第9章 兄・ジャバル(2)
双子として生まれたとはいえ、二人の性格は天と地ほども違っていた。
自由奔放なジャバルは、メリアには考えもつかないような突拍子もないことばかりしでかすし、彼からしてみれば、メリアの従順さと、自分を犠牲にしてでも周りに尽くそうとする協調性はとても信じられないものだった。
このとき、返ってきた兄の答えも、やはり、メリアには信じられない言葉だった。
「だって、面倒だもの。第一、王様になんかなったら、好きな人と結婚できなくなっちゃうじゃないか!」
ジャバルは、まるで年頃の乙女のような夢見がちなことを口にした。
それは、メリアには理解できないことだった。
「なんですって?」
彼女は思わず兄に問い返してしまった。
けれど、ジャバルは悪びれもせずに答える。
「だって、僕は好きな人と幸せに暮らすのが夢なんだもの。王様になったら、身分とかいろいろうるさいでしょ? 政治のかけひきがらみで、好きでもない人と結婚させられることになったら大変だしね」
メリアは、王家の人間として生まれた以上、兄のジャバルもまた国のために自分を犠牲にするのは当然のことだと思っていた。
――王族として、担わされた責任を果たす。
それ以外の自分の生き方など、メリアには想像することもできなかった。
ましてや、一個人としての幸せを望むことを優先させるなど、罪悪感さえ感じてしまう自分がいる。
舞だけは、彼女が続けたい唯一の楽しみであったが、もしそれが、国のためにならないのだとしたら、潔く諦める覚悟はあった。
けれど、ジャバルの考えは違っていたようだ。
「メリアにはわかってないんだよ」
ジャバルが、軽くためいきをついた。
「何をです?」
「この世の中には、国よりももっと大切なものがあるってことをさ」
「国を守ることより大切なことがあるというのですか?」
「そうだよ」
彼は自信たっぷりの口調で、言った。
それに興味を持ったメリアが尋ねた。
「それは一体なんですの?」
「愛だよ、愛」
「はい?」
メリアは一瞬自分の耳を疑った。兄の言っていることがにわかには信じられなかったからだ。
それを聞き間違えたとでも思ったのか、ジャバルが親切に説明してくれた。
「はい、じゃなくて、愛。だって、国が滅びても人は生きていけるけど、愛がなきゃ人は生きていけないもの」
ジャバルは、まるで悟りを開いた人のように、迷いのない口調でそう言った。
「………」
メリアは、そんな兄に対してついに返す言葉を失った。
ジャバルは、それにも気がつかす、夢見るような口調で語り続けた。
「別に僕ひとりがいなくっても、この国はなんとかなるさ。だけど、僕の幸せは、国王になっちゃったら叶えられないかもしれないじゃないか。もしそんなことになったら大変だ」
国の将来より、自分の幸福を望むという、兄の心がメリアには理解できなかった。
幼い子供の我がままを教え諭すようなつもりで、彼女は兄に言って聞かせた。
「けれど、お父様はちゃんとお母様と結婚なさったではありませんか。お二人は愛しあっておられました」
それを聞いて、ジャバルが抗議する。
「父様と母様は特別だよ。出会ったのは父様が国を追われて落ちのびたところだったでしょ。身分なんか関係なく二人は、結婚する前にもう両思いになってたんだからさ。それに、二人で協力してこの国の王位を手に入れたようなものだし。
――でも、平和な国の王さまって、みんな政略結婚するって話でしょ?」
「国の為になることならば、結構なことではありませんか。」
どこまでも模範的なメリアの答えを聞くと、兄のジャバルは顔をしかめた。
「僕は、一度も会ったこともない人と結婚するなんて嫌だよ。それじゃあ僕の人生なんだったの!? ってことになっちゃうじゃないか」