第8章 兄・ジャバル(1)
父に呼ばれたメリアが、王の間へ向かっている途中で、久々に兄のジャバルとは顔を合わせることになった。
「メリー、ひさしぶりだね!」
幼い頃は見分けがつかないほどそっくりだと言われていた双子の兄も、今ではすっかり身長が伸び、骨格もずいぶんと変わってしまった。
それに、幼い頃はメリアと同じまっすぐな黒髪だったジャバルも、成長するにつれ赤みがかった巻き毛となった。
メリアとジャバル。今では成長した二人を誰も見間違えることはない。
彼はいつの間にか声も低く変わっており、精悍な横顔は、時折メリアにとって見知らぬ人のように思えるときもあるほどだ。
けれど、ジャバルが彼女を見つけて笑ったときの、くしゃりとした人なつっこい笑顔だけは、小さいころと少しも変わらないままだった。
そのことが少しだけ、メリアを安心させた。
「今日はどうされたのですか?」
「また、父様にお説教されちゃったよ」
頭の上で手を組んで伸びをしながら、ジャバルはまるで天気の話でもするように、興味のなさそうな様子でそう言った。
「何か言われたのですか?」
心配したメリアが尋ねても、彼の返答はあっさりしたものだった。
「うん。そんなに脱走ばかりするなってさ。でも、王宮って退屈なんだもん。脱走の一つや二つしたくなるのも当たり前だよね」
まるで、他人ごとのようにそんなことを言う兄に、メリアは呆れてしまった。
「王宮は遊ぶところではないのですから、当然でしょう?」
「これならレイラの商団にいた頃の方がずっと、楽しかったよ、そう思わない、メリ?」
ジャバルがそう尋ねてきた。
二人は、外交政策で忙しい母の代わりに、乳母のレイラの元で育てられ、六つになるまでは彼女の率いる商団で、沢山の子供たちとともにのびのびと暮らしていたのだ。
それなのに、王宮に戻ったとたんに、王子と王女として、下にも置かれぬ扱いを受け、メリアもはじめのうちは戸惑ったことを覚えている。
「仕方がありませんわ。これも王族に生まれた者の義務ですもの」
メリアが諭すように言ったが、ジャバルは納得しなかった。
「メリはいいかもしれないけど、僕は嫌だよ。ずっと王宮にこもってろだなんて、息がつまっちゃいそうだよ」
「お兄様は世継ぎなのです、それくらい我慢してください」
「そうはいってもさ、父様だってまだまだ元気だし、弟のリウだっているんだから、そんなに焦らなくってもいいじゃないか。王位なんて、別に僕が継ぐ必要もないしさ」
それを聞いたメリアは、不思議に思って訊ねた。
「お兄さまは、この国と民を守ろうとは思わないのですか?」
それは、メリアがいつも半ば義務のようにして思っていることだった。