トリオはもう踊りたくない
疲れた様子の国王が放った言葉があまりに軽い感じがしすぎて、残された三人組が寂しそうな顔をしているが、そんなことは知らぬと文官が手元にある資料をめくり、淡々と読み上げる。
「シエナが他国に齎したとされる情報の漏洩元疑惑についてです。これは彼らの所業ではなく、シエナにすり寄られていたリンゼイ伯爵が犯人です。なお、すでに拘束されています。」
ーーリンゼイ伯爵って…正妃様の兄じゃないか!?
唐突に出てきた人物の名前に周囲はギョッとする。
「はぁ…。リンゼイ伯爵にも困ったものだ…。
どうせあの人の事だから、頼ってくる若い女の子に鼻の下伸ばして、大した情報を持っていないのに良いところを見せたいと喋ったのだろう。なんにせよ処罰は下る。」
ため息を漏らす国王は、あのコンプレックスと野心はあるけどおっとりとした、権謀術数とは無縁のちぐはぐな伯爵を思い浮かべる。こうなれば正妃も下げるしかない。問題を起こしたのがジルベルトだけだったのならと、頭が痛い思いだ。
「では次に殿下方三名です。
彼らは婚約者がいながら、別の女性と懇意になり、不適切な行為を行いました。なおクライス・シルベスタ侯爵令息のみ肉体関係はありません。
彼らの婚約は政略上必要だったものでしたが、不貞を犯しただけでなく、婚約者を蔑ろにしました。その結果、婚約を解消及び破棄に至らしめ、社会的な損害を与えました。
加えて、他国からの賓客も居る、国として重要な夜会の場で恥を晒し、その場でハウゼン公爵令嬢へ暴言及びその名誉を毀損しました。
なお、殿下がシエナに貢いだ贈り物の購入費は殿下の予算からではありますが、本来の用途とは違うものであるため、横領罪に当たります。こちらは陛下の許可を得た上で殿下の個人資産から利子付きで回収しました。」
「シエナとジョージ父…いや三人のせいで、ある意味で濃すぎて大したことに思えなくなるな…。
だが、これらの所業は王族としても、高位貴族としてもその自覚と責任に身合わぬ所業である事は間違いない。しかも成人済みだ!
…情けなくて本当に涙が出そう…。」
その言葉に項垂れる三人組は、小さくなっている。
小さな声で「ごめんなさい」とぽつりと呟いた声はさながら幼児のよう。
「謝らねばならぬ事態だと、もっと早く気付いてくれていればなあ…。
人はなかなか変われぬものだと言うことを忘れて、我が子なら問題ないと高を括っていた。成人すればその自覚もつくだろうと、お前たちを甘やかし続けた儂やそなたらの親にも原因はあるが…。
ハウゼン公爵家の慈悲が無ければ国を揺るがす事になっていたかもしれぬ。また他国に付け入る隙を与えたことも間違いない。
貴様らは全員廃嫡、各家からの除籍とする。
ジルベルトはギルバートが婚姻し、子を二人授かると同時に去勢する。そなたの母方の実家のこともあるからな。そなたが利用されることも、その血を今後利用されても困るのだ。」
去勢の言葉にジルベルトが顔を真っ青にして首を横にぶんぶん振り、股間を押さえる。両脇に立つ仲間は「ヒュッ」と喉を痙攣らせ、股をモゾモゾした。忘れてはならないが、彼らは全員女装だ。
「それまでの間の処遇だが…。西の塔で謹慎し、学習せよ。万一があっても困るから、身の周りの世話には女性は付けず、侍従がする。
その後は仮にも王族だったのだから、完全に自由にするわけには行かぬ。空いている男爵位がある。それを与えるから、その領地に尽くし、領民を愛し、豊かにせよ。監視役はもちろんつける。その地を存続させるために養子を取る事は許そう。だが相手は決定前に王宮に届けるように。」
「…ありがとうございます。謹んで拝命致します。」
「あとの二人だが…。
ふむ。そのまま放り出しても野垂れ死にか、良いように扱われて仕舞いだろう。
ジルベルトと三人で学びつつ、その先を考えよ。そこまで成長させたハンナ女史に続けてもらいたい所だが、クリスティーナ嬢の輿入れに付いていくだろうから、代わりにサリバン女史を付けよう。その間に身の振り方を考えよ。」
サリバンの名に動揺が走る。
「あの方は現役なのか!?」
「ここ数年お名前を聞いていないぞ!」
「あああ、あの方が王都に…?怖い…怖いぃ…」
「隠居なさったのでは無かったのか…?」
ザワザワする親達にサリバンを知らない三人が怪訝な顔をする。
サリバンと言えば、側妃の元教育係。厳しいと評判のハンナ以上に厳しい…というより苛烈な女教師だ。側妃は彼女の出す難題に初めて合格した人物。一線を退いた後は、王家の持つ領地でのんびりと暮らしていた。
実はクリスティーナは、側妃からサリバンを紹介してもらい、交流を図っていた。
今回の事件のいきさつは先日手紙で余す事なく全て知らせている。サリバンは、可愛い教え子とさらにその教え子に迷惑を掛けられたことに非常にお怒りだ。側妃を通して国王に彼らの躾を引き受けると申し出たのだ。
もちろん、クリスティーナから一連の事情を聞いた事は隠し、噂を耳にしたからとしている。
ミシェルより少し年上の彼女はまだまだ矍鑠としていて、きっとハンナには無かった愛の鞭を存分に振るってキッチリと躾けてくれるだろう。
そう思えば、これからも楽しめそうだとクリスティーナは周囲には気づかれない程度に口の端を持ち上げる。横目でそれを確認したテオドールはこの仕込みもクリスティーナの仕業かと理解して、「我が花嫁はやるなあ」と、微笑んだ。
そんな事を知らない三人はどう反応したものかわからないが、自分たちに更なる困難が待ち受けている事は理解していた。
そしてふとクリスティーナと目があった。艶然とした彼女の表情を見て、背筋に何かが走った。
ーーまさかこれもクリスティーナ…?
それに思い至れば、これからも大変な目にあうことは必至だ。クリスティーナを怒らせた事を後悔した気持ちがまた溢れてくる。だがもうどうしようもなく、腹を括らねばならぬ。
「クリスティーナ嬢への名誉毀損に関しては、お仕置きでやった淑女教育と王妃教育が慰謝料がわりだそうだ。
とは言え、国王として父として、それで済ますのはしてはいけないと思っている。慰謝料は支払うように。詳細は別途通達する。」
ーーいやいや、クリスティーナはアレでお仕置きを終わらせる気がない。サリバンとやらがコレからも続くお仕置きで、その苦痛が慰謝料なのだ。陛下は気づいておられないのか!?
そんな三人の心は国王には届かない。三人の挙動不審に気づかず、言葉を繋げていく。
「ああ、サリバン女史の教育に関しては女史がある程度の合格点を出すまでとなるが、その間の生活費は当然負担してもらう。一年目までは実家から支払われる。二年目以降は自分で支払うことになるから、それぞれ稼ぐ方法も考えろ。
この温情は我々親の贖罪だ。お前達を正しく導けなかったのは、クリスティーナ嬢の言う通り、間違いなく我々だ。それを反省しての温情。だがそれ以上の援助はせぬ。この猶予を正しく使うことを願う。」
かなりの温情が与えられているのは間違いない。本当ならそのままポイッとされても文句は言えないのだ。三人は静かに自身の親に向かって頭を下げる。
「ああ。あとせっかくだからこの場で言っておこう。
王城でジルベルトの教育係を務めていた者達は解雇する。教育係でありながら幼いクリスティーナ嬢に多くを押しつけ、理不尽な理由で鞭を振った。子を導く者として不適切だ。
今後、その家から教育係を出す事はない。」
そこまで言うと、やれやれと国王は頭に手をやってため息を吐く。そっと手を離して、何気なく手を見れば、その手には大切な友がふぁさっと乗っていた。
近頃毛根が気になって仕方なかった国王は声にならない声を上げて膝をつき、キッと自分の息子を見る。
「お前が苦労ばっかりかけるから生涯の友が立ち去った。…返せ…お前の毛をよこせ…!」
「ち…父上…落ち着いてください。私の毛をむしっても何も変わりませんっ!しかもこれはカツラですっ!増毛したわけではありません!!」
息子の毛を求め、目を血走らせて乱心する国王を、近衛が慌てて押さえてこの日にやるべき事は終わった。
予約設定ミスってました…。




