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優雅に踊ってくださいまし  作者: きつね
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舞台から捌けた令嬢は何処へ行く

クリスティーナは王宮の廊下を歩く。

ゆっくりと、ゆったりと。

背筋を伸ばして堂々と。

誰も近寄れないほど優雅に、気高く。


王宮の庭園を横切ろうとした時、柱の影からよく知る声が掛けられた。


「どちらへ?」

「本日は下がらせて頂く事に致しました。」

「では、お送りしましょう。」

「ありがとうございます。ですがお気持ちだけ頂きますわ。お早く会場へお戻りになった方が宜しいのではございませんこと?」

「有象無象の相手より、貴女と一緒にいたいのだと思って頂きたいのですが。」

「まあ、お上手なこと。」


微笑みを浮かべたクリスティーナに向かって歩いてきたのは側妃の息子である第二王子 ギルバートだ。

ギルバートはクリスティーナの白くて小さな手を掬い取り、庭園の中ほどにある噴水の側まで誘導した。その縁に胸元から取り出したハンカチーフを敷くと、そこにクリスティーナを座らせ、自身もその隣に腰掛けたちょうどその時、雲間から月が覗いた。

銀色の優しい光がクリスティーナの美しい顔を浮かび上がらせる。水面と彼女の髪には月光が反射して、きらきらきらきら。まるで月の女神が降臨したかのような、なんとも幻想的な雰囲気だ。


「…貴女はやはり誰よりも美しいですね。」


「そうでしょうか?誰もが私を美しいと言いますけれど、私の心はいつだって反発していましたわ。

普通の私は…ただのクリスティーナはきっと美しくなかったのでしょう。周囲は誰もが認める美しさと言うものを私に押し付けて、本当の私を覆い隠したのですから。そんな私は、本当に美しいと言えるのかしら。公爵家の娘としての矜持だけで様々なことを乗り越え、そして周りが考える、誰もが認める美しさらしきものを身につけましたが…。

…作りものの美しさに一体何の意味があるのかしら。」


「…貴女の美しさは決して偽物などではありません。それは貴女が努力して身につけた、貴女だけの美しさです。」


「まあ。ありがとうございます。

ギルバート殿下、私、本日はもう疲れてしまいましたの。まだやることはございますでしょう?ですので下がらせていただきたいのです。」


「屋敷までお送りします。」


「王家主催の夜会で早々に貴方が席を外すなどあってはなりません。私の見送りは結構でございます。どうぞお気遣いなさらず、会場へお戻りくださいまし。」


つれないクリスティーナの前に、ギルバートは跪くと、その白い手を取り、指先にキスをひとつ落とす。


「ティナは頑なだなあ。」


「殿下。いくら幼馴染と言えど、婚約者でもない私の愛称を呼ぶのはおやめください。」


「少しくらい良いじゃないか。ティナもギルって呼んでよ。

…僕はティナの完璧令嬢ではない貴女の顔が見たいんだ。あの幼き日々、君が見せてくれた素顔を見たいんだ。兄上達は君が恐ろしいだけだと勘違いしていたけどね。

ティナ…ティナ、どうか僕とずっと一緒にいて。もう兄上には譲らない。僕の大事なティナ…。」


「殿下…。私は何度もお断りしたはずですわ。」


ギルバートはクリスティーナの手を、まるで懇願するかのように握り込み、その反対側の手を彼女の頬に伸ばして撫でる。


「頼むよ…。僕は君と共に生きるために努力したんだ。生涯を共に生きて欲しい。」


「確かに、貴方が国を担うものの一人として力を示したあの日々は一人ではないのだと私に希望を与えました。

そして、貴方が王の資質を示したあの日、次代を担うものが貴方にすげ変わった日、もうこの国の未来を背負わなくても良いのだと安堵したのです。

陛下の願いで今まで次代の王妃のようにふるまって参りましたが、今夜を以って、私の役目は終わりでございます。

不敬な事を申し上げますが、私は長年、王家に縛り付けられ、多くの苦しい思いを抱え、そして屈辱を味わいました。

解放された今を逃せば、私は私の思う人生を過ごすことはできないでしょう。

今宵、解放されるために陛下の望みをかなえたのです。

貴方も立太子とともに正式な婚約者を迎えることになります。どうぞ婚約者を大事になさって。第一王子殿下のようにはならないでくださいまし。」


「それでも僕はあきらめきれないんだ…。

君に初めて会った日、僕は恋をした。

兄上との婚約が決まった時は絶望した。兄上が君を蔑ろにし続けているのを見て腹が立って仕方がなかった。僕ならティナを大切にするのに…。君たちハウゼン公爵家が兄上との婚約の破棄を望んでいるのを知って希望を持った。

でも王妃に相応しいのはティナしかいないと周囲は考えていた…。なら、僕が王になれば、ティナを僕の妻にできるって思ったから頑張れたんだ。ティナ、お願いだ。一緒に国を、民を守ってほしい。愛してるんだ。ティナ…。」


「申し訳ございません。私はお受けできません。

それに、いくら私が長年積み重ねた経験で王妃にふさわしいだけの力があったとしても、今宵のことは人々の記憶に残ることでしょう。新たな王太子の足枷になる可能性もございます。どうぞお諦めください。」


「ティナ…。」


「ではこちらで失礼いたします。ごきげんよう。」


ギルバートの固い大きな手に包まれていたクリスティーナの小さな白い手がするりと離れ、クリスティーナは静かに庭園を後にした。


後に残されたのは王子様とお月さま。

お月さまの優しい光に照らされて、噴水と草花はきらきら光る。

まるで夜会で踊る紳士と淑女のように。

お月さまが雲に覆い隠されるまで、静かな夜会は続けられた。

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