窓口の男と平凡そうな少年(前編)
始業時間:午前六時
終業時間:午後九時
給料 :なし
福利厚生:なし
休日 :なし
職員人数:一人
こんなブラックを通り越した漆黒の職場など恐らく世界でここだけだろう。
まぁ、正確に言えば給料と福利厚生はそもそもここには必要ないし、始業と終業は形式だけで実際の仕事時間は恐ろしく短いのだが、それでもメチャクチャなことに変わりない。
”転生先斡旋事務局地球人窓口”
――それがそのやべー職場の正式名称であり、俺の勤務する職場である。
***―――――
職務の内容は職場の名称そのままと言っていいだろう。
地球で死んだ人類の転生先を斡旋する、超簡単に言えばそんな感じ。
だが、一日の勤務時間の中でどれくらいの数の転生者がやってくるかは日によってまちまちだ。
故にまったく仕事が無い日もあれば、それなりに忙しい日もある。
「あ~、暇だ」
そして今日はどうやら後者らしい。
窓口の壁にかけられた時計が午後五時を指し示しているのを見ながら、ボケーッと呟く。
今日のお客様は今のところゼロ。というか、昨日も一昨日もゼロだった。別に客が来ない日はそこまで珍しくはないが、それが流石に三日続くのはそれなりに珍しい。転生業界が傾いているのではないかと心配になってくる。
…まぁそれは冗談で、実際は神様のお眼鏡に適う子がいないだけなんだろうけどな。
――カランカランカラ~ン♪
「おっ」
が、噂をすれば影が差すとはよく言ったものだ。
そんなことを内心で呟いていると、お客様の来訪を告げるベルの音が二日ぶりに俺の耳に届いた。
「よっしゃ、やるか」
やはり二日ぶりの仕事のせいか、地味にやる気がちょい割増だ。
ワイシャツの袖を捲り一度グーッと伸びをすると、仕事モードに脳を切り換える。
俺が今いるのは事務局の窓口。そしてその前には六畳ほどの空間が広がっており、その側面にドアが一つだけ存在する。そこがここに来る唯一の正規入口だ。
そのドアの先には数メートルほどの通路が続き、その一番端にお客様がまず始めに召喚される。同時にベルによってその事実が俺に告げられるという仕組みだ。
そしてそこからお客様が俺の眼前のドアに来るまでの、数十秒の間に俺は仕事モードへの切り替えとある準備を完了させて、
――ガチャ。
「ようこそ、いらっしゃい」
お客様を迎え入れるというわけだ。
ちなみにその声と同時に、先程の準備時間に引き出しから素早く取り出したクラッカーを一つ鳴らす。
――パァ~ン♪
軽快な音が鳴り響き、少しの紙吹雪が宙を舞った。
ちなみにこの際のお客様のリアクションはほぼ決まっている。
何故なら、彼らは死亡から何の説明も無く直であのドアの先の通路に召喚されるからだ。そこから訳も分からずに進んでドアを開けた先で待っているのがこれである。驚かない人はまぁ…いるにはいるが、かなり稀な部類だ。
そして今回のお客様も例に漏れず、
「!? えっ……と、あの…!?」
軽快なテンションで陽気に迎え入れた俺を見て、ドアノブを掴んだままに固まってしまった。
…まぁ、そりゃそうなる。
どういう経緯かは知らないけど若い身空で死んじまって、いきなり変な通路に召喚されたと思ったら、進んだドアの先の町役場の窓口みたいなところで変な男がクラッカー鳴らして歓迎してるんだもんな。驚くのも無理はない、というか驚いて当然だ。
「ま、とりあえずそこの椅子にお座りくださいな。説明はキチンとするからさ」
だが、もうここでの結構な勤務歴を持つ俺にとってはそんな反応は慣れたものだ。
軽くそう言うと、返答を待たずに、
「飲み物用意するけど、何がいい? お茶にコーヒー、ジュース系、基本何でもあるよ」
そう問いかける。
「………えっと、じゃあ…お茶で」、少しの沈黙の後に答えは返ってきた。
疑問調で投げかければ、結構な確率で困惑状態であっても答えは返ってくる。そしてそれをとっかかりにする。いきなり本題に入っても混乱させるだけなのは解りきっているからね。
「りょーかい。温かいのと冷たいのどっちがいい?」
「つっ、冷たいので…」
「はいよ。そういや今の地球は夏真っ盛りだもんね」
「…!?」
そしてちょこっとここが地球ではないことを示唆しながら、俺は椅子から立ち上がり背後にある冷蔵庫へと向かった。
今回のお客様は男の子、見たところ中学生高校生あたりかね。真面目そうな普通の少年って印象だな。
コップを手に取り氷を入れて、そこにペットボトルからお茶を注ぎながら、お客様のパッと見での情報を整理する。
そして二人分のコップと適当なお茶菓子をお盆に乗せて窓口に戻ると、すでに少年は窓口前の椅子に座ってくれていた。
情報追加。聞き分けが良くて、良い子だな。――まぁ、後者は知っていたけどね。
「はい、お待たせ」
「…どうも」
そんな少年にコップを渡すと、俺も椅子に腰を下ろす。
少年も数秒前に比べて多少は落ち着いているように見える。
更に情報追加。順応性高そうだし、頭良さそうだな。俺の中でこの少年の好感度が急上昇中である。
「…美味しいです」
「普通に日本でもメチャクチャ飲まれてる緑茶だからね」
「――ああ、どうりで知ってる味だと思いました」
「そうか」
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんなりと」
「――僕は死んだんですか?」
「ああ、死んだ」
唐突な芯を食った問い。だが俺は真っ直ぐこちらを見つめる少年の眼差しを同じく真っ直ぐ見つめ返して、ハッキリとそう答える。
「そう…ですか」、と少年の声が少しだけ沈む。
変に誤魔化すのも濁すのも間違い。これも過去からの経験則だ。泣く子もいるし、軽くパニックになる子もいる。それでもそれが一番誠意ある最良の対応だと思っている、だって俺は彼らを生き返らすことなどできないのだから。
俺にできること――俺の仕事はただ一つだけなのだから。
「じゃあ、つまるところお兄さんは神様ってことでいいんですか?」
「ハハッ、まさか」
少年の言葉に苦笑を浮かべる。
まぁ、これも慣れっこっちゃ慣れっこなんだけど。だって死んで初めて会う相手だ。やっぱり思い浮かぶのは神様か閻魔様の二択が基本だろう。
だが、俺はそのどちらでもない。
言うなれば神の使い、…いやそれだと何か天使っぽいか。そんな高尚なものでは断じてないしな。
じゃあちょっとランクダウンさせて神の使いパシリ、…いや、それもちょっとおかしいか。
――うん、なんやかんやで俺の存在を定義するにはこの肩書きがダントツでわかりやすいな。
「俺はただの”転生先斡旋事務局地球人窓口の男”だよ」
グイッ、親指で窓口に立て掛けられた看板を指さてそう告げる。
そして、
「???」
「安心しな、少年。残念ながらキミを生き返らせてやれる様な力は俺には一切ない、だがその代わりに最高のセカンドライフをキミに与えてやろうじゃないか」
口元にニッと笑みを浮かべ、俺はそう自信満々に少年に向けて宣言した、