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消し去る前に  作者: マムシ
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ウラオモテ

 肉体を共有する二人の主要人格は里香ではない。里香が姿を現す頻度はごくまれで、週に一度あるかないかだ。そのため人格が表に出来たとき、里香は極力何もしないようにしている。

 主要人格である香枝のことは好きだったし、迷惑をかけたくなかった。だが里香が表に出ている間の記憶を香枝が知ることは出来ない。数時間、時には数日間の空白がぽっかりと開いてしまう不自由さ、そしてそれがいつ来るのか分からない恐怖、里香は頻度が少ないから困ることはない。だが大好きである香枝には大きな混乱を生むだろう。

 そのため、二人は日記をつけることで記憶を共有しようとしていた。いつ入れ替わってもいいように、毎日その日にあったことを日記に記し、今後の予定も事細かに書いていた。

 香枝は一週間の大半を我が身で過ごす、そのため書くことも膨大である。それでも一日一日を細部に至るまで書き綴っていった。

 だが里香のペンは最近あまり動いていない。里香が書くページには日に日に空白が多くなり、淡白になっていった。

「今日は何もしていないよ」「家にいただけだよ」という一言のみ。自分の存在を出来るだけ消し去るように、人にも会わず、もちろん一週間に一度現れる人格では友達も出来るはずもない。

 里香は香枝の生活に支障がきたさぬよう、大学の授業にはこっそりと参加した。人格が変化していることが悟られないよう、誰に話しかけるわけでもなく、アルバイトなどは仮病を使って休んだ。存在を軽薄にする、それが里香に出来る最大限の努力なのだ。

 でもそれももう限界だ。もう二度と、自分の人格が出てこなければいい。里香の願いはずっとそれだけだった。


 田宮里香と篠月が出会ったあの雨の日の夜から三日ほど経過した。香枝は日記帳に篠月の名刺を挟み、一番目立つように置いておいた。

 この三日間、里香が現れることはない。いつも通り大学に通い、その後のアルバイト帰り、スーパーの総菜コーナーで見おぼえてのある後姿を見つけた。

 スプリングコートに冷たい背中、買い物かご片手に目を凝らした。


「もしかして篠月さんですか」


 その声に驚いた篠月は手に持っていた総菜を落としてしまった。


「君は……」


「田宮です。すみません驚かせてしまいましたね」


「ああ……」


 一目でわかった田宮里香ではない。


「田宮……」


「香枝です」


「香枝さんか」


 少し戸惑いながらも、精一杯の笑顔を見せた。


「まだあれ以来、里香さんは姿を現してないみたいだね」


「そうなんですよ。でも名刺はちゃんと分かる場所に置いておきましたから」


 二人は世間話をしながら、と言っても香枝が一方的に話しかけ、それに頷いていただけだが、スーパーを出た。

 里香と違い、愛嬌があってよく笑う。大学生活の面白かったことやアルバイト先に来た変な客の話など、あまり表情を表に出さない篠月も思わず笑ってしまうような楽しい話だった。

 レジ袋を片手に、二人は夜の道を歩いた。その間もずっと香枝が話題を先導していたが、沈黙は唐突に訪れる。



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