王は閉幕させる
「楽にせよ。
クリスティーナ嬢、発言を許す。必要なこととは言え、嫌な役回りをさせてすまなかった。そして礼を言う。」
「陛下、有り難きお言葉、身に余る光栄でございます。
これについては私も望んだ事。私の我儘をお聞き入れ下さいましてありがとうございました。」
「これまでの其方の献身に感謝する。後は儂が引き継ごう。
だが今は、夜会中で他国の貴賓もおられる。これ以上をここで行うのは相応しくなかろう。予定通り、後日話をする。
ジルベルト、クリスティーナ嬢からこの可能性について聞いてから、そうならない事を祈ってきたが…残念だよ。
衛兵、愚か者どもを地下牢へ入れろ。もちろん別々で離れた牢にだ。
沙汰を言い渡すまでの数日間、貴様らは牢で頭を冷やせ。先程のクリスティーナの話を、自身の行いをしっかりと振り返り、悔いるがいい。」
愚か者たちは衛兵に脇を持たれて項垂れ、無言で運ばれていく。ただ一人、シエナだけは、こんなはずではなかったと叫んでいた。
クリスティーナの述懐はその場にいた多くのものの心に影を落とした。
普段は凛として、誰にも分け隔てなく、ちょっぴり愛嬌のある彼女の、慟哭にも似たあの述懐は、常の彼女の姿に似つかわしいものではなかった。
友人たちは彼女が抱えていた事のほとんどに気付かず、支えるどころか頼りにしてしまった事の多さに気づいて後悔した。
またほんの一握りのある者たちは己の婚約者や配偶者への言動を恥じ、後悔した。
もちろん、何も感じず、一種の演目のように他人事として面白おかしく見ていた者もいれば、なんとなく後味の悪さを感じている者もいたし、淑女らしからぬ姿に眉を顰める者も当然いた。
そんな中でも少数ながら喜びに打ち震える者たちがいた。
クリスティーナ同様、婚約者や配偶者に苦労してきた者たちだ。
彼ら彼女らは、自身の気持ちを代弁してくれたクリスティーナに感謝し、そしてその苦労と苦悩と苦痛を想像して涙した。
抱いた感情がどんなモノであったとしても、それぞれが、それぞれの思う事を胸に、その先を考えようとしていた。だって、これは伝聞ではなく、間違いなく目の前で起こった事だから紛れもない事実なのだ。この出来事で自分へどんな影響が出るか、周りとの関係は変わるのか。何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。とにかくそれぞれが考えていた。
そんな中で響いた地下牢という言葉に招待客はざわめいた。本来なら貴人は貴人専用の牢に入れられるからだ。
これは何を意味するのか。ただ甘ちゃんな令息たちを懲らしめるために一時的に入れたのか。あるいは…。
目端の利くものはいくつかの話から既に推測が立っているようで、早いものは王の到着前に従者を走らせていた。王の登場で確信を持って追加情報を流すよう走らせる者、遅れを取り戻せとばかりに従者を呼びつけ走らせる者もいた。
そうでないものたちは周囲とああでもないこうでもないと悠長に話しているようだ。既に彼らは重要な局面を逃したのだ。
その様子を王とクリスティーナは横目にして改めて向き合う。
「陛下、私がここに残れば空気を取り戻すのに時間が掛かりましょう。下がらせていただきとうございます。退出のご許可を賜りたく…。」
「うむ。退出を許そう。ゆっくり休んでくれ。」
「勿体なく…。」
美しいカーテシーを見せ、麗しき令嬢は会場を去っていった。