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第3章 メリア、謎の青年と出会う

「こんにちは」

 メリアは思い切って、大きな鍋をかき回している店主に声をかけた。


「あいよ。お嬢ちゃん、何か用かい?」

 少しおかしななまりはあるものの、店主のいせいのいい掛け声が返ってきた。


 言葉が通じるだろうかと少し不安に思っていたが、その心配はいらないようだった。

 店主は、見慣れた地上の人々より、やや耳がとがり、目は魚のように丸く、鼻は申し訳程度の起伏、口は一文字に大きく、肌はどこか緑がっていたが、死者たちのようにひからびてはいなかったので、メリアは少し安心した。


「おじさん、その料理はどこでとれた材料を使っているの?」

 メリアは、勇気をだしてそう訊ねてみた。


 もし、地下の世界でとれた食物を口にしたら、一生地上には戻れなくなってしまうと、シアに念を押されていたからだ。

 けれど、すさまじい勢いで豆のスープを食べている青年を見て、一体どれだけ美味しい料理なのだろうか、と興味を覚えたのだ。

 

「ああ、これは地上でとれた食材でさぁ。たそがれの市場に名物料理は数あれど、地上でとれた食材を使っているのはこのあっしの店だけさぁ!!」

 店主は自慢げにそう言った。


「お嬢ちゃんもひとつどうだい? ほっぺがおちるほどうんめぇことうけあいだ。あそこにいる兄さんみたいに、やみつきになってしまうかもしれないよ」

 地上でとれた食材と聞いて安心したメリアは、言った。


「じゃあ、私にも一皿くださいな」

 やたらと大きな皿に盛られて出て来たのは、青年のものと同じ豆のスープだった。

 どれだけ美味しいのだろう、とメリアは期待しながら匙を口に運んだ。


「……!?」

 次の瞬間、彼女の口の中に広がったのは、どろりとした液体。

 それは、塩味のまるできいてない、ふやけた豆の青くささがこの上なく引き出された、とんでもなくまずい代物だった。


「どうだい、うんめぇだろう?」

 にこにこしながら尋ねてくる店主に、メリアはひきつった笑みを浮かべながら一応頷いた。


 けれど、どうがんばっても最初の一口を食べるのが精いっぱいだった。育ちのいい彼女は吐きだすのも悪いと思い、無理して飲みこんだ。けれど、今にも胃の中から逆流してきそうだった。


「――ごちそうさまでした」

 メリアは残すのは申し訳ない気持ちだったが、店主にその皿を返した。


「代金はこれでいい?」

 彼女は、指にはめていた翡翠の指輪をはずし、店主に渡そうとした。

 それは地上でならば、十分すぎるほどの対価だったはずだ。


 けれど、メリアはここが人外の者たちの集う《たそがれの市場》だということを忘れていた。


 すると、それまで愛想の良かった店主は、急に怒り出した。

「アンタ、人をからかってんのかい? そんな石コロ、道端にだって転がってるもんじゃねえか」


「……!」

 それを聞いて、彼女ははっと我に返り、青ざめた。


 地上の言葉が通じたことで、つい油断してしまったが、この人外の市場では、人の世の価値観は通用しないのだ。

 

 最初にここに来た時、何度もそう念を押されていたにも関わらず、いつも友人のシアに守られるようにして歩いていた彼女は、そのことをすっかり忘れていたのだ。


 たそがれの市場の基本は、物々交換だった。


 もし、相手の要求を満たすことができねば、何を差し出す羽目になるかわからないのだ。

 店主の望むものが用意できねば、下手をすると命までもとられかねない。


 仲裁を頼もうと友人のシアの姿を探したが、運悪くメリアの視界に彼女は見当たらなかった。


 その時、彼女は背後に人の気配を感じた。

 振り返ると、この上なくまずい豆のスープをすごい勢いで食べていた先客だった。


「おや、兄さん。もう食べ終わっちまったのかい?!」

 見れば、青年が再び空になった木皿を差し出し店主におかわりを要求しているところだった。


「もう今日は店じまいでさぁ」

 店主は、そういって空っぽになった鍋を見せた。


 大きな鍋は、今では底がはっきりと見えるほどだった。

 あんなにまずい物をほとんど一人で完食してしまったのだろうか、とメリア半ば感心して青年を見上げてしまった。


 ふいに、青年がメリアを見た。

 長い金色の前髪の間からのぞく青い双眸は、鋼のような冷たさだった。


(――まるで刃物のようだわ)

 メリアはそう思った。けれど、ふいに彼の口元が緩んだのが見えた。その笑顔が、意外にも屈託のないものだったので、彼女は意表をつかれた。

 

「そこにまだある」

 メリアが気がつくよりもはやく、青年は店主からメリアが一匙だけ食べた皿を奪い取ると、匙も使わずにそれを垂直に立てて、自分の喉に流し込んでしまった。


「ちょっと、兄さん。それはこっちの嬢ちゃんの!」

 店主が止めようとしたが、青年はすでに皿の中身を体内に取り込み終えた後だった。


「ごちそうさん」


 青年は空になった皿を店主に返した。


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