高貴な令嬢は不満
「なん…だって…?」
「まあ。大変!本当にお分かりになられませんの?
これでもまだご自身の身の振り方が想像できないなんて、やはりあなた方には国の中枢に立つ資格は無かったと言うことですわねえ。」
「…貴様…!」
「あらあら。ダグラス様、相変わらず状況を読む力はございませんのね。さすが脳筋。それも、爵位の意味を理解出来ていないと。
それでよくもまあ次期騎士団長などと…おほほ、本当におかしな事。
あと、勘違いなさっているようですが、これは私だけの考えではございませんよ?陛下と議会、全員一致のお答えですわ。」
「…なんとかならないのか…?お前が口添えしてくれれば…。」
縋り付くようにこちらを見る愚か者に、クリスティーナは冷ややかな視線を浴びせる。
「あら。さすがに殿下は自分の立ち位置がお分かりになったようですわね。良かったですわ、幼少期が無駄にならなくて。
さてお答えですが、無理に決まってます。私の一存ではなく、全員一致と申し上げましたでしょう?
そもそも…私、あなた方のような考えを持つ者が、男女関係なく大っ嫌いですの。良い機会ですから教えて差し上げますわ。
あなた方のような方は、婚約者や配偶者を当たり前のように蔑ろにしますわ。その理由は自身が望んだものではないから。ふざけてますの?それはこちらだって同じ事。選べるなら選びたかったし、何なら心を寄せられる方と共にありたいに決まってますわ。家の為、好きでもない相手に尽くさねばならぬ…苦痛なのはこちらとて同じことですわ。
それに婚約者がすり寄ってきて鬱陶しいと仲間内でよく貶していらっしゃるわね。馬鹿ですの?恋心を抱けなくても最後には結婚しなくてはならないなら、冷え切った夫婦関係より、せめて良い関係を築きたいと思って何が悪いんですの?それだけですのに、家の恥と弱みになりかねない事を、他家の人間に簡単に明かすなど…大馬鹿者と言わずして何と言いますの?
婚約者や配偶者が必死に我が家について学んでいる姿が滑稽だ、華美にしていて不愉快だ、あんな奴に金を使うなど勿体無い?
はっきり言って、屑ですわね?
婚家を切り回すのは正妻の責務です。為さねばならぬことを為すために婚家を知ることは当然のこと。体裁を整えることは婚家の評判を落とさぬため。最低限の身嗜みはその為にも必要なのですわ。誰のためにしていることだと思ってますの?やらなくて済むならやりたくないに決まってますわ。それなのに、蔑み、協力の気持ちがかけらもない、むしろ足を引っ張ってくるだけの輩のために、なぜ自分だけが努力しなくてはいけませんの?
婚約者が口うるさい?当然でしょう?嫁ぐ前に婚家の評判が落ちるのも、婚姻後に婚家の評判が落ちかねない事を防ぐのも役目の一つですわ。本来なら、家が管理すべき事ですけれど、問題のある家ほど、問題を婚約者に押し付けますのよ。お前がしっかりしていないからと、婚約者の一族やら教育係やらにチクチク言われるなぞ鬱陶しいのです。自分たちの教育が失敗したことを棚に上げてまあ図々しい事。
そもそも言われたくないなら言われるようなことをしなければ良いだけですわ。嫌なことを嫌だけれど言わなくてはならないこちらの身にもなって欲しいものです。腹立たしい事この上ありません。
あんな婚約者なぞ願い下げだ、破棄してやる、ざまあみろ?願い下げはこちらのセリフですわ。
お前なぞのために、掛けたくない無駄な時間を掛けさせられ、やりたかった事は何一つ許されず、無能な相手のせいで婚家の何もかもを押し付けられるための学びに時間を取られますの。
ご存知?私が自分のために使えた時間は睡眠だけ。それも三時間。貴方、毎日八時間は寝ていらっしゃるそうね?それを知った時、不敬にも思わず殺意が湧いたわ。
ねえ、ご存知?私、寝ている時間以外は、全て王妃教育と帝王学、周辺国の言語習得に割かれましたの。
食事の時間は外遊に出た時のために周辺国のマナーも含めたチェックが行われ、そうでない日は執務をしながら摂りますの。婚約者が投げ出した公務を急遽代行する為に食事を摂れないこともありました。食事の時間ですら私の為に使えませんの。
ねえ、ご存知?貴方が遊んでいる間、私は貴方が修められなかったことを学ばねばなりませんでした。過去の王妃たちが受けてきた教育以上のものを課せられましたの。時には鞭で叩かれ、人格を否定され、睡眠不足と過労に倒れ、不調で床にいれば渋々見舞いにやってきた婚約者から心ない言葉を投げつけられますの。あなた方、そんな経験おありかしら?きっと無いわね。あなた方の周囲はいつも甘やかすだけの人だけだったもの。
ねえ、ご存知?やりたかった事のための時間を何とかやり繰りして捻出すれば、そんな時に限って婚約者がやらかして、その火消しと尻拭いに時間を取られて結局何もできませんの。
救いは、私に寄り添ってくれた家族と、苦痛の時間でもできる限り快適になるよう心を砕いて仕えてくれた使用人たちだけ。婚約者なぞ私の心を慰めるのに役立った事なぞ終ぞありませんでした。こんな生活が婚約解消されるまでずっと続いていましたの。
挙句、阿呆な元婚約者が愚かにも婚姻前に手を出した淫売は、王族と貴族の役割を理解せず、王妃の責務も、なるために為さねばならぬことも、その為の苦労も、何もかもを馬鹿にし、何の努力もせず、言いがかりをつけ、愚かにも陥れようとした。尻軽な元婚約者とその側近はその尻馬に乗ってここぞとばかりに怒鳴りつけますの。
そしてその愚か者たちは、よりにもよって王家主催の、他国の要人も出席するこの場で、こんな救いようのないほど馬鹿な茶番を引き起こした。
そんな方を助ける必要がありますの?国のために…いいえ、いっそ人類のために滅びた方が良いと思いません?
それに、私の努力を…人生を台無しにしようとした阿呆共なぞ滅びたところで、私の心が痛むわけがございません。
皆様には最期くらい優雅に踊って頂きたかったのですが、どなたも優雅とはほど遠い、無様なダンスを見せられただけでしたわ。
けれどまあ、笑わせて頂けたところもありますので、本日はこれで良しといたしましょう。」
初めて見る酷薄な笑みをその美しい顔に浮かべたあと、もとの笑顔の仮面を貼り付けたクリスティーナは王族が夜会で入場に使う螺旋階段に体を向け、美しいカーテシーを捧げる。
そこに王の姿を認めた出席者たちは、慌てて王へ礼を捧げた。