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第10章 兄・ジャバル(3)

「お兄様、それはただのわがままです」

 メリアは、できるだけ柔らかな口調で兄をたしなめようとした。


「じゃあさ、メリはさ、いきなり知らない人と結婚しろだなんて言われてもいいの? はいそうですか、って納得できるの?」

 ジャバルが、妹のメリアにそう問いかけてきた。


「それがこの国のためになるのであれば、私はそういたします」

 彼女は、毅然とした態度で答えた。

「それが、王族に生まれた私の義務ですから。必要であればこの身一つで、敵国にでも参りましょう」


「……そんなのおかしいよ!」

 ジャバルが口をとがらせる

「いいえ。それが王族たる者の義務です。王は全ての民を守る義務があるのです。我が身の幸福など二の次に考えなくては」


 それを聞いて、兄のジャバルはメリアに向かって信じられないとでもいうような口調で言った。

「僕は、そんなの嫌だよ。好きな人と幸せに暮らしたいもの。王位はメリかリウにあげるよ」


「………兄様」 

 メリアはそんな兄を見て溜息をついた。


 吹き抜ける風のように自由で、どこまでも我が道をゆこうとする双子の兄。

 彼女には、その心がまるで理解できなかった。


「王位はあげるとか、もらうとか、そういうものではないでしょう?」

 メリアは、思わずそう呟いていた。


 それを聞いてジャバルはふてくされたように、そっぽをむいてしまった。


 けれど、不思議とメリアには彼のことが憎めなかった。

 彼は父譲りの愛嬌の良さを受け継いでおり、初対面の人物でもたちまちのうちに心を打ちとけて話すことできた。


 常に他人からどうみられるかを意識してしまう、自分の感情よりも先に頭脳を働かせてしまうメリアと彼はまったく違う性質の人間だった。

 それでいて、眼を放すことができない。

 妹の視点から見れば、頼りない兄も嫌いではなかった。


 けれど、客観的な視点から見れば、ジャバルには次期国王としての自覚があまりにも足りないように思える。

 そろそろ后を迎えてもおかしくない年齢であるのに、一向に身なりにも無頓着であり、庶民のような質素で動きやすい服ばかり好んで着ている。

 妃候補ともなる貴族の娘たちとの顔合わせの儀式にも参加しようとはしないので、周囲に不安を覚えさせているという。


 彼の世話役をも兼ねる宰相のエリアゼルは、この間、王子に説教をしたが一向に効き目がなく、部屋に閉じ込めたところ、いつのまにか脱走されてしまい、頭に血が昇ってついには卒倒してしまったという。

 そんなとき、彼にとっての悩みの種の張本人が夜のうちに部屋に忍び込み、見舞いの品をもって枕もとですやすやと寝ていたので、すっかり毒気を抜かれてしまったらしい。

 ――そういう人の懐に入る技に、ジャバルは生まれつき長けていた。


 ジャバルは、前々から政略結婚なんてしたくはない、と周囲に公言してはばからなかった。


 かといって彼が、色恋に全く興味がないのかと思えば違うらしい。

 年頃になったジャバルがここ数年の間、脱走を繰り返しては捕まえられるということを繰り返していることは、一部の者にとっては、周知の事実だった。

 どんなに厳重に閉じ込めても、多くの見張りを付けていても、いつのまにか抜け出てしまうのだった。


 そして城下をふらふらと歩きまわっては、どこぞの女性と恋に落ちているらしい。

 そんな兄の武勇伝を聞かされたとき、メリアは思わず兄の顔をまじまじと見てしまったほどだった。けれど、彼はため息をつきながら言ったのだ。


――でも、僕本当に好きな人と出会えてないんだよね。どこにいるのかな、僕の運命の人は……。


 侍女たちの噂によれば、ジャバルは、王子という身分を隠していても、自然とにじみ出る育ちの良さは隠しようもなく、そしてもちまえの人懐っこさから、恋愛の相手には事欠かないらし。

 まるで、蝶が花から花へと飛びまわるように、次から次に相手を変えてしまうらしい。


 数多くの女性と付き合いながら、別れた女性たちからの恨みを買うこともなく、平穏無事に日々を暮らしてしまうあたり、兄のジャバルは抜け目のない外交上手だと、メリアは思う。

 恐怖で抑えつけるのではなく、愛情で人を引き寄せることができるのは、人の上に立つ者に必要な資質の一つである、と。

 けれど、彼がその外交手腕を政治に役立てるつもりは一向にないらしい。


 そのため、メリアは以前から考えていた。

 ジャバルが良い王になるつもりがないのなら、自分が王になろうと。


 兄のような人好きのされる要領の良さはなくても、自分に母親譲りの頭脳がある。

 そして、交渉事は苦手だが、その欠点はこれから先、必要な人材を見つけて補えばいいのだ。

 

 ――そのための時間はいくらだってある。

 メリアはこの国に対する愛情は、他の誰にも負けない自信があった。


 兄ジャバルの自堕落な生活を耳にしたとき、メリアが兄はもうあてにはならないと悟った。

 そして、自分がこの国を守りぬいていかなければ、と思ったのだ。


 自分のせいで、妹がそんな悲壮な決心を固めたことも知らず、ジャバルは無邪気な口調で尋ねてきた。

「どうしたの、そんな怖い顔しちゃってさ」


 目の前の脳天気な兄の顔を見て、メリアははっと気がついた。そして、すぐにいつもの穏やかな微笑を浮かべた。

「ちょっと頭痛がしたのです。すみません。ご心配をかけて」


「メリ。いつもそんなに気を使ってたら、疲れちゃうよ。周りのことなんか気にしないで、もっと自分に素直になってもいいんだよ」

 ジャバルはそう言った。


「私は、気を使っているわけではありませんわ」

 メリアが答えた。


「でも、侍女たちから君がいつも夜中まで勉強してるって聞いたよ。朝も早いし、いつ眠ってるのか不思議だって。勉強なんかしなくたって別に死なないんだからさ。たまには息抜きぐらいしなよ」

 彼なりに妹を案じているのか、そんな言葉をかけてきた。


(一体誰のせいで、そうせねばならなくなったと思っているの?)

 メリアは、内心軽い苛立ちを覚えていた。


 兄のあまりの身勝手な言い草に、メリアは思わず厳しい口調で言い返してしまった。

「この国を治めるためには、勉強することは必要です。でなければ、民のためになる政治を行うことはできません!」


「何だよ、そんなに怒ることないじゃないか」

 少しばかり泣きべそをかきながら、ジャバルはそう訴えてきた。

 そのため、メリアは、今の対応は自分でも大人げなかったと反省した。


「……ごめんなさい。兄様。私もお父様に呼ばれておりますの。これ以上お父様を待たせるわけにもいきませんから、私もそろそろ参りますわね」


「気をつけなよ、父様、すっごく怒ってたからね!」


 まるで忠告するように、ジャバルが言った。彼には、自分の言動が叱られるに値するものである、という自覚がまるきりないらしかった。


 内心で溜息をつきながら、彼女は答えた。

「ええ、気をつけていきますわ」


 そして彼女は父の待つ、王の間へと向かった。


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