。
朝食を食べ着替えを済ませて肩まである桃色の髪を二つ結びに結う。
「うん。髪型も良い感じ」
リビングの鏡で確認していると洗濯物のかごを抱えた母が通りかかる。
「あれ?出かけるの?」
「うん、駅前にスイーツ食べに!(あれ、なんか別の目的があったような)」
「明日入学式なのにのんびりしてるね〜ま、良いか。緊張してるよりはね」
母親は片手で桃音の肩を軽く叩く
ややのんびりしているがそれが桃音の良いところでもあると感じていた。
街中に出ると並木道には桜が咲き誇っていた。
何本もあるそれは綺麗で桜の下では写真撮影をする人や
足を止めて見上げる人など様々な人を魅了していた。
(春はいいな。温かいし桜も綺麗…そして何より食べ物が美味しい。屋台の…!)
並木周辺には少し屋台が出ており惹き込まれそうになった。しかしなんとか抑える。スイーツの為だ。
やや急ぎ足で(誘惑を抑える為に)でデパートへと桃音は向かう。
…数分後
無事に目的地でスイーツを堪能する事が出来た。
(…う〜ん美味しかった!我慢してよかった〜。まだ11時か。この後特に予定も無いしデパート見て回ろうかな)
スイーツの店を出てスマホを確認する。
急ぎ足のお陰か思ったより時間が立っていなかった。
(どこ行こうかな…?…うん?)
あちらこちらの店を横目で見ながら通り過ぎる。
そんな中ある女の子の姿が目に入った。小学生くらいだろか小さな女の子だった。
ウェーブがかった腰ぐらいまである銀髪が綺麗だった。
顔は横顔なので顔の容姿はあまりわからなかった。
じっと店前の張り紙を見つめている。
(何見てるんだろ…)
桃音は思うと同時に身体が動くそしていつのまにか
女の子の隣に並んでいた。
「へー作詞コンテストかー!」
張り紙を確認した桃音が元気よくそう言うと
女の子は怯えるようにして体を震わせた。桃音の存在を、確認してから横に一歩ずれる。
「あ、急にごめんね。なんか気になっちゃって。これ応募するの?(え〜この子…可愛い…!すごく顔立ち良い)」
俯き加減で桃音を見上げる女の子。桃音は女の子の
可愛いさに少し惚れ惚れした。お人形さんみたいな女の子ってこういう子なんだと感じた。
「…しない」
今にも周囲の雑音にかき消されそうな声で女の子は応える。体はまだ震えていた。桃音はその時姉からの言葉を思い出す。
あんたは誰に対してもグイグイいきすぎ
いつだったかそんな風に姉に忠告された。
…反省。
「ごめんね〜!!急に話しかけてしまって。怖がらせちゃったよね」
少し間があったが女の子は首を振り大丈夫と先程と同じようなに消されそうな声で応えた。桃音は安堵すると
共に優しい子だとどこか感じた。
「…自信ない…上手い人はいっぱいいるから」
女の子は壁の張り紙に視線をまた向ける。
「そうなんだ。えっでも作詞出来るのってすごいよー!…ね、どんな詞書いてるの?あっ、ごめん私また〜」
騒がしくひとり慌てている桃音に女の子は首を振ってから
スマホをカバンから取り出し操作を終えてから桃音に渡す。
そこには動画サイト内のチャンネルが映し出されていた。
「もしかしてこれあなたのチャンネル!?すごい…!」
「…再生はここでしないで。恥ずかしい」
「うん、わかった!教えてくれてありがとう!帰ったら見てみるね」
桃音はスマホを持ちそのまま去ろうとしたが
「…ってこれあなたのスマホだった〜!ごめんね〜」
「大丈夫…」
女の子のスマホを持ち帰ろうとしていた事に気付き慌てて返却した。
ーその夜 桃音宅
自宅の部屋で改めて女の子の動画をスマホで再生した。
動画は自作の歌詞を音声ソフトが歌っているものであった。
(すごい…!こういう感じでプロになる歌手も結構いるんだよね)
女の子の作成した曲はあからさまな明るさ無く、暗さの中に希望を見出してるような曲であった。
(素敵な曲だ…。きっと人気なんだろうな〜。えっ、再生数13!?)
その後一通り動画を再生し、アクセス数も見る。一番多くても30前後だった。
…人気はなかった。
(う〜んなんでだろう。こんなに良いのに。それにしてもこれは自分で弾いてるのかな?弾いてみただから本人かな?クマのぬいぐるみが置かれてるだけだからわからない、あとこのクマ何処かで見たような…)
音声ソフトが歌っている動画の他に5本ほどギターを
弾いている動画がアップされていた。
本人かどうか困惑したのは、映し出されていた映像が
何処かの部屋にクマのぬいぐるみ(だいぶボロボロになっている)が置かれた静止画だったからだ。
(オブシディアン弾いてみた。…オブシディアンってなんだろう?それにしてもすごいな)
確かに心に残るものを感じでいた桃音。
だからこそ再生数と…コメント欄も納得いかなかった。
数少ないコメントだったが
◯歌詞が暗すぎる
◯良くも悪くも無い
◯つまらない
批判のみであった。
「これは、酷すぎる〜!!」
思わず怒りを叫ぶと何処からかうるさっという姉の声が聴こえてきた。
「…ちょっと冷静になろう。…うん。そうだ…!」
ー女の子宅
(…コメント来てる?)
女の子は動画のコメント欄を開く。批判だと
思ってはいたけれどほんの少しだけ希望を抱いてしまう。
「えっ…?」
◯すごい良い歌でした!心に響きました。
これからも応援しています
女の子にとって初めての応援コメントだった。