現実逃避 イン ゲーム
この縄に首を通せば、簡単に人生が終わるのだろ。
シャワシャワとセミがうるさいある夏の日である。
借金だってない、寂しい思いをしているわけではない。親のお金で大学にも通わせてもらっている身である。
しかし私は今年の最高気温を更新した今日に死のうと思った。
理由なんて大してない。ただ漠然と私は死んだ方がいい人間なのだろうと思うことが多くあったくらいだ。
それを感じる時だって、仕事でミスを重ねた時とか、友人との会話がかみ合わなかったりそんな些細な物だった気がする。
両手に握りこんジッと見つめていた縄をはなしそうになる。
少し昔の事を思い出しても、本当に些細なことだった。バイトで怒られたのだったらやめればいいし、友達なんて今はごまんと作れる。
そういう事ではないのだ。昔の経験が私を駆り立てるのでない。あの時の少しの絶望が苦しかった、それが私をこんな場所に私を連れてきたのだろう。もう二度とみじめにならないように。
振り返ったとき何ともない小石でも、目の前にあると人をいとも簡単に苦しめる壁に変身するのはこの日本でも珍しくないことなのだろう。
強く、強く、縄を握る。
決心が切れないうちに。それがどれだけ後ろ指さされるような行為だとしても、変にすねた私からしたらなんとなく誇らしく、少し胸がすく思いだった。
心臓がだんだんと主張を始めた。
本能が死を恐怖し、手が震えてくる。
だけど動きだけは止まらない、むしろまっすぐと言って程よどみない動きであった。
縄を頭にくぐらせる。
脈拍が狂ったように鳴り出す。
首に縄が軽く当たる。その瞬間、私は足もとの椅子を蹴り飛ば───
────
「うわー…ここまでかぁ、さすがに親ガチャ外れじゃなかったと言え、さすがに運悪すぎ…」
私はヘッドセットを外しカプセル型のフルダイブVR機器からゆっくりと状態を起こし機器から出た。
そこにはシューティングゲームを楽しんでいる友人の姿があった。
友人と目線を合わせるとホログラフを停止させいつも通りの笑顔でほほ笑んだ。
「お疲れさん、まあまあ悪くなかったんじゃね? 『日本』なんてイージーすぎるでしょ。アフリカ系の国に生まれて上位数パーセントになっても得られるスコアは断然日本の方がが多いんだから。今ので最高点の半分だぜ?」
「二十年も生きてないのにちょろいなー」
そう言って我々はげらげらと笑った。
フルダイブ型VRが普及した現在、この世界ではあるゲームが大流行している。
『LIFE』とだけ銘打たれたこのゲームは『地球』と呼ばれる発達段階の原始惑星を生き抜くというものだ。
ジャンルはいわゆる箱庭ゲーで、『地球』で生活をしでより多くの『幸せ』を獲得できるかを競うゲームである。
マップ上にいるNPCの数はなんと数十億を超え、その中の一人として生きていくというものだ。
原始惑星系のゲームにしては珍しく、我々が使っている拡張機能が使えないという不便さがあるものの作りこみが最近のゲームの中でも段違いである。
そして何より、このゲーム最大の特徴であるのが、『記憶保持』の制限である。
『LIFE』の中には我々の記憶を持っていくことができない。自我を一度保存しまっさらな状態で生活しなければいけないのだ。
ゆえに生れなおした自我と共に生きていくしかない。
ハイスコアをとるコツはできるだけ先進国と区分けされている所属を引き、その中の経済圏でできるだけ活躍している人の下で生まれることだ。
その元だと病気になりにくかったり、他者とのステータスを比較した際、『幸せ』を感じる機会が多くなる。
「いや~『日本』所属でもキツイね~。『日本』に生まれても、生きる日数が少ないとスコア上がんないよな~」
「まあそうだよな、所属場所が優れたったってキャラではずれ引いちゃおしまいよな…。てか今回の死因てなんなん?」
「原因は自殺なんだけど…なんだっけ、貸した労働がキツイ訳でも、自殺を強要されるような環境でも…」
「え? マジで謎じゃん。先進国系の組織ってそこらへんでバランスとってるんかな」
友人は私の話を聞きそう答えた。時間を数千倍に圧縮できるといえども、なかなかモヤっとする終わり方を迎えたせいでどうも二回目のプレイにやる気が出ない。
そんな私を見て友人はやれやれといった表情であるものを渡してきた。
「ナニコレ?」
「課金アイテムだよ。これ成長段階で一定期間を経たずにゲームオーバーした場合、ゲームオーバーを回避しつつコンテニューできるアイテム」
「え?! いいの? 安くないでしょ、全然対価出すけど…」
「いーのいーの、これ使い捨てで結局使わなくて腐ってたし、何よりこの先の展開でなかなか『幸せ』が高いイベントが発生するらしいし、何よりいい先進国に所属できたしな!」
友人はそう言ってカプセル型のフルダイブVR機器をいじり始めた。
「本当にありがとう! 絶対『幸せ』になって見せるから!」
そう言って僕は機器に横たわり、友人の顔を見つめた。
ふと友人は何かに気が付いたようにぼそっとつぶやいた。
「そういえば、『幸せ』とは別口で『絶望』っていう裏ステータスがあるらしい。なにで溜まるかよくわかんねーけど、たまりすぎると今回みたいになるらしいぞ。
「え、嘘なにその話詳しくききた──」
───────
その瞬間、私は足もとの椅子を蹴り飛ば───すことができなかった。
次第にアドレナリンが切れてきて手や首元に巻き付いたざらざらとした感触がじんわりと戻ってくる。
脳に酸素がいきわたり、冷静になるたびに何をしていたんだろうという自己嫌悪をが強くなっていく。
そしてそそくさと大学に行く準備を進める。
「…何してんだろ」
きっと今日は疲れていたのだろう。今日のペアワークや取らなきゃよかった体育の授業や三十人の予約が入ってるバイトが嫌だとか、それらが複合して少しやんちゃしてしまったのだ。
そうやって自分に言い聞かせるしかなかった。
家から逃げるよう駅に向かい定期券を片手に電車に乗る。
外の景色も相も変わらず、それ以上に自分自身も変わらない。
鬱屈とした心のわだかまりを現実逃避をしながらうまくさばいていくのだろう。きっとこれからも。
「あの時、死んでたらなんか変わってたのかな…」
なんてありえたかもしれないイフを考えてはバカバカしいと一蹴した。
そうやって破れかぶれになりながらスマホゲームを取り出す。
その時だった。
(うわ、すっごい美人)
正面に高校生だろうか、モデルのよう美少女が座ってきたのだ。
派手さがあるという訳ではないのだが、極上と言っていいほど素材がいい。大和なでしこといってもいいのだろう。清楚で可憐で何より彼女は華奢だった。
その少女と少しの間、目線が交差する。
あまりの恥ずかしさで顔をそらしてしまったが、これはいいものを見たと思いながら電車に揺られていたら、電車が駅に止まり一向に動かない。
少し嫌な予感がした。
なんだろうと思いあたりをみわたしてみると先ほどの少女がポロポロとなき始めたのだ。
不振がった駅員さんも交えて何やら話していると、泣いている少女がこちらに指をさして何やらしゃべってる。
よく聞こえなったが『あの人です』、と彼女はそう言ったのだ。それだけ聞こえれば十分だった。
私は空いていた扉から勢いよく飛び出した。
駅は反対側の電車を待っている人たちでいっぱいだった。
私はその間を縫って───線路に飛び出した。
もう限界だった。逃げ場なんてなかった。だからこんな変な行動を起こしてしまったのだろう。時間がやけにゆっくりと流れる。
あとは車掌さんに持ち上げてもらおう、各駅停車の電車は近次官は止まらない。
あれ、でもこの時間はたしかこの駅には止まらない特急が通過する時間で───
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友人には悪いが課金アイテム使ってもスコアはそんなに伸びなかった。
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「ごめんなさい車掌さんいきなり泣いてしまって、私、小さいころ嫌な出来事があったんです。その時に出会った人とあの人が似てるように思えちゃって…すぐに涙は止まります、ごめんなさい」
「そうですか、まだ電車は運航しないので大丈夫ですよ。今先の駅で老婆が線路の中に入ってしまって動けないらしいですから」




