トリオのダンスは終わらない
前話の最後に偽ニーナがおりました。失礼しました。
ハウゼン公爵家でそんなのんびりとした時間が流れていたころ、三人組は一つの部屋に集められていた。
今度は何だときょどきょどと周囲を見ていても、壁際に立っている騎士は無表情で目すら合わせてくれない。
諦めて今後のことについて考えようとするが、とにかく気になるのは…
「…いつまでこの格好していないといけないのか…。」
完璧なドレス姿からいつ解放されるのかということだ。
彼らはこの重装備が、自分たちが夜会のたびに着ていた盛装などよりよっぽど重くて、動きづらいことをしみじみと感じている。加えて、頭にのせられたカツラに、飾り。いい加減重くて解放されたくてたまらない。よくもまあ女性たちはこんなものを着てくるくると踊っていたものだ。自分たち男なんかよりよっぽど力があるんじゃないのか?などと失礼なことを考えていた。
「殿下…髪の毛は無事でよかったですね…。」
そういうのはクライスで、言うに事欠いてそれかとジルベルトはがっくりとする。
「父上の目が本気だった。
…股間より先に髪が危機に晒されるとは思わなかった。せめて、失う大事なものはどちらか一つにしてほしいと、切に願っている…。」
ぶっ…
吹き出す音が聞こえて周囲を見渡せばぷるぷる震える騎士が一人。どう見ても頬を内側から噛みしめて笑いをこらえている。股間と毛髪の危機が訪れているジルベルトからすれば全く笑い事ではないし、この騎士とて、自身の股間の危機が訪れれば全力で抵抗するだろうにと不満に思いつつ、なんだかその平和な様子を見ているうちに、つい現実ではないように思ってしまった。
「お前も美形だな…。お前の大事なものも無くなってしまえばいいのに…。」
つい騎士に向かって呪詛を吐けば、その騎士はピシッと固まり、さりげなく股間を隠す。
大事なものを失わずに済んだあとの二人と言えば、何とも気まずい顔で立ち尽くしていた。
「殿下…。」
「もう王子ではないのだ…子どもの頃のように、ジルで良い。」
「そうでしたね…。
…なんで彼女に手を出しちゃったんでしょうね…。私たち…。」
「言うな…。私もそう思っているところなんだ…。」
がっくりとうなだれる二人に対して、意外と元気なのがダグラスだ。彼の場合、騎士見習いとして下働きや野営もしたことがあるくらいだから、意外と平民生活に忌避感がないのかもしれない。
「まぁまぁ!ジルもクライスも!そぉんな暗くなるなよ~。死ぬわけじゃないんだしっ。」
「お前は変わらんな…。
何にせよ、この先に何があろうと股間が無事なお前たちは私よりはマシだろうよ…。」
「…女装して生きていくか?結構似合ってるぞ…。」
「いやだ。そこまでしたらさすがになんか終わってる気がする。と言うかお前、その格好意外と受け入れていないか?」
「まあ…。騎士団の宴会の余興で着たことがあるしな…。」
まさかの経験者だった。
「ただここまでの本格的なのは…余興で出来上がるのはみんな化け物だった。
ハウゼン公爵家の侍女の腕は凄いが、怖かったな…。アレは熊より怖い。あの目は本気でヤバいやつだ。」
三人とも頷いて遠い目をしていると、扉が勢いよく開いた。
その勢いのある開き方は記憶にある。あの家の中で最もヤバい奴が来たのだ。条件反射のようにピッと背筋が伸びる。
「ほほほほほほ。いい気味だ事。ほほほほほほほっ。
私のかわいいクリスティーナを長年拘束してきた挙句、苦労させ通しだったのだから、仕方ないわねっ!ほほほほほほっ」
いつも以上に「ほ」が多い笑い声に、彼女が非常に機嫌が良いことが知れる。
うつむいて、とにかく視界に入らぬよう、静かに静かに控えている。この嵐を乗り切るにはこれしかないのだということを、ここしばらくの間に学習した。
「あら、元殿下じゃないですか。シャキッとなさい、男…でいられる時間は限られているけれど、それまではシャキッとなさいシャキッと。ほほほほほっ。」
容赦ない突き刺しに、つい涙の膜が瞳に張る。その儚げな雰囲気にのまれた騎士が数人。ミシェルはその騎士をさりげなく横目で確認して、後で何かに使えるかもしれないとチェックを入れる。
「ミシェル、ほどほどにしなさい。」
ミシェルの後ろから入ってきた意外な人物に目を見張る。先ほども謁見の間にはいたが、一言も発することのなかったこの人が、引退後に領地から出てくることは非常に稀だ。さらに言えば、王城に寄り付かないことを嘆く者もいたため、より不思議に思う。
「やぁ。坊やたち。妻と孫が世話になったね。」
その言葉に思わず頬が引きつる。忘れてはならない、この人はこの強烈な女の夫なのだ。この女の手綱を握る人間が普通なわけがないのだ。うっすらと感じる恐怖が身を包む。
「確かにミシェルは強烈だけどね。私は普通だよ、普通。」
心を読まれたかのようなその言葉に愕然とする。誤魔化そうとしても言葉が出てこない。
そんなうろたえている彼らの様子を前公爵が面白そうに眺めていると、国王が入室した。
普通の礼をしようとしたが、ミシェルの目がギラギラしているのを視界に留めて、流れるようにカーテシーに切り替えた。
「前公爵、前公爵夫人、いったんその辺にしておいてくれ。
ジルベルト、クライス、ダグラス…まだその格好をしていたのか…。あー。うん。まぁいいか。そこに並べ。」
「はい…。」
「さて、これから三人を西の塔に移送する。
部屋は各階に分かれ、鍵をかける。顔を合わせられるのは学習の時だけだ。言わずともわかっていると思うが、余計なことを考えるなよ。
疑わしい行動が認められれば、三人とも全員即時去勢する。それでも治らねば、毛を全て毟る。いいな。」
「ひぃっ…!」
思わぬ脅迫に声が出ず、首を縦に振るしかできない。背後に控える騎士の顔も心なしか引きつっているように見える。
「さて、サリバン女史を紹介しておく。
くれぐれも、くれぐれも!失礼なことをするなよ。わかったな?」
その異様な程の念押しと圧に、またも声が出ず、首を縦に振り続ける。
キィという戸を開ける微かな音がなぜか大きく聞こえる。開いた扉を見れば、ほとんどが白髪の栗色の髪をひっつめにした眼鏡の女性が入室してきた。年のころはミシェルと同じくらいだろうか。背筋が伸び、周囲に緊張感が漂っている。
「お初にお目にかかります。サリバンですわ。これからは私が皆様を導きましょう。」
ーー彼女が…あの…。
黙り込む三人をちらりと見た彼女は、片眉を持ち上げ、何かを待っている。
思わず呆然と見ていると、国王が「んんんっ」とちらちらとみてくる。
その視線に気づいて慌ててカーテシーを取れば、「ふん」と鼻を鳴らされた。
「私が来たからには生易しいことは申しません。きっちりと、ご自分たちが何を仕出かしたか、骨の髄まで、わからせて差し上げましょう。」
そういうと、やっぱりどこから取り出したのか、年季の入った鞭が出てきた。
それを思わず凝視してぷるぷるしていれば、サリバンはぴしりと音を立てた。
「安心なさいませ。王城にいた若造どものように愛のない鞭は振りません。
よろしいですか。あなた方はこれから先も人生を生きねばなりません。あなた方が迷惑を掛けた方たちのためにも、まっとうにならなくてはいけません。
そのひん曲がった根性と、道理とモノを知らぬその頭を叩き直していきます。」
「よ、よろしくお願いいたします。」
再びカーテシーをすれば、今度はタイミングが間違っていなかったらしい。またも「ふん」と鼻を鳴らして、今度は国王に向かう。
「陛下。しばらくお会いしなかった間に大きゅうなられましたわね。
側妃様は大変なご苦労を重ねられているようですが…お変わりはございませんこと?」
「は、はい。苦労を掛けていることは重々承知しておりまして、はい…。これからはアンネマリーの負担も減らしていきたいと考えております…。はい…。」
「まあ。陛下が国政に、より本腰を入れて取り組まれるということですわね。それは重畳ですこと。」
「はい…。こ、こちらの三名についてはどうぞよろしくお願いいたします。」
「承知いたしました。どうせならこの三人を甘やかし続けた親にも参加してほしいところですが、この甘ったれ達は手がかかりそうですからね。手が空いたらぜひお話いたしましょう。」
「ぃっ…。いや…その…はい…。で、では私はこれで。執務が残っていますので。
三人はしっかりと女史の言うことを聞いて励むように。」
そういうと、国王はそそくさと部屋から出ていった。
「それにしたってサリバン、久しぶりね。元気そうで何よりだわ。」
「ええ。ミシェル。貴女は相変わらずのようね。」
「そうねえ。孫が受けた仕打ちを考えればはらわたが煮えくりかえりそうなの。私も時々様子を見に行ってもいいかしら?」
「ええ。もちろん構わないわ。」
「ありがとう。楽しみにしているわ。
ああ、そうだわ。近いうちにお茶をしましょう。招待するわ。」
「ありがとう。楽しみにしてるわ。」
そう言うと、二人は笑顔で挨拶をかわし、しばしの別れとなった。
この日、三人組は西の塔に移送された。移送された先でようやく女装の解除が認められ、ほっとひと息吐く。
これからはサリバンの愛の鞭が存分に振るわれながら、過去を振り返って後悔し、今を必死に生き、未来を憂うのだ。そしていつ訪れるかわからない、破天荒なミシェルが齎す危機に恐怖する。
まっとうに生きられるその日まで。
股間と毛髪がどれだけの期間無事でいられるのか、いろんな意味で無事でいるためにはどうすればいいのか。
彼らはいつまでもクリスティーナが用意した舞台で必死に踊り続ける日々を送った。