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消し去る前に  作者: マムシ
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トモガラ

「なにが『過去はポジティブに思え』だ……」


 夜風が吹く高層マンションの屋上で夜景を眺めながら呟いた。

 今となっては春に講釈を垂れていた自分が馬鹿馬鹿しく思える。小学生の俺はそんなに偉かったのか。ただその場の感情で嘘をついたことを正当化させただけはないのだろうか。四方田は鉄柵に手を突きながら、自問自答を繰り返した。

 空を見上げるとやけに暗かった。今宵は新月だ。空は真っ暗闇で、地上だけが光り輝いている。建ち並ぶ高層ビルの明かりはこの時間になっても消えていない。四方田がこうして、感傷に浸っている間にだって、何千、何万という数の人々が必死になっては働いている。

 その光の数だけ、真っ当な人生があるのだ。


「どうやら、親友には会えたみたいね」


 背後から田宮の声がした。


「またこんなところで会うとはな」


「会いに来たのよ」


「お前は最初、俺がここから飛び降りようとしていると言ったよな」


「ええ、私にはそう見えたわ」


「でもよく考えてみろよ。こんなアホみたいな高い場所から飛び降りられるか普通? 死んだあと、どうなるかも分からねぇ。そんなことを考え出したら、足がすくんで、一歩なんて出やしないだろ。ここから飛び込める勇気がある奴は、社会の荒波に飛び込んだ奴だけだ」


「確かに普通の精神状態では無理そうね。相当な覚悟が必要だわ。決死という言葉それほど甘くないわよ」


「決死か……」


 四方田はその言葉を繰り返した。大きな溜息をつき、真正面を向いたまま、田宮に問いかける。


「――なぁ。こんな俺でもよ……たった一人の親友を助けるためなら飛び込めるかな」


 四方田は振り返った、目には涙を浮かべていた。情けない顔をしている。里香はそれを見て、笑った。優しく微笑みながら答えを出した。


「そうね。結果さえ気にしなければ、人はどこへだって飛び込めるものよ」


 夜は更け、昼間のような太陽の輝きはどこにもない。空は真っ暗で、何も見えない。だがいくら町の明かりが全て消え、街灯が無かったとして、足元くらいは辛うじて見えるはずだ。この地球上で故意的に作らなり限りは本当の真っ暗闇は存在しない。

 何かしら僅かな光がその足元を照らしてくれる。人はそれに沿って歩むことくらいは出来る。仮にその先に大きな崖が待っていたとしても、結果さえ気にしなければ、歩むことだけは出来るのだ。


 その頃、春は残業を終え、家路についていた。終電に乗り、アパートがある最寄り駅で降りると、もう深夜一時を迎えようとしていた。

 最近は業務が増え、新卒ながら大量の仕事を押し付けられている。体にどっと疲れが溜まるが休むわけにもいかない。

 信号待ちをするさなか、不意にスマホを取り出した。連絡帳を見て、四方田に電話をかけてみるが、「この番号は使われておりません」の音声が聞こえてくるだけだった。

 出会った日から何度もかけた。だが返事はいつも同じ電子音。番号を変えてしまったのだろうか。いったい四方田がいまどこに住んでいるかも分からない。もう一度、会って話がしたい。心の底からそう思っていた。

 春は溜息をつき、信号を渡った。アパートはそこから二つ目の角を曲がったところにある。ゆっくりと歩きながら、角に差し掛かると、アパートの前に三人の男がたむろっているのが見えた。

 三人とも、ジャージ姿で手にはメリケンサックを付けている。春はビジネスバッグを抱え、その脇を通り過ぎようとした。

 すると肩を掴まれる。


「八原春さんで間違いないしょうか」


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