窓口の男と平凡そうな少年(中編)
「セ、セカンドライフ…ですか?」
「ああ」
俺の唐突な宣言に少年が驚いた様にそうオウム返しをするが、俺はニッと笑い力強く頷いた。
さてと。じゃあそろそろ本題に入りますかね。
「ところで少年。キミは輪廻転生って言葉は知ってるかい?」
「えっ…? …えっと、死んだ人の魂は再び新しい命として転生する、みたいな感じの考え方ですよね」
「ああ、大体あってる。人間の間で広く知れ渡っている考え方だ。そして驚くなかれ、実はその考え方は実際の仕組みとほとんど同じなのさ」
そこまで言うと、「よっと」と足元に置いてあった画用紙程度のサイズの簡易なホワイトボードとペンを取り出す。
そして、
「死した人間は魂だけになり、キミ達が言うところの神様の手によって全く別の新たな命に転生させられる。だが、この転生先は同じ地球とは限らない。六道輪廻という言葉もあるが、この転生先は六どころかほとんど無数と言ってもいい数程に存在するんだ」
ホワイトボードにペンを走らせながらイラストで分かりやすく解説を行う。
何百回何千回とした説明だ。イラストも我ながらメチャクチャわかりやすいと思う。
「――だが、この通常の輪廻転生の輪から外れた存在がたまに生み出される」
少しためて、そう告げる。
すると少年も俺が何を言いたいのか察したようで、
「――それが僕…ってことですか」
ハッ、とした様にそうゆっくりと呟いた。
「その通り」、ニッと笑って肯定する。
「いきなりそんなことを言われてピンとこないかもしれないけれど、実はそうなるのって結構すごい事なんだぜ。ちょいと罰当たりな言い方をすれば、人生の最後――死んだ瞬間に一枚だけ貰える宝くじが当たったみたいなもんだ」
――まぁ、実際にはこの宝くじは半分は自力で当てたみたいなもんだけどね。
「そして、輪から外れた人間は魂だけにならず生前の姿のままにある場所へと導かれる。それが――」
「ここ、”転生先斡旋事務局地球人窓口”」
「そういうことだ」
「…………」
もう一度立て看板を一瞥して、少年がゴクリと喉を鳴らす。
何となくこれから何が起こるかを察せたのだろ。まぁ、ホント呼んでそのままだしな。
「自分の状況は理解してくれたってことでいいかな」
「――はい。未だ信じられない気持ちと混乱はありますけど…一応は理解しました」
「よろしい。じゃ、これから本題の転生についての説明を始めようか」
「お願いします」
一度ホワイトボードを真っ新にして、再びペンを走らせる。
「ここに来れた人間は大きく分けて三つの特典を得ることができる。記憶の引き継ぎ、転生後のスペックの選択権、転生先の選択権だ」
「へぇ~」
心なしか俺の説明に少年の声が段々と明るさを帯び始める。
まぁ、健全な少年少女ならば当たり前の反応だ。そしてこういう反応をしてくれた方がこっちもやりやすい。
「まずは記憶の引き継ぎだが、これはそのままだ。ちなみに記憶を部分的に引き継がないなんてことは残念ながらできない。要は今のキミの記憶経験知識等はそっくりそのまま残って転生するってことだ。そこん所は了承してくれな」
「それは大丈夫です。いい人生ではなかったかもしれませんけど、そこまで悪い人生でもありませんでしたから」
「――そっか。んじゃあ、気を取り直して説明を続けるぞ」
「はい!」
最初の頃とは明らかに変わった元気のいい返事に思わずこっちも笑みがこぼれる。
数日ぶりのお客様はメチャクチャやりやすい当たり客だな。
「続いては転生後のスペックの選択権だが、これも読んで字の如く。転生後のキミの才覚を自分で選べるという訳だ」
「ゲームで言うところのスペックの割り振りといった感じでしょうか?」
「的を得てはいるが、少しだけ中心からは外れてるな。わかりやすく言うと、ゲームは割り振れる母数が限られているのに対して、これは割り振る母数が無限にあるってな感じだ。つまり割り振りではなく設定だな」
「ええっ…、すごっ…!」
「そうそう、凄いのよ」
そう言いながら、俺は手元のノートパソコン――の様なここ専用の機械を操作し、ある画面を表示させるとそれを少年に見える様に「よっと」と回転させる。
「といっても、メチャクチャシンプルなんだがな」
「へぇ、こんな感じなんですね」
俺の補足に画面を見ながら少年がどこか感心した様に頷く。
その画面には少年の本名フルネームが映し出されており、『才覚』と書かれた選択式の記入欄が存在しているのみだった。
スペックと言いつつも、ある項目はその『才覚』だけだ。
「規則でそこは本人に手動で選んでもらうことになっている」
「なるほど。…これ普通に触っちゃっていいんですか?」
「ああ、用途が違うだけで仕様は普通に地球にあるやつと一緒だ。わからなければ教えけど――」
「いえ、大丈夫です。本と機械だけが友達でしたんで」
「…そっか」
サラリと重いことを言ってのけた少年は、そのまま特に気にする素振りも無く慣れた手つきでそのパソコンの操作しながら記入欄をクリックした。
「――1~10ですか」
ポツリとつぶやく声。
それに俺は「ああ、シンプルすぎるぐらいだろ」と短く答える。
「一応決める前に一個だけアドバイスをいいか?」
「はい」
「10にしたほうがいい。それが最善、次善はない」
そして俺は毎回お客様がそれを選ぶときにしているアドバイスを伝えた。
「理由を聞いても」
「単純明快だ。あって困るもんじゃないんだよ、才覚なんてのはな」
ニッ、と笑いそう告げる。
「たまに普通の平凡な人生を送りたいからと、5以下を選ぼうとする子もいる。だが、普通の平凡な人生なんて才覚があっても送る気になれば送れる。だが逆に人に真似できない非凡な人生はある程度の才覚が無ければ送れない。まぁ、大は小を兼ねるみたいなもんだ。だから俺のオススメは間違いなく10だ」
そう言うと、最後に「以上が俺の意見だ。最終決定権はキミにある好きに選べ」と補足することも忘れない。
これ忘れると上からお叱り受ける可能性あるからな。転生者の意思が何よりも優先されるべきってのが、ここの大原則なわけだし。
「――――」
「ゆっくり考えるといい。俺も暇だし、ここに来客は滅多にない。キミの気持ちが整うまで何時間でも付き合うぜ」
「――――いえ、大丈夫です」
「ん?」
「もう決めましたから」
――カチ、カチ。
二度クリックの音が鳴り、少年が「ふぅ~」と息を吐いた。
――思い切りも良し、だな。
「失敬」、と一言断りを入れて画面を再びこちらへと回転させる。選択欄には10がしっかりと選択されていた。
「ふっ、素直だな。オススメした甲斐があったよ」
「先人と専門家の意見は聞くものです。――それに」
「?」
「お兄さんが本気で僕を思ってアドバイスをしてくれているのが、凄く伝わってきましたから」
「――そっか」
…改めてだが、今までのお客様の中でも結構上位に入る良い子だな。この子ならきっと二度目の人生は最高のものを送れるだろう。
ふぅ~、と小さく息を吐く。だが、やり切った気になるのはまだ早い。
あとに残るは一番大事な最後の選択だ。
「じゃあ最後に転生先を選んでもらう。こればっかりはメチャクチャ候補があるから時間がかかるんだ」
「へぇ~」
「それじゃあ、まずはキミの転生したい世界の希望を聞かせてくれ」